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第17話:不思議な図書館。

 来賓室で総督と話をしていると、面会の時間が過ぎていた。そろそろお暇しなければと提督の言葉を待っていれば、そろそろ時間かなという彼の声が上がる。馬車で教会まで送ってくれるそうだけれど、私はこのまま図書館に寄りたいので三人は先に帰ってと告げた。


 でもフリードもイロスもヒルデも一緒に行くよと言ってくれ、それならばのんびり歩いて教会まで戻ろうかとなった。私たちのやり取りを聞いていた総督が『私も行きたい!』と言い出して『駄目ですよ、総督! 執務があるでしょう!?』と使者の人がすかさず突っ込んでいた。

 『えー!』と非難する総督の声を聞きながら、私たちは総督府をあとにした。山の上にあるためか、図書館は直ぐ目の前である。馬車で移動するほどのものではないし、総督も執務が終わればこれるのではないだろうか。まあ、総督は夜まで開放されそうにないなと苦笑いを浮かべて、私は後ろを歩く三人を見る。


 「面白い人だったね」


 後ろを振り向けばフリードとイロスとヒルデがどうしたのと言いたげな顔になっていた。私が総督の第一印象を語れば、ああなるほどと振り向いた理由を察知してくれたようである。

 フリードが前を向いて歩かなきゃ危ないよと言いたいのか、歩く速さを少し上げて私の隣にならぶ。


 「子供みたいだった」


 フリードの意見に私は苦笑いを浮かべるものの、確かに総督と使者の人とのやり取りは子供染みていたかもしれない。肩を竦めたフリードが前を向けば、イロスも私の隣に並んだ。


 「変わった人って感じかな」


 彼の言い分にも納得できる。どうにも総督は、大きな街を治めるには調子の軽い人であった。陛下や侯爵閣下のような威厳はどこにもなかったけれど、アルセディアの街の人たちの評判は悪くない。本当に変な人でもあるよねと納得しているとヒルデも声を上げた。

 

 「顔は良い方でしたね」


 ヒルデ……その言い方だと顔だけが良くてあとは駄目と取れてしまうよと突っ込みそうになった。彼女と会話を続ければ侮辱罪で捕まりそうだと、みんなして押し黙る。でも総督のご尊顔は底冷えするような整い具合だった。

 長い銀糸の髪を三つ編みに結っている姿もとても似合っていた。今まで会った男の人の中でも一番美しいのではないだろうか。男の人の趣味は人それぞれだろうし、ヒルデが総督に惚れたとかではないことを願おう。提督府から出て歩いていれば、また大きな建物の全容が見えてくる。図書館の隣は魔法学院だそうで、大きな規模の建物だった。


 「大きい」


 私が図書館を見上げて勝手に口から声が漏れていた。アルセディアの街に訪れてから、良く零す言葉になっていた。私たちがノクシア帝都に向かえば口癖が『凄く大きい』になるのだろうか。

 

 「行こう、サラ」


 「あ、うん」


 フリードの声にはっとした私は歩みを再開させた。山の上に立っているためか、広大な敷地に大きな建物がどっしり構えているのではなく、狭い土地を上手く活用しようと建物が空に向かって伸びている。

 本当にアルデヴァーン王都の街並とは違うなあと、図書館の中へ入れば受付がすぐに見えた。さきほど総督から頂いたカードを受付の人に見せる。受付の人は私たちが差し出したカードを物珍しそうに覗き込み、掛けていた眼鏡をかけ直した。裏面を確認させてくださいという言葉に従って、みんながカードをひっくり返して裏面を見せる。


 「そ、総督直々の入館許可状!?」


 目を落としてしまいそうなほど見開いた受付の人が大きな声を上げた。周りにいた人たちが何事だと私たちの方へと視線を向ける。騒ぎになるのはよろしくないと、なるべく落ち着いた声を出そうと心掛けた。


 「駄目、ですか?」


 「い、いえ、なにも問題はありません!」


 私の声に受付の人がどうぞと中へと言ってくれると、周りにいる人たちの興味はさっと引いたようである。ふうと安堵の息を吐けば、受付の人がいろいろと図書館利用のルールを教えてくれた。

 大きな声でお喋りをしない、本に落書きをしない、持ち出し禁止の本を持ち出さないとか本当に基本的なことだ。あとアルセディアの図書館特有のシステムがあるから、驚かないようにとも忠告を受ける。 

 一体なんだろうと四人で顔を合わせるけれど、行って確かめてみようとなった。そうして私たちは受付の人が教えてくれた入口の前に立つ。目的の本はどこにあるだろう。フリードとイロスとヒルデも読みたいものがあると言っていたから、彼らの目的の本も見つかると良いけれど。


 大きな扉を開けると共に蝶番の音が鳴って耳に心地良い。


 そうして私たちの目の前には丸い部屋が現れて、壁一面に大量の本が敷き詰められていた。それは縦に伸びており、倣って首を動かせば天上は果てしなく遠い先にある。凄いと声を漏らしそうになって、お喋りはなるべくしないと私は口をぐっと伸ばす。


 縦に広い空間のそこかしこに魔法具の火が灯り、黄色く淡い光が周りを照らしている。ところどころに魔法具より明るく白い光があるけれど、その白い光はゆっくりと動いていた。

 なんだろうと私が首を傾げると、四つの白い光がぴゅーっと凄い勢いで私たちの前に飛んでくる。一体何事と身構えるとフリードとヒルデが私とイロスの前を庇ってくれた。

 でも飛んでいる白い光はフリードとヒルデの意思とはお構いなしに、くるくると私たちの周りを飛んだあと、一人一人の顔の位置でピタッと止まる。可愛らしい姿で背中に羽を生やしている、手の大きさくらいの人間だった。図書館に居着いた妖精かと私が首を捻れば、くるりと妖精が身体を回して礼を執った。

 

 『僕たちは人工妖精だよ!』


 『ミハイルに造られたのさ!』


 『どんな本に興味があるんだい?』


 『僕たちがぴゅーっと探してくるよ!』


 彼らの声に驚きながら話を聞いていると、総督が彼らを生み出したようである。流石、魔法学院の学院長を務めるだけはあると感心しつつも、可愛らしい妖精を生み出すのは意外である。

 どうやら質の良い魔石に魔法を施して彼らを生み出しているようだ。うっすらと透けている彼らの身体の奥に小さな魔石があるのだから。私は三人の顔を見たあと、妖精に『治療術の本を、特に病気に関して詳しく書かれているものがあれば取ってきて欲しい』とお願いしてみる。

 三人もそれぞれの妖精に自分が読みたい本を示したようだ。妖精は席に座っていてと言い残して、またぴゅーっと本の海の中を泳いでいく。私たちは妖精に言われたとおりに席に腰を降ろして、頼んだ本が届くのを待つ。図書館で目的の本を探すのも、あてどなく歩くのも結構楽しいけれど、妖精さんが探してくれるなら、それはそれで便利である。

 

 小声でみんなと喋っていれば、妖精が戻ってきた。フリードとヒルデの前には剣術書や武術の本が、イロスはノクシア帝国の歴史書がどんと置かれた。そして三人の妖精さんが『用があれば呼んでね!』と言い残して去って行く。


 三人が読みたい本は妖精が揃って戻ってきたというのに、私の本を担当している妖精はなにをしているのだろうか。フリードがそのうち戻ってくるよと肩を竦め、イロスは目の前に置かれた歴史書の項を捲り、ヒルデは気長に待ちましょうと告げる。

 暫く待っていれば、妖精が戻ってきて治療術関連の本をどどんと机に置いた。自慢気な顔をした妖精は意味ありげな視線を私に飛ばしている。持ってきた本を確認して欲しいようで、私が背表紙に目を通せば妖精は満足そうにうんうんと頷いていた。しかし。


 「禁書って記してあるよ。私が読んで良いのかな?」


 持ってきてくれた本の中に数冊『禁書』と書かれた物がある。禁書は人目に付かない奥の部屋にあるものだ。秘匿性の高い情報だったり、知られたくない国の過去だったり、威力が凄い魔法を記していたりと様々である。禁書の中身が気になるけれど、流石に勝手に読むのは不味い気がする。


 『僕が選んだ本に文句があるの!?』


 持ってきてくれた自慢顔の妖精に私が問えば、ぷんぷんぷんと妖精さんが腰に手を当てて怒っていますよとアピールをしている。妖精の態度に私は戻して欲しいとお願いしても無駄だと悟った。


 「いや、うん。ありがとう」


 私がお礼を告げれば、妖精が嬉しそうに笑ってまたどこかへとぴゅーと飛んで行く。はあと息を吐けば、みんながやれやれだねえと私に視線を向けていた。

 とりあえず司書の人か受付の人に伝えて中身を見ても良いのか確認を取ろうと私は席を立ちあがる。フリードとイロスは珍しく席に残って場を確保しておくと告げたため、私はヒルデとともに受付に向かった。先程の眼鏡を掛けた受付の人に事情を説明すれば、また目が落ちてしまいそうなほど見開いて驚いた顔になる。


 「え、人工妖精が禁書を持ってきた!? 有り得ません! 禁書は持ち出すなと命じられているのに。とにかくお知らせ頂いて助かりました。禁書は私どもがお預かりいたします!」


 そんな声を上げながら受付の人は司書の人を呼びつけて、本を回収するようにと告げていた。司書の人が慌てて受付に姿を現せば、行きましょうとすぐさま私たちに声を掛ける。

 フリードとイロスがいる机に向かえば、フリードが手を振りながら私たちを迎えてくれた。司書の人は積み上げられた本を確認して、禁書と記された数冊の本を素早く腕に抱えてふうと息を吐きだす。


 「申し訳ありませんが、中は?」


 「読んでいません。禁書と記されていたので助かりました」


 息を吐いた司書の人が背を正して私に問うてきたので正直に答えておく。禁書と書かれていなければうっかり読んでしまう所だった。どんな内容が記されているのか気になるけれど、死者蘇生などの禁忌の魔法なら私はすぐに本を閉じている。流石に人の領域から外れる気はない。私が貴族ならば、不老不死は命題だから喜んで読むかもしれないが。司書の人と私がお互いに息を吐く。


 「他の本は問題なく、時間が許す限り読んで頂いて結構です」


 「お手間を取らせて申し訳ありません」


 苦笑いを浮かべながらお互いに頭を下げた。


 「いえ。確認して頂き、とても助かりました。本当に今まで妖精がこんな行動を起こすことなんてなかったのですが……では」


 司書の人が禁書の本を抱えて私たちの下から離れて行く。私が席に腰を降ろせば、災難だったねと苦笑いを浮かべるフリードと面白そうな顔をしたイロスが歴史書に再度視線を落とすのだった。

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