23−2 争い
「王女のままでいたかったら、言うことを聞くんだな」
メッツァラはセシーリアに指図をする。
いつも他の貴族の前でへこへこしているくせに、セシーリアの前で偉そうにするのだ。セシーリアは王女なのに。
「はっ。その言葉、そのまま返してやるわ。王に知られたくなかったら、黙って部屋を出ていくのね」
「なんだと!?」
「あんたたちのせいで王太子が行方不明になったと知ったら、王は何て言うでしょうね」
セシーリアの言葉に、メッツァラがぎくりと体を強張らせた。
そうだ。最初からこう脅しておけばよかったのだ。セシーリアは王太子の娘。証拠のブローチを持っている。髪の色も目の色も似ていて、王はセシーリアを大切な孫だと言うのだ。だから、セシーリアが、メッツァラが王太子を殺そうとしたと言えばすぐに信じて、メッツァラに罰を下すだろう。昔そうやって罰せられ殺された者たちがいると、聞いたことがある。
「ふざけたことを言うな!」
メッツァラが怒りに震えながら、大声を出す。けれどその声も震えていた。
(ほら、もうびびってるんじゃない)
セシーリアはニヤリと口元を上げる。
「なによ。私、知ってるのよ? あんたたちが話していたこと。王太子を、殺そうとしたって」
「王太子は行方不明になっただけだ! 証拠なんてない!」
メッツァラは怒鳴り散らした。けれど、顔は青ざめていて、ぶるぶる震えている。今にも倒れてしまいそうな顔をした。王太子が行方不明になった理由に心当たりがあるのだ。証拠と口にする時点で、殺そうとしたと言っているようなものではないか。
(本当に殺したわけじゃなくったって、殺そうとしたのは間違いないんでしょ?)
「証拠がなくったって、あんたが何かしたかもしれないと言うだけで、王は疑うでしょ。王太子の娘が、王女の私が、メッツァラに脅されてずっと言えなかったと言えば、王はどっちを信じると思う? 私よ! ブローチを持った私を信じるに決まってるでしょ!」
セシーリアがブローチを持っているのだから、セシーリアは王女なのだ。セシーリアが王女ではないという証拠はない。
小心者のメッツァラは、血の気の引いた顔になる。言い返す言葉もないと、ただ震えて、拳を握った。少し脅したくらいでこの顔だ。喧嘩を売る相手を間違えている。
「わかったら、さっさと帰りなさいよ」
「……ベルリオーズが」
「はあ?」
「ベルリオーズが、パルシネンの領地へ行ったことは知っているな」
メッツァラが引きつった顔をしながら、急にエダンの話をしはじめた。それがどうかしたかと問うと、馬鹿にしたように鼻で笑う。
「一緒に行かなくていいのか?」
「なんで私が行かなきゃいけないのよ。嫌よ。魔物が出るところなんて。近寄りたくもないわ」
そんな場所に、わざわざ行くわけないだろう。魔物の討伐など、セシーリアができるわけがないのだし、行っても何の役にも立たない。それに、エダンが向かった魔物のいる場所は、昔住んでいた所に近い。そんなところに行って、昔住んでいた場所を案内させられたら、誰かに会うかもしれない。
(いいえ、誰にも会わないわよ。だって、みんな死んだはずだわ)
「私は行かないわよ。王からエダンに行かせればいいって言われてるのよ。なんで私が行かなきゃならないわけ?」
「知らないのか?」
「何がよ」
「王太子代理が国境へ向かったと聞いている。ベルリオーズと会う約束でもしてるのだろう」
「追い出された王太子代理が、なんでそんなとこにいんのよ。あ、もしかして、エダンが来るからって、わざわざ国境まで会いに行くってこと? あっは。エダンにすがって、捨てないでーとか言うのかしら。だっさい女。すごい地味だったものね」
セシーリアのように、豪華なドレスを着ていれば王女のように見えたかもしれないが、あの女は地味なドレスで、アクセサリーも何も着けていなかった気がする。顔はそれなりだったかもしれないが、大人しめで、派手さもない。エダンのような美男子には不似合いだ。セシーリアの方が余程お似合いだろう。
思い出しても笑ってしまう。エダンが捨てるわけだ。
「その王太子代理が来たって、エダンが会うわけないじゃない」
「あの男が、お前が本当に王太子の娘だと信じていると思うか?」
「はあ? なんですって」
「あのベルリオーズが、お前が本物の娘だと信じているわけがないだろう。ベルリオーズは魔法使いを使って、お前の素性を調べていたからな。ベルリオーズは王太子代理を信用していた。王太子代理は王太子と血が繋がっているだけあって真面目だけが取り柄で、ベルリオーズと気が合っていた。あの男は仕事ができる者を側に置くからな。だが、お前はどうだ。文字すらまともに書けない、ごろつきの平民が!」
メッツァラは吐き捨てるように言った。その言葉に、頭がカッと熱くなる。
「マーサ! マーサ! 早く来て!」
マーサを呼べば、メッツァラは突然慌て出す。王に告げ口をされると勘違いしたのだろう。
「どうされたのですか!?」
「あいつを追い出して! 私に無礼を働いたのよ! 二度とこの部屋に近付けさせないで!!」
マーサが騎士たちに命令し、メッツァラを部屋から追い出す。
メッツァラは転げるように踵を返して、部屋を出ていく。廊下で自分の足に引っかかり、一度転んで、慌てて逃げていった。小物すぎて、笑いしか出ない。
「王女様、何があったのですか?」
「エダンのところへ行くわ!」
「パルシネン家の領地へですか?」
「そうよ。さっさと用意して!」
メッツァラは帰っていったが、エダンのことは気になった。
エダンが王太子代理に本当に会いに行ったとなれば、それは阻止しなければならない。
だが、もしも王太子代理がエダンと会う時に、セシーリアが隣にいれば、あの女はどう思うだろう。
「だったら、見せつけてやればいいのよ」
「何かおっしゃいましたか?」
「何でもないわ。さっさと用意して! 急いで行かなきゃ」
(そうよ。見せつけてやればいいんだわ。私が、エダンと結婚するんだって)
奪われたりしない。エダンは王女の婚約者だ。
そして、気になることが、もう一つ。
エダンがセシーリアの素性を調査しているということだ。何を探しても、見つかるものなんてない。住んでいた小屋は残っているが、火を付けたから何も残っていないはずだ。だから大丈夫だと思いながら、不安を覚えていた。
(あいつらが全員死んでいるのか、確認した方がいいかもしれない)
そう考えて、その確認が難しいことも知っていた。誰にどうやって聞くつもりだ。変なことを言って、エダンに気付かれたくない。
(大丈夫よ。何も見つからないわ)
「さっさと用意して! 急いで行かなきゃ」
今はとにかく、エダンのところに行かなければならない。
王太子代理になんて会わせてなんかやるものか。エダンの隣はセシーリアのものだ。
王太子代理なんて、魔物に殺されればいいのに。
ふと、そう考えて、何て良い考えだと歓喜しそうになった。
(そうよ。私にはこれがあるんだもの。魔物に殺されることなんてないんだから)
セシーリアは胸元をぎゅっと掴む。胸の谷間に隠してある石を、強く握りしめた。




