27−2 態度
「そりゃ、自給自足でしたわ。お金もなくて、山にある果物を取ったりとか。ごうつくばりな老婆で、寒い冬の夜に私に魚を撮りに行けと言うような老婆なんですよ」
「ブローチを売ろうとしなかったのですか?」
「このブローチは王太子のブローチですよ!? 売るわけないじゃないですか!」
セシーリアは大切なブローチなのだと、胸元に飾られたそれをなでた。
遺品として大事にしていたのだろうか。父親のことを覚えていないのに? 老婆が強欲であるならば、そのブローチはとっくに売られてしまうのではないのか。
「そのブローチはどこで手に入れたのですか?」
「父が持っていたんですよ。当然じゃないですか」
「ごうつくな老婆が、よくそのブローチを売ろうとしませんでしたね」
「え、それは、私が隠し持っていたから」
「幼い頃で、父親の顔も覚えていないのに?」
「そ、そうですよ。大切にしろと言われていたのだけは覚えていたのです」
「そうでしたか」
ヴィクトルが微笑むと、セシーリアは安堵したようにぎこちなく微笑みを返してくる。
一人で話していればボロを出しそうな性格だ。話に矛盾がありすぎて、すべてが嘘のように思えた。
ふいにノックが聞こえた。エダンが目覚めたのか? いい加減セシーリアと話しているのが疲れたので、すぐに部屋を出て行こうと思ったが、やってきたのはこの屋敷の領主、シーデーンだった。
「ご挨拶をと思いまして」
「ああ。王女様、これはこの屋敷の当主で、」
まだ紹介をしていなかったと、シーデーンを紹介しようとすれば、セシーリアの顔が静止したかのように固まっていた。
「王女様?」
「え、ええ。当主? お邪魔しているわね」
「お会いできて光栄です。ご無事で良かった。まさか王女様が我が領地で倒れているとは。何かご不便などありましたら、すぐにお申し付けください」
シーデーン家当主はにんまりと笑う。ここで恩を売っておく腹積もりだ。しかしどうしたことか、セシーリアは急に静かになった。
「あ、少し、気分が悪いわ。もう休んで良いかしら」
「もちろんです。医者を呼んできましょう」
「いえ、いいのよ。色々あって疲れたんだわ。休めばすぐに良くなるから」
「では、気分を落ち着かせるハーブティーなどを持って来させましょう」
「そうしてくれる?」
シーデーンのおかげでヴィクトルは部屋を出ることに成功したが、妙な雰囲気だ。シーデーンはすぐにメイドに命じ、ハーブティーを持って来させる。特にセシーリアを気にしている様子はない。
(王女がシーデーンを知っているような)
他国の領主と対面する機会などあるだろうか。何かと胡散臭くて、あれを王女だと信じたスファルツ王の神経を疑う。その娘についているエダンにも。
『エダン!』
アンリエットの叫びは、驚きでしかなかった。
アンリエットは、どうしてエダンがあそこに倒れているとわかったのだろう。どうやって気付き、馬を走らせたのか。エダンが倒れていた場所までは距離があり、声が聞こえるような近さではなかった。
それなのに、
「あれほど焦燥したのは初めて見たな」
呟いて、ヴィクトルは唇を噛み締める。
(やはり、忘れられないのだろうか)
「殿下、こちらにいらしたんですか」
「シメオン、戻ってきたのか」
声をかけてきたのはシメオンだ。この領地に来る前に使いを頼んでおいたのだ。やってくるなり、一瞬でヴィクトルの前に凄みを持って近付いた。
「どうなっているのでしょう。どうしてあちらの国の、あの野郎がここにいるのか、詳しく説明をいただきたいのですが」
「近い、近い! 思ったより早く戻ってきたな」
「急ぎだとおっしゃったではないですか。二人にしたくなくて急いでやって来ましたが、別の男がいるそうではないですか。何があったんです。場合によっては、抹殺したいのですが」
「やめろ。目が本気だ」
「本気です。アンリエットはまだあの野郎の部屋にいるらしくて、出てこないとか! あの野郎の部屋はどこですか!?」
「お前からあの野郎は初めて聞く言葉だな」
「茶化している場合ではありません!」
目が本当に本気だ。殺気を隠さず剣に手をのばしている。他国の王女の婚約者相手に、殺生沙汰はやめてほしい。
ヴィクトルはかくかくしかじか、今までの話を伝えた。
「アンリエットが見つけたんだ。今、看病している」
「なぜアンリエットが!」
それはヴィクトルが一番言いたい言葉だ。どうして、アンリエットが元婚約者の看病をするのか。しかし、アンリエットはエダンの側を離れず、献身的に看病をした。目覚めた時に混乱するだろうから、側にいると言って。
そんな男、どうして気にするのか、口にしたくてもできなかった。
ヴィクトルに、何を言う権利があると言うのだろう。
「それより、どうだった」
「やはり、魔法使いが行き来しています」
シーデーンの屋敷に入る前に、ヴィクトル一行はシーデーン家領地の一番大きな町を通ってきた。シーデーン家領地はワインの特産品が有名で、町の端にワイン工場がある。特におかしな点のない工場だったが、一つだけ、アンリエットが気付いたことがあった。
不思議な魔力が微かに流れている。ということだ。
ヴィクトルは気付かなかった。一緒にいた魔法使いたちもだ。けれどアンリエットは微かでも違和感のある気配で、それに覚えがある。だから調べた方が良いと言い切ったのだ。
「アンリエットの言った通りか」
「その魔法使いがこの屋敷に入ったのは間違いなく、別の魔法使いが工場へ入っていくのも確認しています。昨日夜に侵入を試みましたが、警備が厳しく、とてもワインのための警備とは思えませんでした。窓は全て閉められていて中は見れませんし、ただの工場とは思えません。もちろんワインを出し入れしているのも確かなのですが」
(何かを作っているのか? それとも何かの研究?)
ワイン工場に魔法使いが出入りしている。単純に考えても、ろくなことではないだろう。
「引き続き調べてくれ。アンリエットの勘を信じたい」
「承知しました」
「それにしても、アンリエットは特別魔力を感じやすい人なのか?」
「魔法は得意ではありますが、別段。とはいえ、僕も共にいた時間は短いですから」
アンリエットに特別な能力があっても、気付いていないかもしれない。
シメオンの言う通り、アンリエットと長く時間を共にしてきた者はこの国にいない。
(あの男ならば、知っているのかもしれないな)
過ごしてきた時間を恨んでも仕方がない。だが、ひどく虚しさを感じた。
「あの男の魔力を感じたとも言っていたんだ。だから、そういった力があるのかと思ったんだが」
「エダン。あの野郎!」
また思い出したと、シメオンがヒステリックに名前を呼んだ。妹のことになると、途端性格が壊れる男だ。まだ意識は戻っていないのだから、アンリエットを困らせるなよと一応忠告しておく。
邪魔したいのは自分も同じだ。だがそれをしたところで、アンリエットのエダンを気遣う気持ちがなくなるわけではない。
「はは、さすがにきついな」
アンリエットは元婚約者となったエダンを恨んでいるわけではないのだ。そうでなければ、あそこまで寄り添って助けたりしないだろう。辛い思いをしただろうが、それはおくびにも出さない。ヴィクトル相手に出すわけもない。
「殿下、お探ししました」
「アンリエット!? もう、側を離れていいのか?」
ため息交じりで廊下を歩いていれば、アンリエットが前から歩いてきた。
顔色が悪い。昨日からずっと付きっきりだったのだ。疲れていて当然だった。
その疲労の濃い顔を見るだけで、胸が痛むのを感じる。
それほど、エダンを心配していたのだ。
「今、彼が気付きましたので、お知らせしようと。お医者様に診ていただいているところです」
「そうか。あー、シメオンに会わなかったか?」
「お兄様にですか? いえ、会いませんでしたが」
「君に会いに行ったんだが」
「後で探してみます」
シメオンはアンリエットのいない部屋に突撃したのではないだろうか。止めた方が良いと思うのだが。
「王女は、いかがでしょうか」
「ぴんぴんしている。それに、」
もしも、セシーリアが偽物であればアンリエットはどうするのだろう。
ふとそんな疑問が浮かんで、ヴィクトルは言葉を止めた。
「殿下?」
「あ、いや」
なぜか、口にできなかった。あの王女は偽物ではないかと。それを言って、アンリエットが何を思うのか。
(あの国に帰りたいと言うだろうか?)
そんな言葉は、聞きたくなかった。
「殿下、体調が悪いのではありませんか?」
アンリエットは心配そうにヴィクトルを見つめた。アンリエットの方が疲れているだろうに。どこか元気がなく、弱々しさを感じるほどだ。
(嫉妬で狂いそうだ)
本当ならば、エダンの側に近付けさせたくない。側にいれば、アンリエットがエダンをどんな目で見るのか、知るのが怖かった。
いや、もう知ってしまったのではなかろうか。
「殿下? 本当に大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ。あの男は、まだ動けそうにないか」
「頭を打ったようですから、動かすのは危険かと。意識も戻ったばかりですから。肋も痛めているので、無理をさせるべきではないと思います」
「スファルツ王国に連絡はしているが、移動するのが難しいようなら、しばらくは」
「そうですね。彼なら無理をしそうですが」
「そんなに心配か?」
ポロリと出た言葉に、アンリエットが顔を上げた。
「いや、すまない。心配に決まっている。気にしないでくれ」
「殿下……」
「君も少し休んだ方がいい。王女のことはこちらで対処するから。すぐに迎えが来るだろう」
ヴィクトルは言うだけ言って、逃げるようにその場を離れた。
(恥ずかしい真似を。何を焦って)
アンリエットの顔を直視できなかった。嫉妬心を向けられて、アンリエットは気分を害しただろう。何と返すか、迷った顔をしていた。
あまりにも余裕がなさすぎて、自分で自分にうんざりする。元婚約者が現れただけで、こんなにも余裕がなくなるのだ。
「当然か」
ヴィクトルは同じ立場にも立てていない。
それに気付かされて、無性に情けなくなった。




