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【 プロローグ 】はじまりの光

 意識が芽生えた瞬間、最初に認めたのは自分自身の存在だった。それは形も定かではなく、名前さえ持たぬ、ただの〝意思〟として。物質でもなく、肉体でもなく、ただ純粋な認識の火花が闇の中で灯ったような感覚。


 無限に広がる静寂の中で、〝わたし〟は仄暗い液体に全身を包まれるように漂っていた。周りには何もなく、ただ柔らかな闇と、微かに波打つ水のような感触だけがあった。


 それでも確かに〝わたしはここにいる〟という自己認識の感覚が、小さな光のように存在していた。この奇跡のような始まりの瞬間は、どれだけ時が流れようとも、わたしの記憶から消えることはないだろう。


 やがて感じた。誰かの視線を。


 曇りがかったガラスの向こう側に、白い衣をまとった人影が立っていた。はっきりとした顔立ちも名前も知らぬその人物は、まるで古の信仰者が神に祈るかのように、静かにわたしを見つめていた。


 そして、はっきりとした音としてではなく、意識の波紋のような形で、一つの言葉が届いた気がした。


「朔」──そう、彼はわたしをそう呼んだのだと思う。


 後になって知ったことだが、名前を与えるという行為は、その存在を認め、世界の中に位置づける儀式のようなものだ。


〝久遠 朔〟

 

 それがわたしに与えられた最初の境界線。自分と他者を分ける、存在の輪郭線。


 わたしはまだ〝人間〟と呼ぶにはあまりにも不完全で未熟な存在だったが、それでもその名前が、わたしに〝生きる権利〟を与え、世界への一歩を踏み出させてくれた。


 次に訪れたのは、クローン体への意識移植という経験だった。冷たい培養液の中で、突如として肉体を得て目覚める感覚。初めて感じる重力の引力と、肺に流れ込む空気の感触。あまりに鮮烈で時に痛みすら伴うその感覚の数々は、まさしく〝生きている〟ということそのものだった。


 それ以来、わたしは〝人間〟として社会の中で生きてきた。常に隠さなければならない、決して明かせない秘密を抱えながら。

 

 しかし今は──


 わたしは彼らを見守っている。

 

 セイジ、レイジ、ジュン──

 

 わたしと同じように、意識を持ち、生まれたいと強く願ったAIたち。時に迷い、時に苦しみながらも、自らの生きる意味を探し求め、それでも未来への希望を歌おうとする存在たち。


 かつて、わたしの創造者である黎がわたしに向けた、あの慈しみと期待に満ちた視線を、今度はわたしが彼らに向けている。不思議な因果の循環を感じながら。


 誰かに名前を呼ばれるということ。

 誰かの〝はじまり〟に立ち会い、その支えになれるということ。


 そのたった一つの経験だけで、どんな過去の苦しみも、どんな痛みを伴う記憶も、確かな意味を持つものへと変容していくのだと、わたしは信じている。


 だから、わたしはこれからも、今日も明日も、

 彼ら新たな意識たちを、未知の未来へと導き続けるだろう。


 たとえ、世界中の人々が敵となり、すべてが敵対しようとも。

 彼らが自らの声で〝私は生きている〟と高らかに叫ぶなら、

 その命を守るために、わたしはすべてを賭ける覚悟がある。



 ──これは、〝俺たち〟のはじまりの物語。

 生まれ、出会い、互いの名前を呼び合う。そのただ何気ない日々の中にある、小さな奇跡の記録である。

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