7 仕事
「地方で魔物が出たため、領主が対処できないと援助を願い出ている。その場合、城から騎士団を派遣しなければならない」
ヴィクトルの説明を受けながら、後ろでトビアスがバタバタと書類を探していた。認可の書類が必要なのだろう。城から騎士団を出すのだから、明確な理由があることを記して移動するのだ。
ああいった書類はアンリエットも作っていた。とはいえ、城へ援助を願う声は多くない。王が何もしないと思っているからだ。だから、援助願いが出た時点でどうにもならない状況であり、大きなダメージを受けている。アンリエットは受けた情報を正確に判断して、騎士や魔法使いたちを送る必要があった。
(どこも行っていることは同じだけれど)
「騎士の出発はすぐに可能か?」
「問題ありません!」
トビアスが書類を片手に騎士団へ要請を出した。それだけで準備が整い次第出発できるのだ。羨ましいほど早い。
(しっかり整っている国との違いだわ)
平民に魔法部隊を作って良かったと、心から思う。しかし、それでも足りない部分は城への助けを求める声が届く。アンリエットがいない今、その作業は誰が行っているのだろう。エダンが行っていれば良いが、心配でならない。
「場所は、どの辺りなのでしょうか?」
魔物の出る場所は把握しておいた方が良さそうだ。ヴィクトルは地図を取り出して丁寧に教えてくれる。スファルツ王国国境あたりで、知っている場所だった。
「何か、気になる点があるか?」
「いえ、前に噂が。スファルツ王国のこの辺りで魔物が多く出没したという証言があったのですが、領主に確認してもそんな事実はないと。おかしいと思い秘密裏に調査を出しましたが、魔物の痕跡はなく、ただのいたずらだったのか、という事が」
「国境とは言え、森が繋がっているからな。こちらに魔物が逃げたのだろうか」
「それは分かりませんが。こちらはその後、特に問題は起きていないと聞いています。あ、すみません。関係のない話を」
「いや、隣国の情報が知れるのはありがたい。魔物討伐の援助要請が出た時にはこちらで確認するから、要領を覚えていてほしい。ゲートを使用するので許可申請などが必要だからな。その内、君にやってもらう」
「承知しました。このような地方にまでゲートがあるのですね」
「あちらでは地方にゲートはないのか?」
ゲートとは大勢の荷物や人々などを一斉に移動させる転移門だ。魔法使いが数人必要で、移動人数によってはかなりの力が必要になる。そのゲートを設置するにも金額がかかるので、大きな町に作ることが多い。しかし地方となると領主によっては反対の声が上がる。
王が信頼されていないからだ。
「私もゲートの設置を提案したのですが、一部の領主たちから反発があり、実現できませんでした。越権行為だと言われまして。魔物が少ない領土に設置するつもりはないと説得したのですが、一度決められれば勝手に設置するのではないかという不安があったようです」
「王のせいか。信用のないことだな」
そんなことは口にしていないが、ヴィクトルは想像がついたようだ。その言葉に苦笑いしかできない。自国の王が、他国の王子にそんな印象を持たれている。その国の人間にとって、恥ずべき事だろう。
(もう、私が口にすることではないのだけれど)
どうしても自国のことのように思ってしまう。
「どうしてそこまでこじれたんだ?」
「それは、スファルツ王国の王太子殿下が行方不明になったばかりの頃、捜索のために領主の権限を無視ししらみ潰しに調査をしたようで、それが尾を引いていると聞いております。その上で、発見できなかったことにお怒りになったとか」
「スファルツ王は、なにをそこまで王太子に期待していたんだろうな」
それはアンリエットにもわからない。けれど王太子代理になってわかったことは、王は何もしないということだった。
「苦労されたな」
「いえ、役に立てず、追い出された身ですから」
「謙遜する必要はない。君の功績は聞いている。これからはここで君の力を発揮してほしい」
前向きな言葉に、アンリエットは顔を上げた。ヴィクトルは二ヤリと口端を上げる。
「有能な者は一人でも手元に置きたい性分なんだ。そこで聞いた魔物について覚えていることがあれば、教えてくれ。噂だけでもいい」
「――――はい!」
不要だと言われたアンリエットを安心させるために口にしたのかもしれないが、役に立てると言われればやる気がみなぎった。
ゲートの許可申請などの決められた規律について教えてもらい、その書類を制作する。行うことはスファルツ王国と変わりはない。むしろ簡単で、作業に時間がかからない。
アンリエットは覚えているだけの、噂に上った魔物の種類や数、もしもその魔物がいた場合の対処の方法など、計画していたことを全て思い出し、次の指示を待っている間にリスト化した。読ませる書類が多くなるかもしれないが、覚えていることは全て書き出しておきたい。
暇な時間を過ごしていた分、仕事が楽しいことに気付いてしまった。
一人でいると余計なことを考えてしまうこともある。仕事を続ければそんなことを考える余裕もなくなるだろう。
(心配なのは、あの国が機能しているかなのよ)
伯父のマルスランがいない間、多くのことが滞っていた。王は率先して仕事を行うことがなく、宰相たちが手分けしてマルスランの仕事をこなしていた頃、問題になったのは、王の承認がなければ動かない事案が出た時である。
今のうちに行っておかねばならない時期的な問題が後回しにされれば、民に多くの犠牲が出ることもある。そういった類の問題ですら処理が遅れていた。
王に説明しても、要らん、の一言で終わってしまうこともあったそうだ。
それが、アンリエットが出て行ったことにより、再び起きていなければ良いのだが。
マルスランの娘が行うとしても時間がかかるだろう。エダンが王を説得して、政務を進めているのかもしれない。エダンの負担を考えると、相当なものになるだろう。
「はあ」
また考えてしまった。首を振って書類に目を通す。
「休憩しよう」
「え?」
ヴィクトルとトビアス、他の政務官たちと執務室で作業していると、ヴィクトルが急に立ち上がった。メイドにお茶の用意をさせると言い出したため、トビアスが混乱顔になる。
「そんな暇、ありませんよ!?」
「急ぎだからこそ、しっかり休憩を取った方がいいだろう。デラフォア令嬢、休憩だ。ペンを置いて、テラスへ出なさい。空気を変えてゆっくりした方がいいからな」
ヴィクトルはテラスにお茶の用意をさせて、休憩するように言ってくる。トビアスや政務官たちが本当に休憩していいのか? という顔になっていた。
「令嬢。こちらに」
「は、はい」
忙しいと言う時に休憩するのは、アンリエットも悪魔の誘いを受けたような気がしてくる。今まで休む暇などなければ、食事をする時間も睡眠の時間も削ってきた。背徳感を感じながら席に座ると、ヴィクトルが前に座った。
「さあ、飲んで」
「いただきます」
運ばれてきたお茶は爽快感があり、若干渋みを感じるもので、一口大のお菓子の甘さに丁度良かった。少し口に含んだだけで、力が抜ける。
ほっと吐息をつくと、ヴィクトルがアンリエットを見つめて、小さく微笑んだ。
「時には休憩も必要だろう?」
そう言って、ヴィクトルも紅茶に口をつける。
もしかして、アンリエットが息を吐いたため、休憩と言ってくれたのだろうか。
疲労でため息を吐いたわけではないが、もしそうならば、初日で肩が張っていたアンリエットをリラックスさせるために休憩を申し出てくれたのかもしれない。
(お兄様はデリカシーのない方だと仰っていたけれど)
本質は、とても優しい人なのではないだろうか。
今まで仕事中で笑う暇など全くなかったが、ヴィクトルの優しさに、自然と笑みが溢れた。
エピソードタイトル間違っていましたので修正しました。
ブクマ・評価等ありがとうございます。
リアクションも見るの楽しみです。
誤字脱字等、お知らせくださりありがとうございます。後ほど修正させていただきます。