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第03話:助け出た理由。

 大門を潜って壁の中へと入り、エーデンブルート侯爵領領主邸へと続く石畳の道を馬車が行く。領主邸は小高い丘の上に建てられており、昔はぽつんと一つだけ建っていたとか。

 領地の人たちは何事かと道端に顔を出し、フリードを見つけると喜色を浮かべて手を振っていた。中には『お帰りなさい! ヴェルフリードさま!』『年々、精悍な顔つきになられて、男前に磨きがかかっておられる!』『婚約者がおられないと聞いているけれど、狙って良いのかしら?』『ははは! 無理だ、無理!!』と声を上げている。


 フリードは集まった人たちの期待に応えようと手を振りながら馬を操っている。アイロス殿下も見事な手綱捌きで馬を従え、領都内を見渡していた。馬車に乗って三十分ほど経てば、街の喧騒が消えていた。

 そのことに気付くと馬車が停まる。領主邸の門前に辿り着き、少し時間が経つと中へと進んでいく。城砦と王宮の赴きは違うのだろうかと、私は馬車の窓から外を見た。


 「無骨だけれど、手入れされている」


 目の前に広がるのは壁のような生垣が綺麗に整えられ、城砦の入り口まで続いている。華やかな王宮の庭とは違い、質実さを表現しているようだった。私の独り言が馬車の中で反射して妙に響く。

 オットー殿下を勢いで殴って、逃げるようにフリードに助けられたけれど……凄く迷惑を掛けているのではないだろうか。チクリと痛み始めた胸の痛みに目を細めて視線を窓から離して天井を見上げる。

 私はどうすれば正解だったのだろうか。あのまま捕まっていれば確実に命を落としていたか、一生幽閉されるか、どちらかである。そう考えると助けて貰ったことに感謝しなければならないが、家族もなにも持っていない私が死んだところで問題ないはずだ。

 

 オットー殿下を殴ったことで、私の気持ちは随分スッキリしてしまった。元々契約婚のようなもので、彼を好きだったというわけでもない。陛下から受けた恩を返そうと義理を果たしていただけのこと。


 「……いけない。悪い方に考えが走るなあ」


 背凭れに体重を預けて目を閉じる。私の過去を思い返せば、荒んでいた貧民街時代と従軍時代の記憶がほとんどだ。王宮時代は勉強は楽しかったけれど、王族と貴族のしきたりに苦労していた。

 まあ、だからこそオットー殿下に婚約破棄を告げられたわけだけれど、その点については全くなにも思ってはいない。

 

 「放浪の旅でも始めようかな」


 治療士の魔法を使って各地を転々とするのもアリだろう。でも指名手配されていれば国境を抜けられない可能性がある。正規ルートは使えそうにないと考えていれば、領主邸の馬車回りに辿り着いたようである。

 ゆっくりと馬車が停まり、外からフリードの開けて良いかという声が聞こえた。私が構わないと答えれば、微笑みを携えたフリードがエスコートのために手を伸ばしてきた。纏う衣装も雰囲気も戦場とは全く違う彼の姿になんだか変な気持ちになる。


 「サラ、どうした? 不思議そうに俺を見て」


 「フリードは貴族の人だったんだなと」


 そう。フリードは私に会うときは質素な衣装を纏っていた。それこそ平民の人たちと違わぬ格好だった。あまりにもフリードが気さくに話しかけてくれるため、彼が平民だと思い込んでいた私の勘違いが恥ずかしい。むうと私が口を伸ばしていると、フリードが片眉を上げながら手を執れと言うように更に腕を伸ばす。


 「騙したつもりはなかったけれど、結果的にそうなってしまったね。足元気を付けて」


 フリードの手に私は手を重ねて馬車のステップを降りて地面に足を降ろせば、フリードが目を細めながら口を開いた。


 「さあ、美味しい茶と菓子を用意して貰おう。あー……俺の親父殿が同席するけれど緊張しないで欲しい」


 笑みを深めたフリードが突然、妙な顔を浮かべながら肩を落とす。


 「フリードのお父さまが?」


 私は視線を彼に向けると、フリードは視線を逸らした。答えたくないようだけれど、フリードの代わりにアイロス殿下が答えてくれる。


 「面白い方だよ。期待していて」


 「サラに妙なことを吹き込まないでくれ。アイロス」


 ふふふと笑みを浮かべるアイロス殿下と困り顔のフリードが『行こう』と私に声を掛けた。はいと肘を差し出されたため私は彼の腕をそっと取る。広い玄関ホールに入って正面の階段を昇って行く。貴族の人たちの屋敷がどうなっているのか知らないけれど、王宮の似ている場所より狭い気がした。

 置かれている調度品に目がいくけれど、興味がないためどれほど高価なものかがさっぱり分からない。侯爵家に置かれているものだから、壊せば大変なことになるのは分かる。触れないように気を付けようと私はごくりと息を呑めば、フリードが気付いて苦笑いを浮かべていた。


 廊下を歩いては曲がり、まるで迷路のような場所だと目を回していればフリードとアイロス殿下が扉の前に立ち止まる。立派な彫り物が施されている扉からはズズズと重い雰囲気を感じ取れた。この奥にフリードのお父さまがいらっしゃるのかと私が息を呑めば、フリードが笑いながら私を見下ろした。

 

 「サラ、この部屋だ」


 フリードが扉の持ち手を捻って開ければ部屋の中には誰もいなかった。私の緊張を返して欲しいと言いたくなるが、凄く豪華な部屋に驚いてしまい言葉はどこかへ霧散する。

 

 「聖女殿には珍しいのかな。ありきたりな部屋だけれど」


 肩を竦めたアイロス殿下が早く座ろうと言いたげに椅子の方へと進んでいく。


 「王宮の賓客室は凄く豪華でしたが、こちらも負けず劣らずの部屋だなと」


 私が答えるとフリードが座ろうと背を軽く押して導いてくれた。直ぐに隣の部屋から侍女の人が現れて、フリードがお茶とお菓子を用意するようにとお願いしている。

 美味しいお茶とお菓子が楽しみだと考えてしまうのは現金だろうか。数時間前に婚約破棄宣言されたというのに、王都から離れている辺境領――地政学上大事な場所――に移動しているなんて。


 これもフリードとアイロス殿下のお陰だなあと考えていると、いつの間にか席に辿り着いていた。どうぞ、とフリードが私に着席を進めてくれる。以前は、こういうことは全くなかったので彼が女性を導いていることに少し戸惑ってしまう。

 他の女性にも同じことをフリードは行うのだろうかとふいに姿が思い浮かぶ。何故か勝手に描かれた光景にチクリと胸が痛んだ。何故と考えようとして、フリードに目を覗き込まれていたので私は慌てて腰を下ろす。


 「今日の茶葉はニルギーリという異国の地から取り寄せたものだそうだよ」


 「へえ。それは楽しみだ」


 フリードが聞いたことのない地名を告げ、アイロス王子が笑みを深めた。二年間王宮でいろいろと学んでいたけれど、教えられていないなら凄く遠い地か重要国ではないのだろう。


 「サラはさっぱり分からないって顔をしている」


 「美味しく飲めたなら、それで良いんじゃない?」


 フリードとアイロス殿下は私を見ながら微笑ましそうに笑う。アルデヴァーン王国から東に位置する、凄く遠い国の高い山々の中で作られた茶葉だとか。希少性があり、貴族の人たちに好んで飲まれているそうだ。二人は馴染みがある品のようで、私は彼らと距離があると感じてしまう。


 「サラは甘い物は好き?」


 フリードは私の気持ちを知ってか知らずか、小さく首を傾げて問うてくる。


 「あ、はい」


 「そっか。じゃあジャムを用意して紅茶の中に入れてみる? 砂糖の代わりだけれど甘くて飲みやすくなるよ」


 ふっと笑うフリードは私に対して凄く気を使ってくれているようだ。妙なことを考えず、素直にお茶を楽しみながら話を聞くことが一番良いだろうと考えていれば、侍女の人がお茶が乗った台車を押しながら戻ってきた。

 白いティーカップに淹れられた紅茶の湯気がゆらゆらと立ちながら目の前に差し出された。紅茶の横にはジャムが入った小瓶も添えられている。お菓子も用意してくれて、お皿の上には焼き菓子がたくさん乗っている。水色に輝く紅茶は普段飲んでいたものより赤みが強い。匂いもはっきりとしていて、私の鼻腔をくすぐった。


 「サラ。飲みながらで良い。俺たちが君をこの地へ誘った経緯を聞いて欲しい」


 フリードが真剣な表情を浮かべ、アイロス殿下も笑みを消し小さく頷く。私も彼の声に背を正して、二人を見据える。


 「どこから話したものか迷うけれど……――」


 フリードが少し困った顔になりながらも、訥々と今回の経緯について教えてくれた。フリードは数日前、二年振りに王宮へ戻ったそうだ。そして旧友でもあるアイロス殿下の下へと向かったそうである。

 私が聖女として王宮に住んでいることを知っていたけれど、オットー殿下の婚約者になっていたため接触は控えていたそうである。

 君に会いたかったけれどねと零すフリードの目は前髪に隠れてしまい、私には彼がどんな感情を抱いているのか分からなかった。二年間、王都に寄り付かなかったのは戦後処理を行っていたからだそうである。従えていた部下への弔意や家族に対する見舞金の手筈に奔走していたとか。


 「ヴェルと再会した僕は、血統派の不穏な話を聞きつけていてね。聖女殿の立場が危うくなるかもしれないと察知して彼に相談したんだ」


 アイロス殿下は私のことをフリードから聞いていたようで、戦場でのことも知っているそうだ。今の私より昔の私は口調が汚かったので、アイロス殿下には刺激が強すぎたのではないだろうか。

 変な話をアイロス殿下に彼が話していなければ良いけれどと、私がフリードに視線を向ければふふんと笑っていた。自慢にならない話が多いはずなのに、フリードにとって私の話は大事なもののようである。


 「サラは俺を助けてくれた命の恩人だ。いきなり君に衆人環視の中で婚約破棄を告げたオットー殿下には失望したよ」


 「本当にね。馬鹿な兄が申し訳ないことをしてしまった。でも」


 フリードもアイロス殿下も今回の件で血統派を認めることはできないと決意したそうである。だから、アルデヴァーン王国の第二王子であるアイロス殿下も王宮を離れることを決めたと。

 血統派の動き次第で革新派を取りまとめ、オットー殿下を討つ可能性があることまで私に教えてくれた。こんな大事な話を私が聞いて良いのだろうか。でも発端はオットー殿下の婚約破棄宣伝である。


 「面倒なことをサラに押し付ける気はないよ。ただ知っておいて欲しかったんだ」


 「なにも知らないまま巻き込まれては、判断が鈍ることがあるだろうからね」


 二人は血統派と革新派の対立が深まる可能性があると肩を竦める。ただ先のことは分からないので、私はしばらく侯爵領でゆっくりして欲しいとのこと。甘えてしまって良いのだろうかと二人に問えば、勿論とフリードは言い、アイロス殿下も居候同士仲良くしようと告げる。


 「アイロス。サラに妙な気を起こさないでくれよ」


 「妙な気とはなんのことかな、フリード」


 黒と金の偉丈夫と美丈夫が笑い合っていると、フリードがはっとして私を見据えた。なんだろうと首を傾げればフリードが口を開いた。


 「軽くだけれど説明は終わったし親父殿を呼ぶよ。豪快な方だからサラは気圧されないように」

 

 そ、そんなにエーデンブルート侯爵閣下は恐ろしい人なのかと私は姿勢を更に正して、件の人の登場を待つのだった。

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