25 道
「ずいぶんと、大きなお屋敷ですわね」
昨日訪れた領地から隣の領地へ移動になり、泊まる屋敷が変わった。
丁度メッツァラ家領地の裏側になる。こちらはそこまで魔物は出ないと予想しているが、訪れることになった。ヴィクトルには気になることがあるのだ。
「ヴィクトル様!」
迎えに出てきた女性に、ヴィクトルは冷眼を向けた。なんでお前がここにいるのだ。という視線だ。
後ろにいたフランが申し訳なさそうな顔している。
このシーデーン家領地の屋敷で、フランと合流する予定だったが、他にも集まってきていたようだ。ドロテーアに、取り巻きの令嬢たちである。
「なぜここに?」
「令嬢に招待を受けて、皆で遊びにきたのです。近くに素敵な湖があるのですよ」
招待を受けた割に、湖のことはよく知っているようだ。もう訪れたのだろうか。
「ヴィクトル殿下、ようこそおいでくださいました」
屋敷前で迎えたのは領主で、ドロテーアと同じようにヴィクトルだけを視界に入れた。
アンリエットには見覚えのある男だった。
ドロテーアはヴィクトルの横を陣取り、笑顔を振り撒く。取り巻きの令嬢たちは聴衆に徹し、時折合いの手を入れた。
フランは居心地悪そうにしている。会話には一切入らない。ドロテーアはまるで女主人のように振る舞うと、ヴィクトルの腕を取り、屋敷に入ろうと促す。ヴィクトルはすぐにその腕から手を抜くと、フランに向いた。
「フラン、すぐにまた出発するから、用意をしておいてくれ」
「承知しました!」
元気よく返事をするフランに、ドロテーアが睨みを向ける。弟に嫉妬しなくても良いだろうに。
アンリエットは集まっている女性たちを見やる。ドロテーアの取り巻き。前に茶会に参加していなかった令嬢がいた。王妃の茶会で花を持っていた令嬢。彼女がこの領地当主の娘だ。あれから取り巻きから外されていたかと思ったが。
令嬢たちはヴィクトルを取り囲み、屋敷に入っていく。令嬢は後ろから遅れないようについていく。取り巻きから外されたままに見えるが、どうだろうか。
「フラン様、魔物と戦われた経験はございますか?」
「あ、ありません。本日呼ばれて、実は緊張していて」
「そうですよね。ですが、殿下も考えがあってのこと。あまり緊張なさらないように」
「う、ありがとうございます」
フランを討伐に入れようなどと、ヴィクトルは考えていない。ドロテーアが付いてきたのは想定外だろうが。
アンリエットは、ヴィクトルたちが屋敷に入っていったのを確認して、もう一度屋敷を見回した。
本当に広く豪華な屋敷だ。近くに湖があり観光地にはなっているようだが、他に何の財源があるのかと問いたくなるくらいの規模である。町もよってきたが、それなりに人は住んでいても活気があるわけでもない。途中にあった村などは、そこまでの豊かさが見えなかった。
「フラン様はこちらにいらしたのは初めてですか?」
「はい。他領へ遣わされることなどないので」
「ですが、地図はご覧になっていますよね」
「え、ああ。はい」
小声になっていくフランに、アンリエットは目を眇める。
「こちらのお屋敷は大きいですわね。お隣の領主のお屋敷はそこまでではなかったのですが」
「そうなのですか? 僕は領主の屋敷に行ったことがなくて」
「とても広いですよ。どこの大貴族なのかと思うほど。領主は商売でもされているのでしょうか」
「ワインの産地だとは聞いております」
「そうですか」
ワインの話は知っている。それ以外にはないようだ。この屋敷はワインの収入で建てられるものではない。町も特別潤っているようには見えなかった。税金が重いとしても、この屋敷は豪華すぎる。
(殿下が気にされるわけね)
前にドロテーアの茶会で見た男。それがこのシーデーン家領地の領主だった。ベンティクス家と懇意にしている。ヴィクトルが気にするはずだ。
ヴィクトルはこの屋敷に数日滞在するつもりだ。討伐という名目で、この屋敷を調べるのだろう。
(ならば私も、お役に立たないと)
「デラフォア令嬢もいらっしゃるの? 女性には危険ではないかしら」
ドロテーアはアンリエットへの嫌悪感を出さずに、心配そうな顔をして、邪魔にならないのか問うてきた。
前に散々女性が討伐に行くなんてと非難めいたことを言ったのは覚えていないようだ。
アンリエットは悠々と微笑んだ。
「もちろんです。討伐の経験がありますから」
「出発する」
ヴィクトルの声がかかり、アンリエットはその後ろへついた。ドロテーアがどんな顔をして見送っているのかわからないが、令嬢たちと集まって文句でも言うのだろう。
(令嬢たちと仲良くするのって難しいわねえ)
「すまない。アンリエット嬢」
ヴィクトルが馬を並列させて、いきなり謝ってきた。謝る理由はわかるが、謝る必要などない。
「問題ありませんわ、殿下。それよりも、こちらで調べることはないでしょうか?」
「それこそ問題ない。君はとにかく、足を引っ張られないように気を付けてくれ。敵の陣内のようなものだから」
ヴィクトルはこの地で調べ物は行っていると言い、アンリエットの身辺に注意することを言ってくる。ドロテーアが何かしてくると考えているのだろう。思ったよりも短絡的なのは、アンリエットも気付いていた。今まで他の令嬢に嫌がらせをしていたとすれば、文句を言われないほどの身分を持っていたため、その短絡さが表に出なかったのかもしれない。
「わざわざフランと一緒に来るくらいだからな」
「悩みは尽きませんわね」
「すまない。これが終わったら、候補から外す手配をする。母上も納得するだろう」
ドロテーアはヴィクトルの婚約候補から脱落する。今までも乗り気でないと本人に伝えてはいても、王妃がその判断を下さなかった。けれどそれも終わりのようだ。
それがドロテーアの耳に入っていれば、アンリエットに何をするかわからないと言うことなのだろう。
しかし、あのドロテーアの行動を見る限り、候補から外されるのは自業自得だ。
(魔物討伐の確認のために来ているのに、婚約者候補とあろう者が、遊びに来たと言ってしまうのだもの)
これほど愚かな発言はない。王太子の無事を祈るために来たとか言った方が、まだマシだった。
誰も咎めないのだから、よほど甘やかされてきたのが想像付く。
「フラン、ちゃんとついてきているか」
「も、申し訳ありません」
「謝らなくていい。これからお前には多くの仕事を与えることになるから、堂々としていろ。お前が自信なさげにしていると、他の奴らから隙を狙われる」
「は、はい」
ドロテーアを候補者から外しても、フランは手元に残す。それならばベンティクス家当主は納得するだろうか。できれば王妃が良いだろうが、最悪フランをヴィクトルの側に残そうと考えるだろう。
ならばフランには頑張ってもらわないと。
フランは馬で遠出したことがなさそうだ。ぎこちなく手綱を握っているため、騎士たちも気にしている。それでもフランをここに連れてきたのは、理由がある。
シーデーン家の領地。ここに来る前に、ヴィクトルからベンディクス家との繋がりを教えてもらった。シーデーンとベンディクスが前々からおかしな動きをしていると報告されていたそうだ。ドロテーアやシーデンの娘が王太子の相手になれば、彼らにとって他の貴族を手に取ることが容易くなる。王族を操りたいのか、それほどの権力が欲しいのか。どちらにしても、碌なことではない。
その証拠を得たいがために、わざわざ屋敷に泊まったのだ。ヴィクトルは滞在中にはっきりさせたいのだ。
そのため、ドロテーアはかなりの邪魔になる。
(むしろ私を囮にして、彼女を殿下から離していた方が良さそうなのよね)
滞在中、ヴィクトルは付きまとわれたくないだろう。
何と言っても、
「殿下、森に入る前に、上着を置いていかれた方が良いでしょう」
「……そこまで匂うか?」
「獣は敏感です。魔物もその匂いは好みませんわ」
「はあ、おい、誰か、この上着をその辺で燃やしてくれ」
ヴィクトルは上着を脱いで、それを燃やさせる。フランが目を瞬かせて首をひねった。どうしてそんな真似をするのかわからなかったようだが、すぐに納得した顔になる。




