第21話:軽い話を秘密裏に。
私が腰掛けていた椅子から皇太子殿下は動いて、対面にある一人掛けの椅子にどかりと座り込み腕を組んで考える素振りを見せている。また、面倒なことを言い出さないよねえと私は身構えた。
「で、先程の金髪の男と黒髪の男は何者だ? ノクシアの者ではないようだし、ミハイルが客を招くとは珍しい」
殿下から問われて私は経緯を伝えた。信じてくれないのであれば、魔法具を使って彼女が訪れた時の景色を見て貰えば良いかと考えながら。そして殿下は私と陛下がアルデヴァーン王国で行われた戴冠式も魔法具を贈った話を聞けば『陛下……なにをなさっているのです』とぼやいている。
これまでの話を聞いた殿下は『アルデヴァーン王国の世情は荒れそうだな』とぼやいた。新しく玉座に就いた者は、前王から命じられた婚約を破棄している。
衆人環視の中で一方的に。血統派の者たちを集めていたと言っても、結局新たに婚約を結んでいるのだから革新派の者たちの反感を生む。大人しく前王の命を聞いていれば良かったものの。でもまあ、聖女殿がつい馬鹿王子を殴った話は愉快だったけれど。目の前に腰を降ろしている殿下も聖女殿が馬鹿王子を殴った話に愉快な顔になっている。
そうして私が聖女殿一行に目を駆けていることを知った殿下は不思議そうに問うた。
「小国の者を構って帝国に旨味はあるのか?」
「ありませんが、贈った魔法具を大層喜んで各国の王に自慢しているようですから。彼らを使い、なにか一手打てないものかと」
アルデヴァーン王国の第二王子の身は便利に使える。本人も使って貰って構わないと申していた。彼を使ってアルデヴァーン王国を混乱の中に落とし込むことも可能だ。それこそ王都まで私が迎えるように手引きしてくれれば、一人で王都を落とせる自信があった。
とはいえ、やっても益が少ないし面倒なことに巻き込まれるだけ。頭の中で考えるだけに留めておいた方が良いし、まあ状況が不味くなったり、ピースが嵌れば第二王子殿下を使うけれど。
「ミハイルと陛下が原因ではないか……」
確かに私と陛下の悪巧みにより起因したことだが、私と陛下はアルデヴァーン王国側が『こんなものを寄越してくるな!』と抗議してくれることを狙っていた。まさか平民でも買える品を大層喜ぶとは誰も考えていなかったのだ。まさかの展開だったことに私は殿下から顔を逸らす。
「視線を逸らすな!」
すかさず入った殿下の突っ込みに私はあははと声を上げるしかない。殿下は大袈裟に息を吐いて床を見つめている。呆れられてアルセディアの街から帝都へ戻ってくれないかなあと、私が願っていれば殿下がぱっと顔を上げた。
「しかし……ミハイルが興味を持った女、ねえ」
「口説き落とさないでくださいよ、殿下」
私が聖女殿に興味を持ったのは、類まれなる才能の持ち主である可能性があるからだ。まあ、話の進み方次第で彼女に好意を寄せることがあるのかもしれないが、今の正直な私の気持ちは優秀な魔法使いを見つけたというものである。とはいえ殿下が聖女殿に目を付ければ、アルセディアの街ではなく帝都に興味を持つかもしれないと牽制しておいた。
「俺にはもう伴侶がいるぞ」
「側室や愛人に囲えるでしょう。あとそういう意味合いではありません」
怪訝な顔で殿下が私に抗議するが、帝国の覇者になる人であれば側室や愛人を囲うことは容易いし、有能な人物を召し抱えるのも容易いのだ。
「子が生せなければ仕方ないが……側室や愛人を持つことは面倒事を抱えるだけだろうに」
確かに側室や愛人を持ち子が生まれれば、私欲のある者たちの格好の餌になりそうである。殿下の庇護下にあれば良いが、生まれてきた子が殿下の心を離れていればすぐに流されるだけ。殿下がしっかりとした者であることに感謝を抱いていると、彼はふむと組んでいた腕を放して足を組んだ。
「アルセディアを攻め落としてみるのも一興か」
「殿下。先程、小国を落としても旨味がないと言っていたでしょう」
「考えが変わっただけだ。大陸の覇者として面子を潰されるわけにはいかん。それが小国ともなれば尚更だ。というか陛下もミハイルも私と同じことを考えていただろう!」
確かに面子は国として大事ものである。小馬鹿にされたままではいけないものの、今回は周辺国からアルデヴァーン王国が笑われるだけのようにも見える。
まあ、これで各国の者たちがアルデヴァーンは帝国に気に入られている、なんて噂が立てば殿下は本気でアルデヴァーン王国を潰す気になるだろう。まだ未来は分からないけれど……無能な王の下に就く平民が可哀想だ。飛び地となってしまうが、アルデヴァーンが帝国の管理下に置かれるのもアリなのかなと、殿下と共に笑みを深めるのだった。
◇
夕方。もう陽が暮れる時間となっていた。天幕の下で行っていた活動も終わりを告げて、街の人たちは自身の家へと戻っている。私とヒルデはフリードとイロスはいつ戻ってくるだろうかと話ながら、天幕の下で軽く片付けを行っていた。
すると天幕の下にフリードとイロスが笑みを浮かべて立っていて、私の下へと歩いてきた。フリードは私が持っていた簡易椅子をひょいと持ち上げてくれる。
「フリード、イロス、おかえりなさい」
私はありがとうと伝えてから、無事に戻ってきたことに安堵した。正直、フリードとイロスが私とヒルデを置いてどこかへ行ってしまうかもと不安を覚えていた。そんなことはあり得ないと分かっていても、頭は悪い方へと考えてしまうようである。
そんな不安を知られたくないと私はできる限りの笑顔を浮かべた。すると二人も笑みで返してくれ、ヒルデは静かに片づけを行ってくれている。
「ただいま、サラ」
「ただいま。申し訳ないね、僕たちだけで出掛けてしまって」
二人はアルセディアの街の商業区に向かって、日用品の買い付けや、教会から頼まれたお使いを済ませてきたようだ。他にも時間が許す限り、商業区でやれることをやってきたようである。
「気にしないよ。私たちがいればできないことだってあるだろうしね」
私とヒルデもフリードとイロスを置いて買い物に行くこともある。だから不要な詮索はしない方が良い。気にはなるけれど言いたくないことだってあるはずだ。
「買い物を済ませながら酒場に寄って、アルデヴァーンの情報がないか聞き耳を立てていたんだ」
フリードとイロスは買い物以外に情報収集に励んでいたようである。酒場はいろいろな噂が流れる場所だ。酔って気分が高揚して口が軽くなることもあるし、お酒をおごって必要な情報を引き出すこともあると聞く。
「なにかあった?」
アルデヴァーン王国を離れてから二ヶ月という時間が経っている。侯爵閣下が迷惑を被っていないか気になるところだ。オットー殿下は王の座に就いて満足しているのだろうか。
「アルデヴァーンの新しい王になった人が、帝国から贈られた品に大層喜んでいるって話で盛り上がっていたよ。帝国の技術は世界一! ってね」
イロスが肩を竦めながら私に教えてくれる。どうやらオットー殿下、もといアルデヴァーン王の機嫌は良さそうだ。革新派の勢いが弱まっていそうだし、アルデヴァーン王の高笑いが聞こえてきそうだった。
「なにを贈ったのかな?」
少し気になると私は二人の顔を見上げる。
「さてね」
「王が喜んでいるなら、良い品じゃないかな?」
私が首を傾げると、フリードとイロスも分からないと告げる。とはいえ一国の王さまが喜ぶ品だし、図書館には人工妖精というとんでもない技術が街の人たちでも利用することができる。となれば、凄く良い品をノクシア帝国はアルデヴァーン王国へ献上したのだろう。
「そうだ。街で甘い物を売っていたんだ。サラが気に入るかもしれないと思って買ってきたよ」
「夕食前だけれど、食べてみるかい?」
フリードがお土産を買ってきてくれたようだが、イロスは子供を諭す親のような台詞だった。二人に餌付けされているような気もするけれど、甘い物と聞けば断ることができない。
「子供じゃないから食べます!」
私は元気良く手を挙げて、お土産を頂くと宣言する。するとフリードとイロスが破顔すると、片付けを終えたヒルデが私の後ろから声を掛ける。
「たくさん食べては駄目ですよ、サラ。フリード殿のことですから、サラのためにとたくさん買っていそうですし。教会の方の分も買っているのでしょう?」
「どうして分かるの……」
「どうして分かるんだ……」
ヒルデは私たちのやり取りをしっかりと聞き届け、突っ込みを入れた。その声を聞いた私とフリードはへにゃと微妙な顔になる。
「分かりやすいですよ。サラもフリード殿も」
くすくすと笑うヒルデを見ながら、私たちは甘い物を食べようと天幕から教会へと戻り、オーリボーレンという甘い揚げ菓子と一緒に何故か魔法学院への入学案内書を渡されるのだった。






