37 作戦
(あの男、なにちんたらしてんのかしら)
テントを出た時は一緒だったのに、いつの間にかいなくなっていて、エダンは後からやってきた。何事もなかったように騎士たちに指図をして、平民の魔法使いたちに話しかけている。
仲がいいのか知らないが、騎士たちよりもずっと平民の魔法使いたちの方へ熱心に指示した。
孤児院の子供の面倒も見ていたのだから、案外面倒見がいいのかもしれない。
(でも結局、ただの貴族でしょ? やっぱり王子様の方がいいわよ。エダンよりヴィクトル様の方が優しそうだったし)
婚約するには王に頼まなければならないが、今回の討伐に参加するために納得させるだけで疲れてしまって、ヴィクトルの話が出せなかった。
十年前、討伐に行ったまま王太子マルスランが帰ってこなかったからだ。
(どうせ、逃げただけでしょ。あんな父親がいたら、私だって逃げるわよ。話が通じないし、すぐ怒るし、勝手に話進めるし)
王と話していると、半端のない疲労を感じる。これを続けている宰相はよくやっていると、褒めてやりたくなった。隣で話を聞いているだけで頭が痛くなってくるほどなのに。
いなくなったマルスランは、あの王の前でどんな風だったのだろうか。王は息子息子で、馬鹿みたいに褒めるが、結局全てをマルスランに任せて、お前は偉いと言っているだけだったのだろうから、マルスランも考えることはあったに違いない。
セシーリアだったら、殺したくなるだろう。それが一番手っ取り早い。
セシーリアは父親を覚えていない。これは本当だ。なんとなく顔は覚えているが、どんな人だったか思い出せなかった。よく頭を殴られていたからだろうと言ったのは、あの男だ。セシーリアの後頭部に傷があると教えてくれた。そこだけ髪の毛が生えてこなくて、髪の毛を整える時に気を付けなければならない。
あの男、パルシネン家の領地にいる間に、会うことになるだろうか。そうであれば、殺す必要がある。セシーリアを見て、雄叫びを上げてくるようならば、騎士に斬らせよう。それがいい。
(あっちの男は捕まったみたいだし、それは大丈夫よね?)
クライエン王国の屋敷で休んでいた時にやってきた、あの当主をセシーリアは思い出す。
シーデーンと言ったか。森の中で、メッツァラや男たちと話していたのを見たことがあった。メッツァラは媚びている風で、男たちはぺこぺこと頭を下げて、奪った盗品を渡していた。あの石のお陰で楽に稼げると言って。
セシーリアの顔は覚えていなかったのか、屋敷で会った時に知っているような素振りはしなかった。
シーデーンが捕えられた理由は知らないが、思い付くことはある。
セシーリアは胸元を握った。
不安になるのは、この石について知られたらということ。
メッツァラはすでに知っている。それは当然だ。この石を使い、目標を襲わせていたのだから。男たちはセシーリアにこの石に触らせようともしなかった。けれど、あの男だけは違った。セシーリアに見せてくれて、石の使い方は簡単だから教えてやると言った。
(そうよ。簡単だったわ)
ただ命令して、襲わせればいいだけなのだから。
「ねえ、私はどこにいればいいのかしら?」
未だ出発しようとしないエダンに痺れを切らして、セシーリアはセシーリアを守る護衛騎士の一人に問うた。早くヴィクトルのところに行きたいのに。こんな所で待っていたくない。魔物が来るかもしれない。
「王女様は、パルシネン家のお屋敷にお戻りいただく予定です」
「何でそうなるのよ。私が指揮しないといけないんじゃないの?」
「戦いは長く続きますので、一度お戻りになり、屋敷から指揮をしていただく方がよいとのことです」
それでは、ヴィクトルに会えないではないか。先ほどだって少ししか話せなかった。会議が始まり静かにしていたが、終わるとヴィクトルはさっさとテントを出ていってしまったのだ。
追おうと思ったのに、エダンが邪魔をした。こちらではありませんと言って。
(私に振られたのが悔しいからって、意地悪しないでほしいわ)
パルシネン家の屋敷に行けと言うのも、わざとヴィクトルから離すためではないだろうか。そんなことを勘ぐりたくなる。
セシーリアとの婚約破棄は、エダンにとって大きな力が削がれることになる。そんなことをメイドたちが話していたのを聞いた。エダンはずっと王太子代理と婚約していたのだから、権力には興味があるのだろう。だから王女になったセシーリアとの婚約に文句を言わなかった。長く婚約していた王太子代理を捨ててまで、セシーリアと婚約したかったのだ。
だったら、セシーリアを大切にすべきだ。なのにしなかったのだから、今さらだ。
(残念だけれど、今さら私に媚びても、婚約は破棄なのよ?)
そう言ってやりたい。
「王女様、今から移動しますので、馬にお乗りください」
「あら、エダン様。どちらに行くのかしら?」
エダンがやっと声をかけてきたので、セシーリアは嘲笑うように聞いてやった。ヴィクトルから離すつもりならばお断りだ。案の定、パルシネン家の屋敷へお連れしますと言ってきた。冗談ではない。
「私がいなければ、誰が指揮をするのですか? 私は王女よ?」
「王女様は魔物が現れても大声を出さずにいられますか?」
その聞き方にカチンときた。嫌味を言ってくるのか。
「大声を出せば、魔物を集めることになります。我々は王女様を守るために戦いますが、大声を出されてそれ以上の魔物を集められては、守りきれなくなるかもしれません」
「それぐらい、大丈夫よ」
セシーリアは胸元を握った。この石があれば、問題ない。魔物はセシーリアの言う通りに動くのだ。近くに寄ってきても、魔物はセシーリアを攻撃しない。この石はセシーリアを守り、魔物たちはこの石を持つ者の言葉を聞く。
(大丈夫よ。だって、そうやって、あいつらを殺したんだもの)
ただ、いきなり襲われては、命令ができないかもしれない。静かな場所で落ち着いて、魔物に聞こえるように大声で命令するのがいいと言われた。石を持っていれば襲われない。それは間違いない。わかっていても、驚くと命令を忘れてしまうだけだ。
前回、魔物が近くにやってきたのは気になるが、近くにくれば、エダンたちがセシーリアを守るだろう。
エダンは一度黙ったが、わかりました。と静かに頷いた。王女の言うことを聞いていればいいのだ。いつももっと従順であれば、婚約破棄の話など出さなかったのに。
「言い忘れていました」
「何よ」
「今回の討伐で、我々はメッツァラ家の家臣たちに近い場所で戦うことになります。王女様をお守りする際、私は前戦に出ますので、メッツァラ家の者たちに王女様を任せる可能性もあります」
「え……、なんでそうなるのよ」
メッツァラ家? そんなやつらがセシーリアを守るわけがない。この石を奪いにくる気だ。
討伐といいながら、セシーリアを殺す気ではないか。
「じょ、冗談じゃないわ。エダンが私を守りなさい! メッツァラ家の者なんて、私に近付けさせないで!!」
「ですが、メッツァラは王女様を連れてきた、ある意味恩人である方。彼らほど安心して王女様を任せられる者はおりません」
「嫌よ! エダンが私を守って!!」
冗談ではない。魔物よりも、メッツァラの方が危険だ。エダンは何も知らないからメッツァラに任せようなどと考えるのだ。セシーリアがどうなってもいいのか。
「魔物との戦いになれば、王女様を守る余裕もなくなるでしょう。誰でも王女様を守れるように、近くに配備するつもりでした。メッツァラ家家臣たちは人数が多いので、役立つはずですが」
「そんなに来るわけ?」
だとしたら、メッツァラは間違いなく、セシーリアを殺す気だ。
殺されるわけにはいかない。
(ああ、でも、そうだわ)
「ねえ、メッツァラ本人は来ないの? 私は彼に守ってもらいたいわ」
「……メッツァラは戦えませんが、信頼できる者を側に置きたいと思われるならば、お側にいられるように王女様が命じられれば良いでしょう」
「命令よ。メッツァラを連れてきて。それで、エダンは戦いに出ればいいわ」
「承知しました」
エダンが深々と頭を下げるのを見て、セシーリアはニヤリと口角を上げた。




