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第13話:ご招待。

 ――某所・某部屋にて。


 「総督、ご機嫌ですね」


 「いやね、愉快な話を聞いたから」


 「愉快とは?」


 「私の名を使い権威を振り翳した者がいたけれど、それを意に介さず己のやるべきことを成した人がいたそうだよ」


 「ああ、噂の。しかし総督。私の前では構いませんが、そのご尊顔を気になるお方には見せない方がよろしいかと」


 「あれ……また私は皆が不味いと言う顔になっていた?」


 「はい。我々であれば総督の機嫌は良いと判断できますが、総督を知らない方が見れば恐怖を覚えるかと」


 「心外だなあ。私は単に魔法使いに興味があるだけなんだけれどね」


 「本当に貴方という人は……」


 ◇


 ここはどこだろう。


 意識が浮上して目を開ければ、宿屋の天井ではない景色が広がっている。目を何度か閉じたり開けたりしても見える風景が変わることはない。私は寝台から起きようと身体を動かすけれど、凄く身体が重くて普段より時間が掛かってしまう。身体を起こしてふうと息を吐けば私の名を呼ぶ声が聞こえ、顔を少し動かせば目尻に涙を浮かべたヒルデが寝台の側へと足早に寄ってくる。


 「良かった。一週間、サラが目覚めないので心配したのですよ。別の治療士からサラの魔力が回復すれば、いずれ目覚めると聞きましたが……まさか一週間も寝続けるなんて!」


 ヒルデが寝台の端に腰掛けて私の身体を支えてくれた。一気に情報が入り込んでくるけれど、私は随分と寝込んでいたようである。私の耳元でヒルデが良かったと心底安堵している声を上げていた。私はふと意識を失う直前のことを思い出して、ヒルデの方へと思いっきり顔を向ける。

 

 「一週間……? って、私が治療を施した人は!?」


 そう。そうだ、大怪我を負った大柄な男性はどうなったのだろう。傷の回復を見届けないまま意識を失い、そのまま一週間も寝扱けていたなんて。治療を施した患者さんの経過を見守ることも治療士の務めだというのに。


 「一命を取り留め、教会で世話になっております。家に戻れば無茶をすると、神父さまの提案で保護致しました」


 続けてヒルデが大丈夫ですよ、安心してくださいと穏やかな声で告げた。私はヒルデの話を聞いて安堵したのか、全身から一気に力が抜けてしまう。ヒルデがすかさず身体を支えてくれて、寝台へと私の身体を優しく押す。

 どうやら、もう少しゆっくりしていろということらしい。流石に一週間も寝台の上にいたならば体力も落ちている。大人しくじっとしていようと、枕の上に置いた頭をヒルデの方へと動かした。

 

 「ところでここは?」


 宿ではないよねと私が付け加えれば彼女は苦笑いを浮かべている。


 「教会です。サラの面倒も教会で預かる方が安心できるだろうと、神父さまが仰ってくれたのです。我々は幸いだと言わんばかりに教会へ転がり込みました」


 肩をヒルデが竦めて、寝台の毛布を私の肩の上まで引き上げてくれた。すると外からばたばたと足音が聞こえて部屋の前でピタリと止まる。誰かきたようだと私が身体を起こそうとすると、ヒルデがそのままでと言いながら腕で止めた。そしてヒルデは寝台の端から立ち上がり、私の方へと顔を向ける。


 「さて。お二人はずっとサラの心配をしておりました。顔を見せてあげても?」


 「あ、うん。もちろん」


 ヒルデが口にした人はフリードとイロスのことだろう。フリードもイロスも崩落事故現場でいろいろと助けて貰っている。もちろんヒルデにも助けて貰って、救助が必要な人を探し出してくれたのだ。

 フリードもイロスも高貴な人だから、みだりに女性だけの部屋に入ってはいけないと慮ってくれているようだ。宿を取る際も、男女を分けてくれていた。心配してくれている人を無下にするにはいかないと、私はヒルデに二人を部屋に入れても構わないと許可を出す。


 ヒルデが頷いて、部屋の扉の前へと歩いて行く。彼女がドアノブを握って扉を開けると、フリードとイロスの姿があった。少し遠慮がちにしながら、二人が寝台の下へと歩いて、ヒルデも彼らに続いている。

 そうしてフリードが膝を突いて寝台に腕を置き、大丈夫? と声を掛けてくれた。いつもの彼の声より静かだというのに、ありありと心配だったと私の耳に伝わってくる。フリードの後ろではイロスとヒルデが苦笑いを浮かべて、フリードの邪魔をする気はないようだ。


 「良かった……良かった、サラが無事で」


 この一週間、生きた心地がしなかったと消え入りそうな声をフリードが出す。そうして彼は腕を伸ばして私の頬に手を添えた。親指の腹で私の頬を撫でながら泣きそうな顔になっている。

 いつも私にフリードは楽しそうな顔をして話してくれていたというのに、今だけは彼の弱いところを見せてくれているように見えてしまう。なにを考えているのだろうと私は小さく頭を振って、頬に添えられているフリードの手に手を重ねた。


 「心配を掛けてごめんなさい。魔力が枯渇すると、身体が命を守るために意識を奪うことがあるらしいんだ。初めて経験したけれど……一週間も寝こむことになるなんて」


 本当に初めての経験である。個人で動くことも初めてだったから、自分の力量が分かっていなかったことが最大の原因だろう。でも今回でなんとなく加減は掴んだはず。次は失敗しないように立ち回ろうと決めて身体を起こすと、フリードがなんとも言えない顔で私を見つめていた。


 「サラが目覚めないのかと心が張り裂けそうだったんだ。だからこうしてまた君と話せて嬉しいよ。けれど、もう同じ思いはしたくないかな」


 そう言ったフリードが私の頬から手を放して、腰の方へ伸ばそうとする。


 「本当に。僕も驚いたし、心配したよ。あとサラは凄い人を釣り上げたね」


 イロスが顔をひょいっと近付けると、フリードの腕がピタリと止まって一瞬で彼の身体の方へ引き戻した。もしかしてフリードは私を抱きしめようとしていたと顔に熱を持ちそうになるけれど、イロスはさきほどなにを言ったのか。

 

 「この街の総督に興味を持たれたみたい。はい、これ」


 イロスの声にフリードは厳しい視線を向けているけれどなにも言わず、はあと息を吐いて私の方へと視線を戻す。私はイロスから手紙を受け取ってマジマジト視線を落とした。質の高い封筒の裏に記された丁寧な文字には、街を管理している最高位の人の名が綴られている。


 「これは……総督府へこいってこと?」


 そして表には『招待状』とこれまた丁寧な文字で記されていた。ノクシア帝国六大主要都市の一つ、学術都市アルセディアを統治する総督から、まさか呼び出しを貰うことになるとは。私は驚きながらイロスへ視線を向ければ、彼が右手で手紙を指しながら口を開く。


 「うん。向こうの使者の人には僕たちが中を見て良いか許可を得ている。あとはサラが僕たちにどんな内容が記されているのか教えて欲しいんだけれど」


 そう言ってイロスが肩を竦めた。私は彼らが手紙に目を通すことになにも問題はないと一つ頷いてから言葉を紡ぐ。


 「大丈夫。それに中身を確認しなくても私と一緒にくるよね、三人とも」


 そう、従者だとか護衛だとか言って。フリードもイロスもヒルデも私に対して凄く甘いところがある。旅の最中に私が迷わないようにと常に誰かが一緒にいてくれたし、お店でも私が支払いをしようとすれば何故か代わりに払ってくれる。旅費は侯爵閣下持ちだから、誰が出しても閣下のお金になるけれど。私が苦笑いを浮かべそうになるのを我慢して、三人に視線を向ける。

 

 「当り前だ」


 「面白そうだからね。もちろん」


 「ええ、サラの身になにかあっては困りますので」


 三人は私と一緒にくることを既に決めているようで深く頷いた。フリードとヒルデは戦場で私が怪我を癒して感謝して貰っているから、なんとなく理解はできた。

 けれどアルデヴァーン王国の第二王子殿下――今、彼の地位がどうなっているのかは謎――が私を甘やかしてもなにも得るものはない。だというのに街での過ごし方や噂から真意を見抜く方法や、他にもノクシア帝国の情報とかを教えてくれる。

 情報は大事なものだと教わっているから教えてくれるのは有難い。でもイロスが学んで得た知識を私に切り売りしても良いのだろうか。面白そうだからとイロスと一緒に旅をしていることも不思議だし、本当に変わった王子殿下だ。

 

 「サラ、手紙を読んでみよう」


 「分かった。開けるね」


 私はフリードに促されて封を切る。王宮で私が使っていた便箋や封筒より質が良いのが手に取るように分かった。私は中身を取り出して読み進めていく。


 「えっと、謝罪とお礼をしたいって。本当は総督の方がこちらに出向くべきだけれど騒ぎになるから、総督府の方にきて欲しいって書いてある」


 定型の挨拶から始まり、急に手紙を送ることになったことや呼びつけたことに対して総督は丁寧な物腰で記していた。私たちに頭を下げるのは立場上不味いため、遠回しに事故に巻き込まれた人を助けたことに対するお礼も綴られている。

 あと、現場で不躾な態度を執った現場指揮の人は閑職に追いやると書かれており、提督の名を使って私たちを脅したことに怒っているのだった。提督本人の筆跡なのか分からないけれど、物腰の柔らかい手紙だ。私は手紙の全てを読んで、フリードに渡した。


 「病み上がりのサラに無理をさせないで欲しいな」


 「とはいえ一ケ月先のことだよ」


 むっと口を尖らせたフリードにイロスが肩を竦めた。


 「女性を呼びつけるのは、スマートだと言い難いですね」


 ヒルデの声を聞いたイロスが君たち厳しいねえとぼやいた。たしかに街の総督に対して辛辣なことをフリードとヒルデは言っている。とはいえ私の心配をしてくれているので、なにも言えないけれど。

 総督府への招待は一ケ月先のことなのでまだ時間はある。先方は私たちが商人――偽装だけれど――だから、忙しければ都合の良い日を教えて欲しいとも記していた。ただ一ケ月後であれば総督の時間が十分に取れるから、できることなら滞在を延長して欲しいとも。


 「ゆっくり街に滞在する予定だから、一ケ月後に総督との面会かな」


 イロスが肩を竦めながら私を見たので頷いておく。私が魔法の勉強をしたいと言い出してアルセディアの街を目指した。魔法が学べるのであれば居着いてしまおうとも考えていたので、総督との面会は時間的に問題はない。


 「変な奴だったら、直ぐ逃げよう」


 「ええ。サラに手を出す者は何人であろうと許せませんからね」


 フリードとヒルデの気合の入りっぷりに驚きながら、失礼なことはしないようにねと私が告げるのだった。

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― 新着の感想 ―
まあ町としても治癒士は長くいてほしいしなあ
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