第19話:野郎どもの会談。
――総督府・議会場。
一人掛けの椅子が二つ並んで、お互いに向き合っていた。俺、ヴェルフリードはアイロスが腰を降ろした椅子の後ろに控え、ミハイル・フォン・シュヴァルツ総督の後ろには昨日の使者が控えている。
奥には書記官が控えているため、正式にノクシア帝国帝都へと正式に報告が入るのだろう。本当に話が大きく進むことになった。アイロスは総督に身分を告げ、何故図書館の人工妖精を使い禁書を手渡したと手紙に記したのだ。
下手を討てば外交問題になるぞ、という脅しもつけて。ただアイロスもアルデヴァーン王国の王子の身である。許可も取らずノクシア帝国入りしているのだから、お互い様だろうに。
随分と強気な手紙であったが、総督はアルデヴァーン王国の第二王子を逃す気はなかったようだ。だからこそ、今日の面会となったはずだと俺は周囲に気を配る。アイロスが小さく目線を下げてから、提督に対して口を開いた。
「総督、会談の場を設けて頂き感謝致します。そして王子の身でしかない私に対して過分な対応を頂いていることも」
「なに、気にすることはないよ。それに陛下がアルデヴァーン王国の前王が急に身罷られたことを気にしておられた。その辺りの事情が聴けると良いんだけれどね」
落ち着き払ったアイロスの声と昨日とは打って変わった提督の態度に『いつもこうであればなあ』と言いたげに、ありありと昨日の使者の顔に出ていた。しかしノクシア帝国の皇帝陛下が半年前に御隠れになった我が国の陛下を気に掛けてくれているとは驚きだ。個人的に繋がりがあったのか、外交の場で顔を合わせていたのか俺には分からない。ただ話の出だしとしては順調なものになっている。
「父の急逝には私も驚いております。陛下の死後、病死と毒殺両方の疑いが囁かれておりましたが、真相を探るには何分時間を経てしまいました」
アイロスが陛下の死で急に勢いづいた血統派により、自分が父親の死の真相を調べることは難しかったと肩を落とす。アイロスの母親は低い貴族位から側室に召し上げられた。
そのためか、アイロスは側室腹として宮廷内での扱いは低かった。陛下が守ってくれていたものの、人の悪意までは防げず、段々自身の宮に籠っていることが多かった。
アイロスの母親は陛下の寵を頂いていたが、彼の死によって勢いづいた血統派の追い込みで自害してしまった。母親の死でアイロスが革新派に就く決定打だった。最愛の母親を失ったアイロスがそれでも半年という時間で立ち直れたのは、きっと派閥の長として、御旗として、確りしなければという意思があったのだろう。
「我が国の聖女サラフィナにも兄が申し訳ないことをしてしまいました」
アイロスが続けて婚約破棄の真相を語った。おそらくノクシア帝国にも婚約破棄の報は届いているはずである。そして新たにあの男が公爵家の女と婚約したことも。
「へえ。随分と身勝手だねえ。まあ、貴国の第一王子に二年前まで婚約者がいなかったことも、王太子の位を拝していなかったことにも納得できたよ」
「それは重畳です、総督」
ふふふと総督が軽く笑い、アイロスも不敵に笑っている。どうやらアイロスは自身の兄が帝国では評判が宜しくないと知ることができて嬉しいようだ。でもまあ、俺も嬉しいのだからアイロスのことは言えないと前を向けば、総督府の者たちも小さく笑みを浮かべていた。呆れからきたものかもしれないが。
「だからね、彼の戴冠式への贈り物はノクシア帝国の平民でも買える品にしておいたんだ。陛下から依頼を受けて私が用意したけれど、確か貴国では魔法具の発展はしていないから珍しいよね?」
どうやらノクシア帝国はオットーの戴冠式に魔法具を贈ったようである。確かにアルデヴァーン王国では魔法術の発展を優先させていることにより、魔法具の発展は帝国に比べれば後塵を拝している。
まあ帝国以外の国はアルデヴァーン王国と同じだから、魔道具は帝国の専売特許と言っても良いだろう。しかし平民でも買える品を贈ったことが露見すれば、不味いのではなかろうか。
「申し訳ありませんが、魔法具にはどのような効果が施されているのでしょう」
「うん。一度だけ傷を治すってヤツ。魔法使いで魔法具作成の知識があれば簡単に作れるから、帝国では安価に売られているよ。抗議がくるかなーって陛下と私は期待していたんだけれど、凄く喜んでいる書簡がきちゃった」
ははと総督が愉快そうに笑い、提督府の者たちは微妙な顔になっていた。どうやら帝国側は抗議声明が届くことを期待していたようである。アイロスはふと考える仕草を見せてから口を開いた。
「なるほど。総督が我が国では魔法具が発展していないと推測できたのは、兄からの書簡でしたか」
「そういうことだねえ。まあ元々他国が魔法具に詳しくないのは知っていたけれど、ここまでとは。正直、驚いたよ」
アイロスの声に総督が肩を竦めた。オットーはノクシア帝国の者に小馬鹿にされているようである。確かに帝国では、そしてアルセディアの街では至る所に魔法具が存在していた。
時折、理解を得難いもの――人口妖精が最たる例だろう――が存在している。現に俺たちの会話を魔法具で記録していると、総督府の者が最初に告げていた。俺はそんな便利なものがあるのかと驚いたし、アイロスもまたアルデヴァーンにあればと歯を食いしばっていた。
アイロスは総督とこれからのことを話し合っている。アルデヴァーン王国の世情が悪化する可能性、オットーが欲を出して隣国に攻め入る可能性、他にももっと良い品がないかとオットーから帝国に問い合わせがくる可能性も。
「ははは、貴国の王は実に面白いね」
総督が笑っているのに目から光が失せていた。彼にとって無能な王は王ではないらしい。それならいっそ帝国が滅ぼしてみようかと冗談めかして口にする。
「総督、流石に如何な発言かと」
すかさず総督の後ろに控えていた使者が、咳払いをしながら諫言を呈す。
「おっと、済まないね。今の私の発言は記録から消しておいて。陛下が知れば、王宮だけ潰してこいと私を一人でアルデヴァーンに派遣させそうだ」
あははと軽く笑う総督が命じれば、書記官が広げた紙に線を引いている。あとで書き直されてから、帝都へと届くだろう。まあ先程の総督の発言が帝都に届いたところで、俺たちは痛くも痒くもないが。
「総督のようなお方が我々、革新派にいれば良かったのでしょうけれど」
「おや、聖女殿は違うのかな?」
アイロスが肩を落として困り顔にで告げれば、総督が不思議そうに問うてきた。
「はい。彼女は王宮の身勝手が生み出した犠牲者です。できうるなら彼女にはなにも知らないで頂きたい」
サラは陛下に尊敬の念を向けているが、俺たちから見ればサラの魔力量を見抜いた陛下が利用したに過ぎない。戦場で生き残れたのはサラの実力かもしれないが、そのあと陛下の命により王宮入りしている。
その上、オットーとの婚約だ。陛下が革新派のために動いていたことは理解できるものの、平民の少女を聖女の座に就かせて政に利用するのは如何なものだろう。でも……結局は俺も婚約破棄されるまで、動かなかった卑怯者だと拳を握り込む。甘い言葉をサラに伝える資格はないのかもしれないが、彼女に対する燃えるように熱い気持ちは止められない。
「それはそれで酷ではないかな。君たち、一ケ月以上一緒に過ごしているよね。なら聖女殿に隠し立てする必要もないんじゃないの?」
総督は俺たちがアルセディア入りした理由も知っている。だからこその疑問だろうと、俺はアイロスの方を見た。
「彼女をこれ以上、王宮の泥に塗れさせるわけにはいかないと、グレンツヴァハト男爵と決めました。とはいえ彼女の意思もありますから、今は私たちが勝手に下した判断ですが」
「ま、心に留め置いてくれるなら、これ以上なにも言わないよ」
アイロスの声に総督が肩を竦める。サラにはもう王宮に関わって欲しくない気持ちがある。でもサラが望むなら、彼女の希望に添うようにしたい。これは俺とアイロスが今回の旅で決めた約束事であった。
「そうだ。アイロス殿下は現状のアルデヴァーンについて情報は欲しい?」
一応、魔法具で間諜とやり取りしているから時間の齟齬は少ないと提督が言う。アイロスがはっと目を見開き、少し身体を前のめりにしながら口を開く。
「可能であるなら欲しいところですね」
アイロスの声に総督が頷けば、いろいろとアルデヴァーン王国王都の現状を知ることができた。しかし帝国の耳目はどこまで広がっているのだろうかと俺は感心するのだった。