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第27話:狼煙を上げよ。

 アルデヴァーン王国を去って四ヶ月が経ち、ノクシア帝国のアルセディアの街に渡って三ヶ月が過ぎていた。アルセディアの街で過ごした時間は物凄く濃密だった。辿り着いて二日目には崩落事故で救護活動に加わったり、それから街の総督に感謝されたり。そこから図書館に入れるようになって、皇太子殿下が教会の天幕の下に視察にきたり。

 赤子を取り上げて皇太子殿下が生まれた子の名を授けたり、怪我や病気を治したり。戦場へと放り込まれた十歳から十六歳までと王宮で過ごしていた十八歳までも激動の時間だったけれど、この三ヶ月も本当に忙しない。


 そしてまた新たなことが私たちの身に起きている。少し前、皇太子殿下に召喚された私たちはアルデヴァーン王国についてどう思うかを問われた。


 イロスとフリードは革新派の人と繋がっているようで、国内のことを割と詳しく知っていた。オットー殿下と私との婚約破棄の一件により、王都で拮抗を保っていた政治の天秤が血統派に傾き、革新派が隅に追いやられてしまったそうだ。

 彼らが隅に追いやられたことが原因なのか王都の物価が上がっているらしい。今はまだ大きな打撃となっていないけれど、いずれ王都の庶民の皆さまに皺寄せがくるだろうということである。


 オットー殿下、もといオットー王は国内の治世より、諸外国に目を向けいろいろな場所へ足を向けているそうだ。そしてノクシア帝国から贈られた品を首から下げて自慢していると。

 オットー王の妃となったマルレーネさまは国内の治世を任され、それなりの手腕を発揮しているそうである。王都の物価を抑えているのは彼女のお陰なのだとか。

 

 だが欠点もあるらしい。


 美形の男性に目がないそうで、執務室に連れ込んで『マルレーネさま、執務頑張ってください』とか『貴女の頑張る姿が素敵です』とか言わせているそうだ。護衛や側仕えがいるので、美形の男性を連れ込んでも特に問題ないそうである。それで良いのかと言いたくなるが、執政してくれているので文句を言えないようだ。

 オットー王はマルレーネさまに対してなにも思っていないのか、それとも知らないのか、気付かぬ振りをしているのか。おそらくオットー王の性格からして気付いていないのだろうと私は予想している。


 そんな情報を齎してくれた、ノクシア帝国の皇太子殿下が最後に告げた。

 

 『情報を掴んでな。エーデンブルート侯爵が独立しようとしている。恐らく彼が独立すれば、革新派の者たちも続いて声を上げるだろう』


 侯爵閣下はオットー王に愛想を尽かせたようで独立を画策しているようだ。確かに侯爵閣下が独立すれば、他の革新派の領主も続くかもしれない。

 そしてオットー陛下が独立を許さなければ、アルデヴァーン王国は内戦へ突入するだろうと。さらに面倒なのが終戦協定を結んだはずの隣国が再侵攻を狙うかもしれないと。

 皇太子殿下が訥々と語ってくれたのだ。確かに予想できうる未来である。でも、二年前まで戦火に晒されていたというのに、内戦に発展するような体力が残っているのだろうか。私が考え込んでいると、皇太子殿下が不敵な笑みを浮かべて教えてくれた。


 『アイロス第二王子、聖女サラフィナ。現状を鑑みるにアルデヴァーン王国はエーデンブルート侯爵率いる軍との対立で内戦へと向かうことになる。また貴国で多くの者の血が流れる。貴殿らはどうするか?』


 皇太子殿下はアルセディアの街で指を咥えて見ているのか、それとも自国の危機に立ち上がるのかと問いたいようだ。

 

 『そのために私はエーデンブルート侯爵の下へ赴いて種を撒き、ノクシア帝国に渡りました。こうも上手く事が運ぶとは思いませんでしたが、覚悟は既にできております。私は兄から玉座を奪うため、エーデンブルート侯爵側につきます』


 イロスが凄く落ち着いた声色で告げる。確かにイロスは自分の身は使えると言ってノクシア帝国へと渡ったから、なにか考えがあったのだろう。

 

 『私は婚約破棄の場でオットー王を感情に任せて殴り倒してしまいました。反逆者として捕まる所を、アイロス殿下とグレンツヴァハト男爵閣下に助けて頂いております。彼らがアルデヴァーンに戻り戦うのであれば、私も共に向かいます』


 私が告げると皇太子殿下は凄く言い顔を浮かべながら語り始める。イロスと私に覚悟があるなら、自身と総督も介入してアルデヴァーンの王宮を制圧し犠牲者は最小限で済ませられると。


 『皇太子殿下、成功した暁にはなにをお望みでしょう?』


 『ん? まあ、お前さんが新たな王になれば、国レベルの取引を始めよう』


 イロスが少し不安げに皇太子殿下に問えば、カラりとした答えが返ってきた。内戦に介入して収めようというのに、皇太子殿下が望んだ条件は破格ではないだろうか。


 『じょ、条件が我々に有利すぎます。何故、そこまで肩入れされるのです?』


 その証拠にイロスが驚きながら皇太子殿下に更に疑問を飛ばした。


 『聖女殿が面白い女だからだ。王を殴るなんぞ、誰彼にできぬだろう? 救助現場では『どけっ!』とドスを利いた声を響かせたそうだしな!』


 皇太子殿下の声に、私は『王ではなく王子殿下を殴っただけです』という声を喉元で抑える。話が面白おかしいように伝わっていないかと、皇太子殿下に視線を向けるとにっと口の端を上げている。

 そして話が終わるころ、皇太子殿下の下に護衛の人が訪れた。報告があるらしく、耳打ちをしようとした護衛の人を皇太子殿下はその場で告げろと命を下した。


 『アルデヴァーン王国より抗議の使者を向かわせると連絡が入ったそうです。陛下がどう動くと仰られておりますが……如何なさいます?』


 護衛の人は私たちにチラリと視線を向けながら内容を口にする。


 『使者がノクシア帝都に辿り着く頃にはアルデヴァーンの問題を片付けよう。使者は監視を付けて好きにさせれば良いと陛下に伝えてくれ』


 また口の端を上げた皇太子殿下が『時は満ちたな』と呟いて、話し合いが終わる。そうしてアルデヴァーン王国に戻る準備をしていれば、また皇太子殿下から召喚されることになる。

 私たちはまた提督府に赴けば、戦装束を着込んだ皇太子殿下と総督が庭で待っていてくれた。待ってくれているのは良いのだけれど、他の兵士や騎士の姿が見えない。一緒にきているフリードとイロスとヒルデも同じ気持ちのようで、皇太子殿下と総督と数名の護衛の人しかいないことに驚いている。


 「あの……皇太子殿下?」

 

 「どうした、聖女殿」


 「せ、戦力はたったの八人ですか?」


 私が皇太子殿下を見上げれば、ふっと不敵な笑みを浮かべた。そう。庭に立っているのはたったの八人である。


 「そうだ」


 「一点突破すると聞きましたが、近衛騎士が守る宮廷を落とせるのでしょうか」


 どうだと言いたげな顔の皇太子殿下に私は不安が募っていく。


 「ミハイルがいれば近衛騎士が百人、二百人いようとも問題ない」


 確かに魔法学院の学院長を務める人が弱いなんて思わないけれど、私たちは総督の実力を知らない。現にイロスもフリードもヒルデも大丈夫なのかと心配そうな顔になっていた。


 「聖女殿、その信じられないという目はお止めくださいね」


 「実力を持つ魔法使いであれば可能ですが、宮廷という狭い場所で高威力の魔法を使えば私たちも被害を受けるのでは?」


 総督が私に抗議の声を上げる。実力を疑われているのが心外なようだけれど問題はソコではない。百人、二百人規模の騎士を相手にする魔法であれば、私たちが巻き添えをくらいかねないのだ。

 魔法使いが放った高威力の術のあとを見る機会があったのだが悲惨な光景が広がっていた。流石にもう一度同じ光景は見たくないのだが、何故か総督はご機嫌な様子である。


 「流石、聖女殿。素晴らしい考察ですねえ!」


 総督がにっこりと笑みを浮かべながらパチパチパチと手を叩いた。


 「欠片も思っていなさそうだな……ミハイル」


 総督と私の会話に耳を傾けていた皇太子殿下が突っ込みを入れた。確かに欠片も思っていないというか、凄く胡散臭い褒め方である。


 「失礼ですねえ、殿下。攻撃魔法にちっとも詳しくない聖女殿の言ですよ。褒めて当然でしょう。私の褒めて伸ばす教育方針は魔法学院では人気なのですよ」


 「本当かぁ?」


 やはり胡散臭いと目を細めていると、皇太子殿下も総督に疑いの目を向けている。総督は『出発しましょうか』と話を無理矢理変えて、帝国の国境線に向かうための転移魔法を発動させるのだった。

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