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第18話:学んだ効果。

 図書館の本で更なる知識を得た私は、ほくほく顔で教会に戻っていた。やはり新たな学びを得るのは楽しいと、再度実感したところである。ただ学んでしまえば試したくなるのが人の心というもの。

 夜、読み込んだ本の内容を思い出しながら紙に書き出している。窓から差し込む星明りで十分に作業できるのでありがたい。魔道具で光を灯すことができるけれど、自分専用の物を手に入れるとなれば、結構な額が掛かってしまう。

 

 私は窓の外を見上げて夜空に輝く星々に感謝を伝えていると、きらりと夜空に線を描いた光がすっと消えた。時折、夜空に描かれる光の線は誰かが亡くなったからとも言われているし、誰かが誕生したからとも言われている。

 私はせっかくなら良い方を信じたい。夜空に描かれた光が消えた瞬間に、どこかで新たに命が生まれていた方が素敵な話だ。もしかしたら、アルセディアの街で赤子が誕生の声を上げているかもしれないなと笑って窓から視線を外す。

 

 翌朝。


 窓から聞こえる小鳥の声で目が覚めた。相変わらず私たちは教会でお世話になっており神父さまには頭が上がらない。けれど総督と面会するという話から神父さまの機嫌が特に良い気がする。

 シスターたちもだし、総督と面会すると聞きつけた患者さんたちも私に敬意を示してくれている。実際、私たちは総督と顔を合わせているが、威厳なんてこれっぽっちもない方というのに街の人には慕われているようだ。


 朝の支度を終え、天幕で治療士として活動しようと聖堂で祈りを捧げていればヒルデが私の後ろに控える。祈りを終えた私がヒルデと視線を合わせて違和感を覚えた。


 「フリードとイロスがいないから少し寂しいね」


 そう。今日はフリードとイロスが街に出掛けてくると言って、朝から教会を留守にしている。図書館からの帰り道で告げられていたから、二人がいないのは当然だけれどなんだか落ち着かない。

 一緒に過ごした時間が長くなっていくほど、いないと変な感じを受けるのだ。ヒルデは私の声を聞き、目を細めながら口を開いた。


 「おや。私だけの護衛は心許ないですか、サラ」


 「そういう意味じゃないよ! 今までみんなで一緒に行動していたから、揃っていないと寂しいねってだけ」


 冗談めかした彼女の声に私はすぐに反論をする。ヒルデの実力は護衛として十分備わっている。少し前も天幕に訪れた横柄な男性の首根っこを掴んで追い出して歓声が上がっていた。

 誰に対しても丁寧な態度を執るため、面倒事があればヒルデを頼る人が多い。天幕の下で活動する治療士の人は女性が多いから、フリードとイロスに声を掛け辛いという理由もあるのだろう。


 「ふふふ。分かっています。冗談が過ぎました。天幕に行きましょう、サラ。図書館で学んだことを実践したいのでしょう?」


 「ん」


 ヒルデの声に私は頷く。聖堂から信徒席を抜け、正面の扉を出て階段を降りる。さて、今日も頑張ろうと気合を入れて、天幕の下へと私とヒルデは向かうのだった。


 ◇


 朝陽が降り注ぐアルセディアの街を俺、フリードとイロスが歩いている。野郎二人で出歩いてもなにも楽しくないのだが目的があるので仕方ない。仕方ないのだが、いつも側にいる人がいないのはやはり寂しい。


 「サラがいない」

 

 「文句を言わないでよ、ヴェル」


 イロスが久方振りに俺の愛称を口にする。周りの親しい者たちは俺のことをヴェルと呼ぶが、フリードと呼ぶのはサラだけである。今回の旅でフリードと呼ぶ者が増えたが、サラがフリードと呼んでくれない事実がキツイため仕方のない選択だった。

 まあ、彼らも俺の気持ちを察してくれているため、本当に最低限しか名を口にしない。有難い配慮だけれど、俺をフリードと呼ぶのはサラだけだったのにという気持ちが湧いてしまうのだ。


 「仕方ないだろう。サラは俺の大事な人だ」


 「でもサラと会う男に対して、ありありと警戒している君は少々カッコ悪いと思うけれどね。器量のない男とサラに気付かれるのは不味いんじゃない?」


 俺が告げれば、イロスが肩を竦めながら呆れている。確かにサラが新たな男と出会う度に俺は気を配っている。俺はサラに好きだと告げているから、他の男より一歩彼女と距離が近いはずなのに不安で仕方ないのだ。

 貴族の婚約のように、彼女を縛り付けてしまえば凄く楽になれる。だが、彼女はそんなものに縛られる口ではないだろう。王宮で猫を被ってしとやかな聖女を演じている姿よりも、自由に生きているサラの姿が俺は好きなのだ。

 『う』という情けない声が俺の口から漏れればイロスが肩を竦める。


 「まあ、サラも君に対して思う所があるようだし、案外大丈夫かもしれないね。いや、でも女性の心変わりは早いから、愛想をつかされればサラの心は君の下を離れていくよ」


 イロスもイロスで王宮で過ごしていた頃より丸くなっている。ふふふと笑っている姿を王宮では滅多にみることはなかった。いつもなにかに怯えるように警戒をしていたのだ。

 第二王子という重責に耐えるというよりは、王宮で血統派と革新派のしがらみに耐えていたというべきか。なににせよ、イロスの表情が明るくなったことも、旅に出て正解だったと俺は思っている。

 アルデヴァーン王国のためには間違った選択をしているかもしれないが俺は後悔していない。イロスに考えていたことを悟られないように、俺はおどけながら口を開く。


 「イロスは俺を揶揄っているのか、応援してくれているのか分からない……」


 「どっちもかな。その方が面白いでしょ」


 俺がげんなりとした顔をすれば、イロスが小さく笑う。本当に彼に良い表情が増えたと俺は前を向いて、胸の内袋から届いた手紙を取り出す。俺の手の中にはアルセディアの街を司る提督の紋章が施された手紙がある。


 「しかし、すぐに面会の許可を貰えるとは信じられないな」


 昨日の今日で返事を貰えるとは思っていなかったし、なるべく早く会いたいとも記されていた。


 「だよねえ。随分と腰が軽いお方だよ」


 イロスの声に総督は動きの速い人だと俺は息を吐く。街の統治者ともなれば忙しい日々を送っているはず。だというのにすぐに会えることになるなんて。

 まあ俺もイロスも目的があるし、総督もまた意図があってすぐに会いたいと申し出たのかもしれない。ただのらりくらりとされるより、こうして本題に入れそうな雰囲気があるのは良いことである。

 イロスも総督との話し合いで、展開が急激に進むことを期待しているようだ。まあ、本当に運任せとなる。駄目なら、駄目でまたゆっくりと街で過ごして、サラの下で過ごせば良いだろう。


 俺もイロスも結局はアルデヴァーン王国の貴族なのだ。


 母国を離れたとはいえ、血を捨てることまでできない。イロスは第一王子、いや今は王か。王を追い落とすためにサラとついてきた。俺はサラの意思を叶えつつ、イロスの補佐ができればと考えている。

 本当に虫の良い話であるが、俺はサラもイロスも見捨てることはできない。ならばアルデヴァーン王の失脚を。血統派と革新派の争いに終止符を打ちサラの名誉回復を。

 

 無理だと笑う奴がいるかもしれない。


 それでも良い。俺がどんな無様な姿を晒しても、笑われても構わないから。あの謁見場にいたサラの衆目に晒され、オットーの罵倒に耐え続けていた姿を思い出すと腸が煮えくり返って仕方ない。

 まあ、サラはオットーを殴り返したことで少しは憂さが晴れているようだが、俺は全然、全く恨みを持ったままだ。


 あの腹の立つ男の顔と香水臭い女が落ちぶれる姿を頭で描いてほくそ笑む。ああ、こんな醜いところをサラには見せられないと頭を振る。


 「悪い顔になっていたよ、ヴェル」


 「君もね」


 ふふふとお互いに笑えば、総督府が見えてきた。息一つ乱れていないイロスを見て俺は『体力が付いたな』と言い、彼は『旅のお陰でね』と告げて前を見る。俺が持ってきていた手紙を総督府の衛兵に見せれば、中へどうぞと恭しく案内をしてくれ……以前、赴いた部屋とは違う場所へと導かれた。

 賓客室というよりは会議場と表現するのが適切だろう。部屋には向こうの書記官や官僚たちが多く座し、総督の登場を待っている。俺たちは席へと案内さ、イロスが腰を降ろした。俺はイロスの後ろに回り、足を肩幅に開いて手を後ろで組む。

 面会の時間となっても総督は姿を現さない。なにかあったかと焦る気持ちを抑えつつ、逃走経路の確保や武器調達をどうするかと考えていれば、結った銀糸の髪を手で振り払いながら総督が姿を現した。

 サラと面会した時とは全く違い、真剣な表情で会議場に現れた。どちらが男の本性なのだろうか。いや、両方かもしれないと俺が身構えると、総督が声を上げる。


 「遅れて申し訳ないね。アイロス・アルデヴァーン第二王子殿下、そしてヴェルフリード・グレンツヴァハト男爵」


 総督の姿を確認したイロス、いやアイロスが恭しく席から立ち上がり礼を執る。王子としてのアイロスを久しぶりに見ると俺は二人を見守りながら、政治的な会合が始まるのだった。


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