第20話:嫉妬からくる牽制。
アイロスと総督の面会は解散の空気を漂わせており、このままでは総督がサラに目を付けた理由を聞けていないと俺は少しだけ慌てる。人工妖精は本来命令されたこと以外は動かない仕組みというのに、何故サラの下へ禁書を運んだのか。
少し考えれば、いや、考えることもなく答えは導き出せる。人工妖精が口にしていた『ミハイルが妖精を生み出した』という言葉で。図書館の者が勝手に人工妖精が動いたと驚いていたことも話の確度を上げていた。
それに総督は今回の会談を望んでいたのでは……と推測すれば、こうして直ぐ面会できたことにも納得する。サラは気付いているのか、気付いていないのか分からないけれど、できうるならばキナ臭い政に巻き込みたくない。とはいえ、確認しないわけにはいかないと俺は機を見計らって口を開いた。
「一つ宜しいでしょうか、総督」
「どうしたの?」
俺の声に総督もイロスも咎めることはなく、発言を受け入れてくれる。
「先ずは殿下の護衛の身でありながら、発言のご許可を頂き感謝申し上げます」
丁寧な礼を俺が執れば、総督は気にしなくて良いよと手をひらひらと動かす。そうして総督はなにかなと俺に問う。話が早くて助かると、俺は迷わず聞きたいことを口にした。
「何故、貴方はサラに目を付けたのでしょう?」
本当に何故、目の前の男はサラに目を付けたのだろう。工事現場で事故が起こり、働いていた者たちを助けたことに対して礼を告げることはままあるが、街の統治茶が直接面会まで望むとは。
貴族で平民に対して拒否感がない者であれば、夜会にでも誘って『彼女が街の者を助けた功労者です!』と紹介するかもしれない。まあ、思いあがって平民が夜会に参加すれば、貴族の面倒事に巻き込まれるからノコノコと出向かない方が良いけれど。俺の質問に総督が一瞬だけ目を細めた。今の行動にどんな意味があると考えを巡らすものの、答えは悪いものばかり浮かぶ。
「私の興味を満たすためかな。あと気絶するまで魔力を使い果たしたなら魔力量が上がることがある。上がった魔力に身体が付いていけず、魔力暴走を引き起こす事例もあるからね。心配していただけだよ」
総督が俺の目を真っ直ぐ見つめて答えてくれた。後ろに控えている使者の者が『総督はこんな人なんです……本当に申し訳ない』と言いたげな顔になっている。
「でもまあ、彼女。どんな魔法でも使いこなせる口に見えるから、学院で預かってみたい気持ちはあるねえ」
はははと総督が軽い調子で笑った。サラに興味があるなら魔法学院に通っても良いのだろう。けれど少々危なげな雰囲気のある総督が学院長を務める場所へとサラを向かわせることは不安がある。これでノクシア帝国に目を付けられれば、またサラは国の都合に付き合わされることになりそうだ。
「心配かな?」
「え」
「グレンツヴァハト卿の顔に出ているよ。彼女が大事かい?」
ふふふと総督が俺の目を覗き込んでいた。
「もちろんです。私は戦場で彼女に命を救われた身ですので」
嘘を吐く必要はないと俺は彼にはっきり答えておく。
「それ以外にもなにか理由がありそうだけれど、教えて欲しいなんて野暮は言わないでおくよ」
流石に正式な会談の場で惚れた晴れたの話をするのは駄目だろうと口を噤んでおいたのだが……総督は恋愛話に興味があるのだろうか。貴族であるなら既に婚姻している年齢だから、恋愛話に興味はこれっぽっちもなさそうである。
本当に変わった人だと笑っていれば、アイロスが席から立ち上がり今日の会談の礼を告げれば、そそくさと控えていた侍女が総督になにかを渡している。
「あ、君たち少し待って。はい、これ」
総督がアイロスの前に侍女から受け取った品を差し出した。随分と分厚い資料集のように見えるが、俺が総督の手元に視線を落とす。表紙には魔法学院の外観が描かれていた。
「こちらは?」
アイロスが小さく首を傾げながら、差し出された品を受け取った。
「魔法学院の入学案内書だよ。生徒が減ると運営に打撃を受けるからねえ。生徒確保は学院の大事な課題だよ。だからこうして魔力持ちの者が興味を持つように、我々学院側は気を揉んでいるんだよね。聖女殿に渡して欲しい」
帝国からの資金投入だけでは足りないんだよねえ、と総督がぼやいている。ちなみにこの入学案内書は帝国のどこででも入手が可能であり、文字の読めない者であれば公的機関に赴けば、無料で音読してくれるそうである。
サラの囲い込みが始まっているような気がするものの、彼女は学院に興味を持っている。今は教会と図書館にある書物で満足しているけれど、勤勉な彼女であればいつか物足りなくなるだろう。アイロスが総督に向かって片眉を上げながら、差し出された案内書を手に取った。
「渡すだけであれば」
「うん、構わないよ。よろしくね」
アイロスの声に総督が機嫌良さそうな顔になる。本当に掴みどころのない人だと俺は目を細めながら、アイロスとともに会議場を出ていく。総督府の長い廊下を案内役の背を見つめていれば、アイロスが俺の方へと振り返る。
「ヴェルフリード」
「はい?」
アイロスが俺の名を呼ぶのだが総督府の中のため、愛称ではなく名で問いかけた。俺もまた護衛として真面目に答えて、どうしたのかと無言で問うた。そうしてアイロスは持っていた魔法学院への入学案内書を俺に向ける。
「持って」
大した重量ではなさそうなのに、アイロスは俺に荷物を持てという。今回の旅でアイロスは随分と筋肉を付けているのだが、腕はまだ鍛え方が足りないようだ。仕方ないし、流石に王子の身分であるアイロスに持たせたままなのは外聞が悪いと、俺は素直に入学案内書を受け取った。
「重い」
見た目に反してズシリと重い案内書に俺は短く愚痴を零せば、黒髪を長く伸ばした高貴そうな男が窓から見える庭を移動しているのだった。
◇
黒髪紅目を持つアルデヴァーン王国の騎士は随分と聖女殿にご執心のようだ。彼と聖女殿が仮に婚姻したならば、魔法学院への入学の道が途切れてしまいそうである。せっかく優秀で面白そうな人物を見つけたというのに、逃してしまうのは忍びない。
アルデヴァーン王国の聖女サラフィナは治療士として十分な才を持ち、まだまだ成長の余地もある。やはり魔法学院で預かって面倒を見た方が魔法発展という意味合いで役に立ってくれそうだ。彼女を手に入れるにはどうすれば良いと会議場に残っていた私、ミハイル・フォン・シュヴァルツは頭を悩ませていた。
すると誰かがきたぞと指に嵌めている魔法具の一つが震えている。誰だろうと私は腰掛けていた椅子の背凭れから身体を起こし、出入口の扉に視線を向ける。
「おや、殿下。何故こちらに?」
ノクシア帝国の皇太子殿下が会議場の扉の所で腕を組みながら壁に背を預けている。何故、殿下がアルセディアの街にいるのだろうと私が問えば、壁から背を放してこちらへと歩いてくる。
「帝都に飽きた。アルセディアの街なら楽しいことが転がっているかもしれないときてみた。しばらく世話になる……面倒だという顔をありありと出すな!」
ノクシア帝国の皇太子殿下がアルセディアの街に逗留すれば、警備面や滞在費用の心配をしなくてはならなくなるため、私の顔から勝手に気持ちが漏れていた。
長く伸ばした黒髪を後ろで一つに纏めている殿下が私に盛大に突っ込んだ。本当に帝国の皇太子殿下なのかと言いたくなるくらい態度が軽い。
「えー……」
「口に出しても同じだぞ!!」
私が口を尖らせながら声を出すと、殿下が更に突っ込みを入れた。
「では、お帰りになってくださっても良いのでは?」
私が皇太子殿下に軽口を叩けるのは、彼とは幼少期から付き合いがあるためだ。私は魔法を極めるためにアルセディア入りを果たし、なんの運命か魔法学院の学院長の座と総督の位を受けている。
彼は生まれ持って帝国の皇子という身分に収まっていたが、幼少期からの厳しい教育を受けて皇太子の座に就いている。実力主義の帝国で本当に苦労をしただろうに、彼は負の感情を表に出さない。しかし、本当に暇だからと言って気軽に私の下へ転がり込むのは如何なものだろう。
「アルセディアの街の貴族屋敷に転がり込むだけだが」
殿下が腕を組んだまま肩を竦めて、私が腰を降ろしている椅子の肘掛に凭れかかる。アルセディアの街も一枚岩ではない。私と敵対している貴族家に殿下が転がり込めば、それはそれで面倒になる。
「……我が家にご招待いたします」
見下ろす皇太子殿下に私はありありと溜息を吐き、彼を自分の屋敷に招待することになった。仕方ないけれど、面倒だなあ。魔法の研究をしたいなあと願いながら。






