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44−3 戴冠式

「二人で話しているところだ。出て行ってくれ」

「お断りします」


 ヴィクトルとエダンが言い合いをしだした。ヴィクトルが喧嘩腰なのも、エダンが挑発に乗るのも初めて見て、アンリエットは二人を見合わせてしまった。どちらも引く気はないと、睨み合う。


「アンリエット嬢を城から追い出しながら、彼女を追うのか?」

「それは、許しを得ようとは思っていません。今は恥じているだけです。これから、どう信じてもらえるか、努力するだけです」

「そんなもので信用を得られるとは、わからんけれどな」


 エダンはヴィクトルの言葉に、微かに顔を歪ませた。ヴィクトルは勝ち誇った顔をしつつも、アンリエットに笑顔で振り向く。

「というわけで、よく言ってやるといいぞ」

「殿下……」


 意味がわかっていないと、エダンは怪訝な顔をする。それを横にして、ヴィクトルはエダンの肩に軽く手をのせて、ささやいた。

「本当に気に食わないよ、ベルリオーズ。死ぬほど努力を続けるんだな」


 そう言ってヴィクトルはテラスを出て行く。アンリエットは姿勢を正し、静かに頭を下げる。扉の閉まる音が聞こえて、ゆっくりを頭を上げた。そこにはエダンだけが残り、意味がわかっていないように眉を傾げてヴィクトルを見送ってから、アンリエットに振り向いた。


「話の邪魔をしたことについて、謝る気はない。が、何の話を?」

「邪魔したことには謝らないの?」

「悪いと思っていないから」

 エダンはキッパリと言ってくる。それが、アンリエットには何だかおかしかった。


「アンリエット?」

「お仕事を途中で辞めてしまったことについてお話をしていたのよ。直接謝罪をしていなかったから。クライエン王国に戻る余裕もなかったし」

「それだけ、か? 私はてっきり」

 てっきり何だと思ったのか。エダンがばつが悪いと咳払いをする。


「アンリエットがここに入ったのは見ていたんだ。だが、貴人を相手にしていて、抜けることができなかった。けれど、すぐにヴィクトル王太子がここに入るのを見て、居ても立っても居られず、ノックもせずに扉を開けた。邪魔をしたくて」

 照れもせず直接的に言われて、アンリエットの方が照れそうになった。エダンは顔色を変えずに、アンリエットを見つめる。


「先ほど言ったことは、嘘ではないから」

 先ほどのこと。許しを得ようと思っていないという話だ。エダンはアンリエットに許しを乞うたりはしない。それは前にも聞いた。機会をくれと。そう言っただけ。

 その言葉は、まだ一貫している。

 今度こそ、本当に信じていいのだと。


「エダン。ドレスをありがとう。髪飾りやアクセサリー、靴まで、全て。マーサに聞いたわ」

「……王が用意をすると聞いていたが、王に断りを入れたのは私なんだ。勝手をして、すまない」

 エダンは急に言われて驚いたのか、少しだけ間を開けた。アンリエットが怒ると思っていたのかもしれない。エダンにしては弱々しく謝るので、それもおかしくなってくる。


「マーサには伝えたのだが、着てもらえないのではと、話す勇気がなかったんだ」

「私はドレスのことも忘れていたわ。だからとても驚いたの。あなたが、こういったものを贈ってくれることに」

「迷惑だったのならば、」

「いいえ、驚いたのよ。もう、誰かに文句を言われることはないのだと、今頃気付いたの。体に染み込んでいるのね。華やかな衣装やアクセサリーを手に入れようとも考えなかったから」

「そんなことを、もう気にすることはないんだ。好きに着たいものを着ればいい。お前のために店の者を呼ぼうが、町に出かけて店に行こうが、誰も文句を言ったりしない。そして私は、贈りたい物を贈れる」

「エダンが気にして贈り物を贈ってくれていることはわかっていたわ。でも私はその贈り物も大切だったの。……すべて捨てられてしまったけれど」

「それは……」

「大切にするわ。こんなに素敵なドレスは初めてだもの。お兄様も褒めてくださったの。よく似合っているし、購入者は良い趣味を持っていると。……贈ったのは王だと思っているから、真実を伝えたら意見を変えるかもしれないけれど。でもずっと褒めていたのよ」

「アンリエットが、喜んでくれたのならば、うれしい」


 エダンが、優しげに頬を緩ませた。その顔を見て、ポッと心の中に火が灯ったような気がした。温かくて、どこかくすぐったい。

 エダンは変わった。それを感じる。そんな言葉は聞いたことがなかった。そんな顔も、アンリエットの前で見せたことはなかった。気を許すような、気が緩むような、表情の和らぎ。


 エダンが、本当にアンリエットを好きだと思ってくれているのか。

 それがわかるような、言葉と表情。

 けれど、一つだけ思うことがあった。


「エダンに、聞きたいことがあったの」

「聞きたいこと?」

「前に、庭園で、私のことを愛していると言ってくれたのは、なぜ?」


 初めてキスをした時、エダンはアンリエットに愛していると言った。あれは、どういうつもりで言ったのだろう。アンリエットは、エダンがいちいち城に来るのが面倒で、早く結婚したいと口にしたのだと思っているが、嬉しさにエダンに抱きついた後、エダンはアンリエットに愛していると言ってくれたのだ。

 愛しているという言葉を、どんな理由で言ったのか、聞いてみたかった。


 その理由によってはどうこうというわけではないが、聞いておきたい。計算高くエダンが口にするとしても、今考えれば、前のエダンにしては言いそうにない言葉だったからだ。

(結婚が待ち遠しいという言葉も、驚いたけれど)


「庭園で?」

「そう。庭園で、覚えていない? エダン、」

 もしかして、覚えていないのだろうか。

 そう思ってアンリエットが顔を上げると、エダンは口元を片手で覆っていた。その手に隠れていない頬が、真っ赤になっている。


「エダン?」

「あ、あれは」

 エダンがどもって、さらに頬を赤くした。

 あのエダンが、耳まで赤くしている。

(照れているの??)


 あまりに珍しい顔をするので、アンリエットはエダンに近寄った。その頬が本当に照れて赤くなっているのか、しっかり確認したい。その頬に、触れてみたかった。

 紅色に染まった頬に触れようと手を伸ばした時、バアンと扉が開かれた。


「お邪魔しますねええ」

 おかしな声を出して両手で扉を開いたのは、シメオンだ。

「お兄様!?」

「妹は返してもらう。さ、アンリエット。行くよ。君のパートナーは僕だからね」


 シメオンは猫が威嚇するように、近付くなと言って歯を剥き出しにした。

 シメオンはアンリエットを強引に引っ張り、ギロリとエダンを睨みつける。

 その腕に引っ張られながら、アンリエットは答えを聞くことはできぬまま、照れたままのエダンを後にした。

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