23 争い
「なぜ、こちらに王女様が?」
門の前で、兵士たちが困惑顔で話している。どうでもいいから通せばいいじゃないのよ。言いそうになるのを我慢して、セシーリアは馬車の中で待った。セシーリアと一緒に来た騎士たちが、エダンを追ってきたと説明して、パルシネン家の屋敷の敷地に入れてもらう。
(私だって来たくなかったわよ)
そう怒鳴ってやりたい。
あいつが、あんなことを言うから。
小賢しい男。顔を思い出すだけで腹が立ってくる。
「エダン様はどちらにいらっしゃるの?」
セシーリアは苛立ちを隠したまま、エダンの行方を問うた。
こんな場所、来たくもないのに、わざわざやってきたのだ。エダンを見つけたら、さっさと一緒に帰るように仕向けなければならない。
(どこにいるのよ、エダン。本当にあの女に会っているわけ?)
「エダン様のところへ行きたいわ。どなたか、案内してくださる?」
セシーリアは苛立ちを抑えながら、パルシネン家の騎士に懇願した。
「王女様、こちらの書類を確認していただいて、その後、こちらの」
「もう、そこに置いといてよ」
セシーリアの下に大量の書類を運んできたかと思えば、あれを読め、これを確認しろ、ここに判を、とひっきりなしに言ってくる。
エダンが魔物討伐の調査に出かけてから、その量が一気に増えた。魔物討伐に同行しない代わりにセシーリアに仕事が回ってきたのだ。王の命令だか何だか知らないが、今まで王太子代理が行なっていた仕事を、全てセシーリアにやらせるためだと家庭教師は言う。
(冗談じゃないわよ。王女ってもっと優雅に過ごすもんじゃないの?)
魔物から逃げて、騎士に助けられて、王太子のブローチを持っていると言われてから、この城に来るのは早かった。城へ移動する馬車の中で、メッツァラは言った。王太子の娘となれば、今までのことが嘘のように一変した生活が行えるだろう。
パルシネン家領地の方向へ逃げて正解だった。先にメッツァラ家の騎士に見つかっていたら、きっと殺されていたに違いない。彼らより前にパルシネン家騎士に助けられたから、ブローチに気付いてもらえたのだ。メッツァラ家の騎士は気付かず、セシーリアを裏切り者として殺したはずだ。
先にブローチに気付かれたため、セシーリアが殺されることはなくなった。代わりに王太子の娘となるのだから、人生はわからない。
(おかげで何不自由なく暮らしていけるけど、仕事をするなんて聞いてないわよ)
「はあ、疲れちゃった。マーサ、お腹すいたわ」
「お茶の用意をさせましょう」
マーサはすぐにお菓子を持って来させる。マーサは前のメイドに比べて従順で、小言を言わない。そして、無口なところがありがたい。前のメイドは最初はセシーリアをちやほやしていたけれど、勉強をサボってばかりだとあれこれうるさくなり、そのくせ媚びてくるのがわかってうっとうしかった。マーサは媚びたりせず、静かにセシーリアの言うことだけ聞いてくれる。
用意されたケーキを前に、セシーリアはその味を確かめた。このケーキに感動していた頃が懐かしい。今では味に慣れて、少々物足りないくらいだ。この生活が一生続くと思うと、笑いしかない。
面倒なのは、仕事だが。
「エダン様はいつ帰ってくるのかしら」
「早くて二週間ほどだと思います」
二週間も仕事が多いままなのか。エダンの仕事は減らしてほしいが、セシーリアに増やすくらいならエダンがやってくれた方がいい。
(結婚すれば一緒にいられるんだから、私が仕事をするよりいいでしょ)
「はー。このケーキも飽きてきたわね」
「別の物をお持ちしますか」
「そうして。だって私は王女なんだから、いい物を食べるべきでしょ?」
マーサは近くにいたメイドに指示をする。この生活を手放せるわけがない。
新しいケーキを待っているとノックの音が聞こえて、マーサが対応する。ケーキを待つ間仕事をしないかと家庭教師が言ってくるが、無視して甘いぶどうジュースを飲んだ。果物だって食べたことがなかったのに、ジュースになって出てくるのだ。つい昔のことを思い出して、比べてしまう。
二度と戻ることのない生活。盗品を詰めて保管して、時期が来たら男たちに受け渡す。小さな物だったら盗んで売っぱらうこともできたが、金を得ても服やアクセサリーに使えなかった。いつも老婆がいるし、手に入れても隠す場所がないからだ。
買えて食べ物。それも家に帰る前に食べ終えなければならない。
他の女の子のように、化粧をしてオシャレをすることもできない。男たちの相手をして小さな宝石のついた装飾品はもらえても、町に出て目立つわけにはいかないから、派手に装うこともできなかった。
けれど、今は違う。
(この生活を奪われたりするものか。邪魔をするやつなんて許さないわ)
「王女様、お客様がおいでになったのですが」
「誰よ。今忙しいんだけど」
「約束はありませんので、お断りはできます。いかがなさいますか。メッツァラ様が、ご機嫌伺いにいらしたのですが」
ご機嫌伺い? 監視でもしに来たの間違いでしょう?
文句を口にしたくなるが我慢だ。セシーリアは笑顔でメッツァラを迎えた。
「王女様。お約束もなく申し訳ありません。良いワインが手に入ったので、持って参った次第です」
うやうやしく首を垂れながら、ヤーコブ・メッツァラはワインを献上してきた。セシーリアはその演技に合わせてにこやかに微笑む。
「よく来てくださいました。マーサ、お茶の用意をしてさしあげて」
いいから帰れよと言えたらどんなに良いか。しかしこの男がセシーリアの部屋まで来たのだから、迎え入れなければならない。何を企んでいるかわからないのだから、何をしに来たのか確認する必要がある。
「ご機嫌いかがでしたか?」
(あんたが来るまでご機嫌だったわよ)
「今、休憩をしていたところなのよ。仕事が忙しくて。王女ともなると、重い責務があるでしょう?」
「それは、それは」
だから帰れと言っているのだが、メッツァラはにやけた面をセシーリアに向けた。その顔が気持ち悪いったらない。
話は何なのか。メッツァラは何も言わず、出されたお茶を口にする。雑巾の搾り汁でも入れてやればいいのに。マーサは扉の前で待機して、セシーリアと目が合う位置にいる。
「王女様とお話があるのだ。お前たちは下がっていなさい」
「王女様の側を離れるなと命じられておりますので」
マーサが言い返すと、メッツァラは細い目を吊り上げる。
「私を誰だと思ってるんだ!」
目下の者には偉そうなメッツァラに、セシーリアも鼻で笑いそうになる。王には手もみをして媚びて、おこぼれにあずかれないかうかがうように前のめりでいるくせに。
「いいから出て行け!」
メッツァラの命令に、本当に良いのかマーサがセシーリアを見つめる。こいつを追い返してほしい。そんな視線を送りたくなってくる。本当は追い返したいのだ。城へ送ってくれたのは良いが、それ以上に関わってほしくない。
この男は、セシーリアを知っているのだから。
「大切なお話があるのでしょ。マーサ、みんな外に出ていて」
マーサは一度目を細めたが、頭を下げて皆を部屋から出す。マーサが最後になり、本当に出ていいのかと言うような視線を向けてきた。それに対してセシーリアは微笑んで外へ出てもらう。
扉が閉まり、人の気配がなくなったのを確認して、セシーリアはおもむろに足を組んだ。
「何しに来たのよ。こんな風に来られたら困るんだけど」
「偉そうに。それより、あれは見つからなかったぞ。どこへやった!」
「知らないわよ。魔物に襲われて命からがら逃げたのに。あのほったて小屋になけりゃ、男たちの誰かが持ってたんでしょ」
「あいつらは死んだ。言っただろう。魔物に殺された。お前がやったんじゃないのか?」
「なんでそうなんのよ。私はあれを持つことなんて許されなかったのよ。だいたい、あれを持ってたら魔物から逃げてないわ」
セシーリアが言い返すと、メッツァラは目元をぴくぴく痙攣させて睨み付けてくる。そんな顔をしても、怖くもなんともない。セシーリアはぬるくなったブドウジュースを飲み込んだ。
「王女になったのだから、もう必要ないだろう! さっさと返せ!」
「知らないってば! 私のせいにしないでほしいわね。探し方が悪いんじゃないの?」
「ふざけたことを。お前が何をやってきたか言われたくなければ、どこへ隠したか言え!」
「ちょっと、脅す気?」
「お前が本当のことを言わないからだ!」
メッツァラはセシーリアを脅す気だと、同じことをもう一度言った。あれがある場所を言わなければ、お前の正体をバラすぞと。
甲高い声で、ひょろひょろした体で、メッツァラはセシーリアを馬鹿にしたようにふんぞり返った。その顔を見ているだけで、ひっぱたきたくなってくる。
この男を放置しておけない。その気持ちが膨れ上がってくる。




