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第23話:変な人が増えた。

 朝の早い時間というのに、お偉いさんは天幕の下にすぐにくるとのこと。


 高貴な人は午前中は執務を行い午後から視察や自由時間となるのが基本だけれど、今回天幕へくる方は真面目な人なのかもしれない。一体、どんな方だろうと少し期待しつつ準備を手伝っていれば、天幕の外が騒がしくなった。

 騒ぎに気付いた神父さまがそそくさと外を確認しに向かえば『ひゃっ!』と息を呑んでいた。フリードとイロスがどこから声を出したんだと不思議がりながら、様子を見守っている。私とヒルデはいつもの席に腰を降ろして、患者さんが訪れるのを待つだけになっていた。


 神父さまは天幕の出入り口から外へと小走りで向かった。私は昨日の神父さまの態度から、気絶してしまわないかと少々心配している。他の人が向かった方が無難では……と言いたいけれど神父さまが案内するのが適任だ。しばらくすると天幕の下に大柄な人影が多数見えた。


 患者さんたちの影ではないと目を細めていると、一団の姿をはっきりと捉えることができた。前に二人歩いて、その隣には恐縮している神父さまの姿、その後ろには大量の護衛の人を連れていた。

 一人は街の総督であるミハイル・フォン・シュヴァルツさまで、隣に立つ長く伸ばした黒髪を一つに結った大柄な男の人が歩いている、彼の腰には剣を佩いていて、市井の人ではなく騎士か貴族階級の人だとすぐに分かった。


 「皆、邪魔をして済まない。昼頃まで見学させて貰うぞ」


 多くの護衛を引き連れた男の人は天幕に入るなり声を張った。凄く通る声を発した男の人に息を呑んだ人たちが席を立ち礼を執る。それも最敬礼。地面に膝を突いて行うものだ。帝国では平服はせず、膝を地面について首を垂れることが最敬礼とされている。


 私もヒルデも周りの人たちに倣って礼を執る。フリードとイロスも空気を読んで行動に移していた。


 ――ノクシア帝国の皇太子殿下。


 神父さまや天幕の下にいる人たちが頭を下げるのは当然だ。帝国では皇帝陛下の次に権威を持つ人なのだから。凄く雰囲気のある人だと私は頭を下げながら、伸びている皇太子殿下一行の影を見た。


 しかしお昼の時間までは四時間弱。忙しいはずの皇太子殿下が四時間も視察をするのだろうかと疑問が浮かぶ。一時間も滞在すれば凄く長居をしていたと感じるものだが、帝国では違うのだろうか。


 「頭を上げ、立ち上がってくれ。皆の仕事の邪魔をするつもりはない。いつも通りに動いてくれと言いたいが、私がいれば難しいことは理解している。ただ失敗しても私は咎めない。今日、ここに訪れたのは優秀な治療士たちが集まっていると聞いたからだ」


 皇太子殿下の声におずおずと立ち上がる人たちを見届けて、私とヒルデ、そしてフリードとイロスも立ち上がれば、総督がニコニコ顔で口を開く。


 「私もアルセディアの総督として殿下の言を保証いたしましょう。本当に殿下の気まぐれで訪れただけなのです」


 「そういうことだ!」


 総督の声に皇太子殿下がカラカラと笑う。帝国の皇太子殿下というのに豪快な方だなあと目を細めていると、何故か彼と視線が合った。すると皇太子殿下は不敵に笑い、総督は彼の隣で小さく手を振っている。

 周りの人たちはお二人の行動を見て、何故視察に赴いたのか察したようだ。え、私、なにもしていないのに皇太子殿下から目を付けられている……と盛大に溜息を吐きそうになるものの、ぐっと堪えなければ不敬となってしまう。そして私の後ろで面白そうに笑っている人の方へと振り返る。


 「サラは有名人ですね」 


 ヒルデが面白そうに笑っているけれど、ノクシア帝国の皇太子殿下にまで目を付けられるなんて思っていなかった。

  

 「なにもしていないのに……」


 アルセディアの街の総督でさえ不相応だと捉えていたのに、帝国の大貴族どころか帝室の人にまで私の存在を知られることになるなんて。私はアルデヴァーン王国の人間だからノクシア帝国で目立つことは避けた方が良い気もする。


 「一週間寝込んでしまうほどの魔法を使い、人ひとりを救った。いえ、それ以上の命を助けたのです。良いではありませんか。皇太子殿下が悪い方には見えませんしね」


 ヒルデは私が帝国に認められたようで嬉しいらしい。サラは凄いでしょうと言いたげな雰囲気で私の後ろに控えている。私は私で皇太子殿下と目が合ったのは単なる偶然と言い聞かせていれば、患者さんが天幕の下へと入ってくる。

 いつもより患者さんの数が少ないため、問題がありそうな人は外で弾かれているようだ。私の下にやってきた患者さんは妊婦さんである。大きなお腹の下を手で支えながら、よっこらしょと言いたそうに女の人は私の前の席に腰を降ろす。


 戦場の片隅で春を売る女の人の子を何度か取り上げたことがあったため、経験がないというわけではない。病気ではないが、出産は女の人にとって命を賭して挑むべきもの。なにかあれば担当の治療士が夜中でも叩き起こされて、患者さんの下へ駆けつけるのがアルセディアの街の教会のしきたりなのだそうだ。


 「そろそろでしょうね」


 悪阻の時期から計算してそろそろ十ヶ月目になるところだ。お腹もはち切れんばかりに大きいし、ぽこんとお臍も出ている。


 「はい。赤ちゃんは元気に私のお腹を蹴っています」


 赤子がお腹の中で動いているなら死産ということはない。あとは無事に生まれてくれと願うばかりだ。しかし、何時生まれてくるか分からないものを待つのは結構しんどいはずである。


 「夜空の一番大きな星が丸く光っている時が産気付くことが多いと統計で取られているようなので、目安になるかと。とにかく、お腹の痛みが二時間から三時間ごとに訪れるのであれば、赤ちゃんが生まれてくるという印です。その時は遠慮なく教会に誰かを使わせてくださいね」


 私は読んだ本の中から役に立ちそうな知識を取り出して言葉にすると、妊婦さんが不思議そうな顔になる。


 「とうけい?」


 どうやら気になる言葉があったようだ。私は伝え方が悪かったと反省して言葉を変えてみた。


 「調べた人がいて、そういう結果が出ているそうですよ」


 あとは気を付けるべきことや、出産当日に用意して欲しいものを伝えておく。こくこくと頷く妊婦さんに私は紙に必要な物を書き出し、忘れてしまったら文字を読める人に見せてくださいとも伝える。

 妊婦さんは私が書いた紙を大事そうに抱きしめて、簡易椅子から立ち上がって天幕から出ていく。何度も私に頭を下げる妊婦さんに手を振っていると、ひょいと顔を覗かせた人がいた。


 「なにを渡したのだ?」


 皇太子殿下がいつの間にか私の側へときていたようだ。総督まで一緒で一体どうしたのだろうという考えの前に、身体が勝手に動いていた。


 「殿下!」


 私は短く声を上げ、急いで椅子から立ち上がり地面に膝を突いて首を垂れる。ヒルデも倣ってくれたので私は安堵の息を吐いた。私の視界には地面の茶色が広がっていて、皇太子殿下からなにを告げられるのだろうと唇を結んだ。


 「敬意を払ってくれるのは有難いが過剰に振舞わないでくれ。私の立場が高すぎることが問題なのだが、天幕の下は治療士たちのものだろう?」


 そう告げた皇太子殿下が二人とも立ってくれと付け加える。私は命に従い立ち上がれば、皇太子殿下も総督も苦笑いを浮かべていた。随分と立場の低い者に寛容な人たちだと不思議な気持ちを抱えながら、私は再度頭を下げる。


 「申し訳ありません」


 「君の態度は平民と思えぬものがある」


 頭を下げている私に皇太子殿下が問う。たしかに街の人の態度とは少々異なるかもしれない。下手に嘘を吐くよりも事実を混ぜつつ語った方が無難そうだと私は顔を上げた。


 「一時、アルデヴァーン王国の王宮で過ごしていたことがあります」


 私の態度はそれが原因だと告げれば、皇太子殿下がふっと小さく笑う。


 「なるほど、そのためか」


 どうやら私の言葉を皇太子殿下は受け入れてくれたようで安堵の息を吐く。そして、ただ一瞬、目の前の人が唇を歪めたのは気のせいだろうか。


 「それで、先程の女性に君が渡したものはなにか?」


 「出産の際に必要な品を書き出したものです。一度で覚えられないでしょうし、忘れることもありましょう。文字を読める人に頼めば思い出せます」


 皇太子殿下が私の声にふむと顎に指を添えて考える仕草を執っている。


 「もう少し、平民の識字率が上がると良いのだがなあ……」


 皇太子殿下がふうと息を吐いて、妊婦さんが去って行った方へと視線を向けて目を細めていた。オットー殿下、もといアルデヴァーン王の主張は『平民は文字を覚える努力より、働いて国に税を収めよ』というものだ。

 国が変われば、考え方も変わるのだなと不思議な気持ちに襲われる。アルデヴァーン王が皇太子殿下のような考えを持っていて欲しかったと、私の心のどこかで願っているのだろうか。


 「邪魔をしてしまった。続けてくれ」


 そう言った皇太子殿下は天幕の端へと戻って行く。本当に皇太子殿下は視察にきただけだろうかと疑問を抱えながら、私は治療士として患者さんを診ていくのだった。

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