第11話:治療士の評判。
教会を出て、再び宿を探しに私たち四人は道を歩く。すれ違う人は私たちが珍しいのか、一瞬視線を寄越して何事もなかったかのように前を向く。小国から帝国という巨大な国へきたから、私たちが田舎者だと指を刺されても仕方ないのだろう。
でも、本当にアルデヴァーンの王都の街並みに負けていない規模の街だし、流石六大主要都市の一つと言ったところだろう。私たちが立ち寄った教会は市井の人たち用だったけれど、建物は凄く立派だった。きっと貴族の人向けに建てられた教会は、もっと大きくて豪華になるはずだ。少し興味が湧くけれど、私はみんなに謝っておかなければならないことがある。
「勝手に決めてごめんなさい」
私は歩いていたフリードとイロスとヒルデの前に出て頭を下げた。明日は街を観光しようと話していたけれど、私が勝手に予定を入れてしまったのだ。三人は私がいきなり前に出たことを驚いて、すぐに笑を携えて肩を竦めていた。
「気にしなくて良いよ。そもそもサラのやりたいことをするために俺たちは付いてきたんだし」
「そうだね。好きに動いてみれば良いよ。君の名が街に広がれば、なにか動く可能性だってあるんだ」
「サラは優秀な治療士です。周りが放っておきませんよ」
ははは、ふふふと三人がまた笑って宿を探しに行こうとフリードが私の背を押す。ノクシア帝国に行きたいと言い出したのは私だし、勝手に動いてしまったことを咎めない。本当に良い人たちだと私は再確認して、いつかお礼ができれば良いなと前を向く。
「さて、良い宿が見つかると良いね」
「そうだね。でも今回の旅で、硬い寝台に随分と慣れたよ」
フリードとイロスがきょろきょろと街を眺めながら宿を探している。イロスは王宮生活が長かったため、安宿の寝台はかなり堪えたようだ。腰が痛いと聞けば治療術を施していたけれど、ノクシア帝国に近づくにつれてイロスから『痛い』という言葉を聞かなくなっている。
フリードが君はお坊ちゃんだからと軽口を叩き、イロスは君は野生児だよねえと言い返している。イロスは王子殿下だからお坊ちゃんというのは否定できないし、フリードも戦場で随分やんちゃをしていたと聞くから野生児と呼ばれても変ではないはず。今はもう鳴りを潜めさせ旅人の雰囲気を醸し出しているけれど。
教会を出て随分と歩いた気がする。街の外縁部から随分と離れており、山の上に聳え立つ魔法学院が随分と近くなっていた。私たちが今いる場所は商業区の更に奥へと進んだようで、少し静かになっていた。
街の人より旅装した人が多く歩いているため宿屋街に辿り着いたのだろう。フリードが宿屋街を見つめて、あそこに入ろうと宿屋と食堂が併設されている店に指を指す。
「行こうか」
イロスがフリードの声に答える。ヒルデも問題はないようで、私に行きましょうと無言で視線を向けて歩き始める。宿屋の中に入れば夜営業の準備をしているのか、食べ物の良い匂いが鼻腔をくすぐる。
お腹が鳴りそうだけれど、みんなに音を聞かれるのは恥ずかしいので耐えて頂戴と願うしかない。フリードが宿屋のカウンターに向かって、店主と部屋が空いているか話をしてくれている。
運良く部屋が空いていたそうで、この宿に泊まることになった。時々、満室だと言われて他の宿を探す羽目になるから、一軒目で泊まれたのは運が良い。良かったと安堵の息を吐いていればフリードが二階に上がろうと声を掛けてくれ、私は彼から鍵を受け取る。
フリードとイロスと二階で別れて、私はヒルデと一緒に部屋へと入り荷物を置いた。そうして階下に降り、早いけれど晩御飯を済ませる。寝支度も終えてベッドに潜り込めば、すぐに意識は落ちていた。いつの間にか朝を迎えて、また宿に併設されている食堂で朝ご飯を済ませて、私たちは昨日赴いた教会を目指す。
「今までの宿で、ご飯が一番美味しかった」
宿を出てすぐ、朝陽が眩しい中で私はみんなに声を掛ける。宿のご飯は夕食も朝食も美味しかった。比べてしまって申し訳ないけれど、本当に今まで泊った宿のご飯や食堂のご飯より美味しかったのだ。
きっと腕の良い料理人がいるのだろうと私は朝からご機嫌である。魔力を消費すると疲れてしまう。そして魔力と披露を回復するためには、食事と睡眠が大切なのだとか。
確かにご飯を満足に食べないでいると魔力の回復が遅いし、同じ品ばかりをお腹に納めても同様だ。睡眠も長くとる方が回復が早い。そして美味しいご飯を食べると更に魔力の回復が早い気がする。ふふふと私が笑えば、フリードとイロスが片眉を上げ苦笑いを浮かべている。
「当たりだったね、サラ」
「凄くご機嫌だねえ」
あははと笑う二人に私はもう一度口を開いた。
「今日の晩御飯も楽しみ」
教会の天幕で何人の患者さんを診ることになるか分からないが、参加を認めてくれた神父さんの顔を立てなければいけないので下手は打てない。怪我の治療に関しては自慢でないが自信がある。従軍治療士だった故に、一般的な病気となれば知識不足である。
王宮にいた時間も長くなっていたから、贅沢病――肥満――とか脱毛症なら一時治すことができるものの、平民の人に施すことはあるまい。少しばかりの不安を抱きながら、私たちは教会の前に辿り着く。
既に教会横の天幕には街の人がぽつぽつと集まっており、教会の人たちも準備を初めているようだ。フリードが昨日相談した神父さまを見つけてくれ、私は彼の下へと歩いて行く。神父さまは天幕の側でシスターと話し込んでいた。少し離れた位置で話が終わるまで待っていると、神父さまが私たちに気付いてこちらへきてくれる。
「サラさん、こんなに朝の早くから。宜しいのですか?」
「みんなと相談して、朝からお昼までお手伝いをしようと決めました。他の三人は護衛と雑用を務めてくれます」
神父さまが私の言葉にこれはこれはと小さく礼を執った。神父さまは天幕の中へと案内してくれて、教会の皆さまと治療士の人を紹介してくれる。私たちも名乗りと街に滞在する間よろしくお願い致しますと告げれば、得意な治療魔法の聞き取りに、治癒代や自分の取り分の話となった。
フリードとヒルデには柄の悪い人がきたら対応をお願いしたいということである。イロスは補佐役として、訪れた人数を把握したり、お金の勘定を協力することになっていた。あれよあれよと準備が済み、朝八時の鐘が教会の鐘楼から鳴り響く。遠くで同じ音が鳴っているので、お貴族さま向けの教会も時刻を知らせる鐘を鳴らしているようだ。
鐘の音とともに天幕の外で待っていた人たちが中へ入ってきた。馴染みのシスターや治療士の人へと一直線に目指しており、何度か天幕を訪れていた人たちなのだろう。一度の魔法で治らないこともあるから、通っている人がいるのは当然だと私は椅子の上に腰を下ろした。
「サラ、変な人がくればすぐに追い払うから」
「ええ。手加減は致しません」
フリードとヒルデが気合を入れながら私の後ろに就いている。彼らの横にいたイロスは肩を竦めながら口を開いた。
「二人とも過激だねえ」
「ありがとう。でも騒ぎになると大変だから、ほどほどにお願いします」
私も少し呆れるものの、頼もしい二人がいて良かったと安堵する。身体強化魔法を使えば大抵の人を追い払えるものの身体に負荷が掛かる。鍛えている人に頼る方が安全だし、鍛えている人に強化魔法を施した方が効果を得られるのだ。
とはいえ死人が出てはいけないと釘を刺しておいた。二人も理解しているはずだが念のためである。
「じゃあ僕は勘定方の方へ行ってくるね。慣れない環境下だから、気負い過ぎないでね。フリード、行こう」
「ん。ヒルデ、サラのこと頼んだ」
「承知」
イロスとフリードが小さく手を振りながら天幕の入り口の方へと歩いて行く。ヒルデは私の下に残って護衛にまわってくれるようだ。誰かに襲われることは滅多にないから必要ないと、私は昨晩固辞していたがみんなは納得してくれなかった。
一人で天幕で過ごすよりはみんながいた方が緊張はしないかもと、私も二人に手を振りながら、賑わい始めた天幕の中で誰かこないかなと待つことになる。
「誰もこないね。良いんだけれど」
「仕方ありません。病気を患っている方のほうが多いでしょうから」
あまりにも平和でつい私は我慢しきれず声を上げてしまった。治療院が開かれて一時間が経っているのだが、私の下へきた人は一人もいない。治療できる内容を『怪我』と伝えたことが失敗だったのだろうか。他の人たちのところには患者さんが途切れておらず、列を成している人のところもあるのだ。
「どこのだれか分からない新参者だからって理由もありそうだね」
「私ならサラに診て貰いたいですが。でも確かに、サラ以外の方に診て貰う気はないので……」
私が旅装ではなく、シスターの格好をしていればまた違っていたのかもしれない。ヒルデはヒルデで難しそうな顔をして悩んでいる。まるで怪我を負った人にきて欲しいと願っているみたいだと不意に頭に浮かんで、治療士として駄目な考え方だと邪念を振り払う。患者さんがゼロの時もあるかと片眉を上げ、ヒルデと話をしながら時間が過ぎるのを待っていた。
イロスとフリードは勘定方の方で上手くやっているよである。天幕の入り口近くで、にこやかな笑みを浮かべながら訪れた人と話をしていた。
顔の良い二人だから女性陣が見惚れていたり、照れていたりして、見ているとちょっと面白い。二人とも高貴な人だというのに、市井の人に分け隔てなく接しているのは何故だろう。
あの人は私の顔を見る度に『平民が!』『平民の癖に!』と口にしていた。話を知った陛下があの人を窘めたことがあるのだが、効果は一時だけだった。また同じことを言われ続けていたし、陛下がお隠れになって酷くなっていたのだ。まあ、婚約破棄を受けたから、あの人と会う時は私が捕まった時である。
そうなった時は、フリードとイロスとヒルデは守らないと。私の我が儘で旅に付き合って貰っているのだ。これくらいの覚悟は持っていた方が良いはずである。
どう対処すれば良いかなんて思い浮かばないけれど……なるようになるはず、と目を閉じたその時だ。天幕の入り口に凄い形相で駆けこんできた若い男の人が叫ぶ。
「た、助けてくれ!! 崩落が起きて、怪我人がたくさんいるんだ!! 生き埋めになっている奴もいる!! 仲間の命が掛かっているんだ、頼むっ!!」
若い男の人の声に、天幕の中がざわつき始めた。神父さまは『どうしたものか』という顔で悩んでいる。シスターたちはそもそも教会の外へ出ることを許されていない。
若い男の人の慌てぶりはただ事ではない。事故現場から教会まで怪我人を運ぶにしても、距離が遠いかもしれないし、怪我人を動かさない方が良い場合もある。私は席から立ち上がり、神父さまの方へと向く。
「神父さま、申し訳ありませんが席を外しても?」
「サ、サラさん、宜しいのですか?」
神父さまが驚いているものの、他の人は患者さんを抱えているから、必然と動ける人は限られる。
「はい。私の手は空いているので!」
そんなこんなで私は若い男の人の下へ向かえば、フリードとイロスも一緒に行くと申し出てくれた。そしてイロスが若い男の人の前に立つ。
「君、場所はどこだい?」
「大門の横だっ! 壁の補修工事をしていたら、不手際で崩れてしまったんだ!」
イロスは落ち着いた声色で若い男の人に聞き出していた。質問を受けた若い男の人は何故、そんなことを聞くのかと言いたそうな顔になるものの、直感で答えた方が良いと判断したのだろう。
「なるほど。そこなら問題ないね。じゃあ、みんな僕の近くに寄って」
若い男の人の話を聞いたイロスは早々に魔力を練っていた。ふわりと風がどこからともなく流れて、彼の足下に魔法陣が浮かんだ。イロスの転移魔法は一度訪れた場所でなければ、移動できない。
でも、大門の近くであれば。私とフリードとヒルデが魔方陣の上に乗り、混乱している若い男の人の手をイロスが引いた。
「――Ubertragen」
イロスが最後に詠唱を口にすれば、一瞬で天幕の中からアルセディアの街の入り口となる大門の近くへと転移を終えていた。私たちが移動する直前、神父さまが凄い形相で『て、転移??』と驚いていたのが見えた気がする。
「お、親方っ! みんなっ!!」
転移のあとゴロンと転げた若い男の人が地面に両手を突きながら、よろよろと起き上がりとある方向へと進んでいく。その先は昨日見た大門の横で執り行っていた工事現場だ。
大勢の野次馬が集まっていて、現場は見えないものの働いている人の怒号が上がっている。ただ事ではないと心の臓がどくんと高鳴り私は息を呑む。そうしてはっと吐けば、フリードが先を指差していた。
「行こう!」
フリードの通る声に、怯んでいるわけにはいかないと前を向く。
「ああ」
「はい」
凄い勢いでイロスとヒルデが走り始めれば、フリードが私を抱き上げ勢い良く走り出す。それはもう伝承で語られている白い鹿の如く。






