24 思惑
「エダン様、どちらにいかれるのですか?」
「エダン様、私も連れて行ってください!」
「エダン様!」
五月蝿い。
セシーリアがエダンを呼んでは、一緒に行動しようとする。魔物の確認のため森の中に入り、時には戦いになるかもしれないのに、しつこく同行を求む。
あまりに面倒なので、騎士の馬に乗せて仕方なく連れて行くことにしたが、それでもうるさい。
あちらは暗くて嫌だとか、あちらで何かが動いたから行きたくないとか。エダンたちの邪魔をするためにいるとしか思えないほど、セシーリアは邪魔ばかりしてきた。
(鬱陶しい)
ただでさえ、王女に何かあって王に糾弾されることを避けなければならず、セシーリアの周りには警護の騎士をつけなければならなかった。
魔物討伐になった場合、どの程度の戦力が必要で、どのような場所から囲む必要があるのか、綿密に調査して決めなければならず、そのためには時に危険な場所まで入り込まなければならなかった。何か危険を感じれば即座に退避しなければならず、そのためには人数は少ない方がいい。なのに、騎士たちをぞろぞろ連れなければならない。
この人数であれば、手分けして確認することができるのに。
魔物に襲われて逃げる途中、助けられたセシーリア。その割に、魔物がいる場所を気にしないのか。
「エダン様。次はどちらにいらっしゃるのかしら?」
「次の物見櫓へ参ります。こちらは魔物が多いため、王女様は屋敷に戻られた方が良いでしょう」
「まあ、私も行きますわ! 討伐に来ているのですから、私も確認しないと!」
セシーリアは胸を張って言うが、その割には文句が多い。
城では、あんな場所に行きたくないとでも言わんばかりに、討伐について消極的だった。エダンが行くことになったと話した時も、まさか自分も行かなければならないのかと問うてきた程だ。言葉にも態度にも、嫌悪を見せていたのに。
それに気になるのは、セシーリアの行動だ。
騎士の馬に乗っている間、あちこちを落ち着きなく見る。視線は時折止まり、何かを見つめた。
山の中へ入っていくと、セシーリアはやはり恐ろしいと言わんばかりに周囲を見回す。落ち着きなく、草むらががさりと鳴れば、肩を上げて体を強張らせた。物音一つであの恐怖心をあらわにする。
(山の中に家があったと言うことだが、襲われた場所が近いのか?)
この辺りに住んでいたわけではないはずだ。セシーリアはメッツァラ家の領地にある山に住んでいた。
(パルシネン家の領地にも入り込むことはあるか)
領地の境など村にも住まない平民には関係ないだろう。山の中を行き来すれば、気付かず他領へ入ることもある。ただ、魔物がいるため、山深い場所での移動は難しいだろう。
魔法が使えるわけがない。セシーリアは魔法は使えないと家庭教師が言っていた。セシーリアが魔法を使えるならば、どれだけ自分が有能なのか自慢げに見せるはずだ。だから魔法は使えない。
「うわ、危ない!」
馬を走らせていたら、突然先頭の騎士が馬の手綱を引いた。馬が前足を上げるその地面で、男が転がった。
こんな山の中で、何をしているのか。しかしパルシネン家の騎士が、知っている顔だと、男を立たせてやる。
「こら、ダメだろう。こっちには入るなと言ったはずだ」
「うう、ああ」
男は目の焦点が合っていない。精神を病んでいるのか、頭を押さえて丸くなった。
「放っておけ。何言っても勝手に入ってくるんだ。村にいたのに、山に入りたがるんだよ。たまに戻ってくるんだから、放っておいても大丈夫だろ」
男は丸まったまま、ずっと唸っている。しかしこのまま放置していれば、魔物でなくとも、大型の獣に襲われる可能性もあるだろう。仕方がないと一人の騎士に村へ連れて行ってやれと命令する。騎士が腕を引っ張り男が顔を上げた途端、男が大声を上げた。
「うあああっ!」
「きゃあっ!」
男が突然セシーリアの乗る馬へ突進する。セシーリアが悲鳴を上げ、馬が驚いて駆けようとする。騎士が急いで男を倒し、黙らせた。
「申し訳ありません。王女様。魔物に襲われたせいで、精神が不安定な男なのです。すぐに連れて行きます」
「そ、そんなの、放っておけばいいじゃない!」
セシーリアの声に、騎士たちが眉をひそめた。貴族ならばそんなことを言うだろう。だがここはパルシネン家領地だ。アンリエットは騎士たちとも親しい。アンリエットならば、絶対に言わない言葉だ。騎士たちはセシーリアの言葉に頭を下げて、男を引っ張って離れさせる。
(馬鹿な女だ。今の一言で、騎士たちの顔色が変わった)
アンリエットは民を大事にする。彼らはそれをよく知っている。
「ああ、嫌だ。気持ち悪い。エダン様、早く行きましょう!」
セシーリアは早く男から離れようと、後ろにいる騎士に馬を進めさせた。
それにしても、
「先ほどの男は、素性は?」
「実は何もわからないのです。口がきけないので、何者かも住んでいた場所もわかりません。我が領地の者でないようです。おそらくメッツァラ家領地に住んでいたのでしょう」
「調べさせろ。メッツァラには知られぬように」
エダンから離れようとしなかったセシーリアが、今ので前を進んでいた。エダンの馬は足を止めているのに。
まるで、男から避けたような。
避けたのは間違いない。気持ち悪いと言ったのだから。しかし、それだけのように思えなかった。驚いただけのように見えなかった。まるで、一瞬怯えたような。
(気のせいか? だが、あの女も、メッツァラ家領地から魔物に襲われて逃げてきた一人だ)
偶然とは思えない。
セシーリアの素性は未だはっきりしていない。一人でもセシーリアを知っている者がいれば、少しは違ってくるかもしれない。
「エダン様。私、眠れなくて」
山から帰り、食事を一緒にして、やっと解放されたと思ったら、夜遅くに、セシーリアが部屋にやってきた。扉を開ければ、セシーリアがエダンの部屋に入り込もうとする。それを遮り、エダンはセシーリアが部屋に入るのを邪魔するようにして、廊下に出て後ろ手で扉を閉める。
「お部屋にお戻りください。マーサに飲み物でも運ばせましょう」
「少しー、散歩でもしません?」
セシーリアがエダンの腕を取って、寄り添ってくる。
舌打ちしそうになりながら、その腕を抜いた。
「お部屋へお送りします」
「でも、眠れないんです!」
だったら殴って眠らせてやろうか。その方が楽で簡単だ。やりたいのを堪えて、エダンはセシーリアに歩くよう促す。中庭に参りましょうと言って。
中庭ならば、屋敷を守る兵士がいる。二人きりにはならない。
兵士の前を通り、王女様がいらっしゃるから、周囲を見ておけと命令し、兵士が見える位置で足を止める。セシーリアは不満顔をしたが、それ以上一歩も奥に行く気はない。
「王女様は、こちらに来るのは久しぶりでしょう。パルシネン家領地の調査が終わり次第、メッツァラ家領地に参りましょう。町など懐かしいのでは?」
「懐かしいなんて。森の中で生きてきたので、町にはあまり行ったことがないのです。それに、もう昔のことですもの。町のことなんて忘れちゃいましたわ」
もっともらしいことを言って、セシーリアは木陰に入ろうとする。その後を、決して追わない。エダンはその場所からテコでも動かぬと、立ち尽くしたまま。セシーリアが業を煮やして戻ってくる。
「家に戻ってみたくはないのですか? 懐かしさがあるでしょう」
「そんなことは。だってあの城が私の家ですもの」
よく言う。セシーリアが老婆と住んでいた家は、すでに燃えて無くなっている。魔物が襲ってきた時に、火を使って追い払おうとでもしたか、小屋は跡形もなかった。
情報を送ってきた魔法使いによると、その小屋があった場所は山の中でも魔物が出ることはなかった。そこまで奥地ではないことと、クライエン王国の村が近かったからだ。崖下ではあったが、人の住まいがあるため、魔物が近付かない。
しかし、セシーリアは魔物に襲われて、パルシネン家領地へ逃げてくる。老婆は小屋の中で死亡。他にも魔物に襲われた者たちがいたかはわかっていないが、もしも先ほどの男も同じ魔物に襲われたとしたら、どういう関係だったのか。
男はギョロ目の三十代くらい。体を丸めていたが、それなりに体格は良さそうだった。
「エダン様、私」
セシーリアがエダンを見つめたまま、上目遣いで近寄ってくる。何かを願うように両手を合わせて、何か言いたそうにした。
「きゃっ!」
あと一歩のところ、なぜかセシーリアが倒れ込んでくる。
手助けするつもりもなかったが、セシーリアはエダンの腰にがっしりと腕を絡ませて、体を支えた。
「ご、ごめんなさい。エダン様。足が引っかかったみたいで」
「そうですか」
(まったく、わざとらしい)
どこに転ぶ要素があったのか。中庭と言えど、地面はしっかり固められていて、凹凸もなく石が敷き詰められている。何もないところに引っかかるのか? 年寄りなのか?
「大丈夫ですか。暗いので」
「エダン様、」
言いながら、体を押し付けられて、そのまま首根っこ引っ張って草むらに放り投げたい衝動に駆られる。
「エダン様、エダン様のお部屋に行きませんか? 私、エダン様と一緒に……」
色っぽい声で誘ってきて、いよいよ殴りたくなった。




