表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/78

23 争い

「なぜ、こちらに王女様が?」

 門の前で、兵士たちが困惑顔で話している。どうでもいいから通せばいいじゃないのよ。言いそうになるのを我慢して、セシーリアは馬車の中で待った。セシーリアと一緒に来た騎士たちが、エダンを追ってきたと説明して、パルシネン家の屋敷の敷地に入れてもらう。


(私だって来たくなかったわよ)

 そう怒鳴ってやりたい。

 あいつが、あんなことを言うから。

 小賢しい男。顔を思い出すだけで腹が立ってくる。


「エダン様はどちらにいらっしゃるの?」

 セシーリアは苛立ちを隠したまま、エダンの行方を問うた。

 こんな場所、来たくもないのに、わざわざやってきたのだ。エダンを見つけたら、さっさと一緒に帰るように仕向けなければならない。


(どこにいるのよ、エダン。本当にあの女に会っているわけ?)

「エダン様のところへ行きたいわ。どなたか、案内してくださる?」

 セシーリアは苛立ちを抑えながら、パルシネン家の騎士に懇願した。









「王女様、こちらの書類を確認していただいて、その後、こちらの」

「もう、そこに置いといてよ」

 セシーリアの下に大量の書類を運んできたかと思えば、あれを読め、これを確認しろ、ここに判を、とひっきりなしに言ってくる。


 エダンが魔物討伐の調査に出かけてから、その量が一気に増えた。魔物討伐に同行しない代わりにセシーリアに仕事が回ってきたのだ。王の命令だか何だか知らないが、今まで王太子代理が行なっていた仕事を、全てセシーリアにやらせるためだと家庭教師は言う。


(冗談じゃないわよ。王女ってもっと優雅に過ごすもんじゃないの?)

 魔物から逃げて、騎士に助けられて、王太子のブローチを持っていると言われてから、この城に来るのは早かった。城へ移動する馬車の中で、メッツァラは言った。王太子の娘となれば、今までのことが嘘のように一変した生活が行えるだろう。


 パルシネン家領地の方向へ逃げて正解だった。先にメッツァラ家の騎士に見つかっていたら、きっと殺されていたに違いない。彼らより前にパルシネン家騎士に助けられたから、ブローチに気付いてもらえたのだ。メッツァラ家の騎士は気付かず、セシーリアを裏切り者として殺したはずだ。


 先にブローチに気付かれたため、セシーリアが殺されることはなくなった。代わりに王太子の娘となるのだから、人生はわからない。

(おかげで何不自由なく暮らしていけるけど、仕事をするなんて聞いてないわよ)


「はあ、疲れちゃった。マーサ、お腹すいたわ」

「お茶の用意をさせましょう」


 マーサはすぐにお菓子を持って来させる。マーサは前のメイドに比べて従順で、小言を言わない。そして、無口なところがありがたい。前のメイドは最初はセシーリアをちやほやしていたけれど、勉強をサボってばかりだとあれこれうるさくなり、そのくせ媚びてくるのがわかってうっとうしかった。マーサは媚びたりせず、静かにセシーリアの言うことだけ聞いてくれる。


 用意されたケーキを前に、セシーリアはその味を確かめた。このケーキに感動していた頃が懐かしい。今では味に慣れて、少々物足りないくらいだ。この生活が一生続くと思うと、笑いしかない。

 面倒なのは、仕事だが。


「エダン様はいつ帰ってくるのかしら」

「早くて二週間ほどだと思います」


 二週間も仕事が多いままなのか。エダンの仕事は減らしてほしいが、セシーリアに増やすくらいならエダンがやってくれた方がいい。

(結婚すれば一緒にいられるんだから、私が仕事をするよりいいでしょ)


「はー。このケーキも飽きてきたわね」

「別の物をお持ちしますか」

「そうして。だって私は王女なんだから、いい物を食べるべきでしょ?」


 マーサは近くにいたメイドに指示をする。この生活を手放せるわけがない。

 新しいケーキを待っているとノックの音が聞こえて、マーサが対応する。ケーキを待つ間仕事をしないかと家庭教師が言ってくるが、無視して甘いぶどうジュースを飲んだ。果物だって食べたことがなかったのに、ジュースになって出てくるのだ。つい昔のことを思い出して、比べてしまう。


 二度と戻ることのない生活。盗品を詰めて保管して、時期が来たら男たちに受け渡す。小さな物だったら盗んで売っぱらうこともできたが、金を得ても服やアクセサリーに使えなかった。いつも老婆がいるし、手に入れても隠す場所がないからだ。

 買えて食べ物。それも家に帰る前に食べ終えなければならない。


 他の女の子のように、化粧をしてオシャレをすることもできない。男たちの相手をして小さな宝石のついた装飾品はもらえても、町に出て目立つわけにはいかないから、派手に装うこともできなかった。

 けれど、今は違う。

(この生活を奪われたりするものか。邪魔をするやつなんて許さないわ)


「王女様、お客様がおいでになったのですが」

「誰よ。今忙しいんだけど」

「約束はありませんので、お断りはできます。いかがなさいますか。メッツァラ様が、ご機嫌伺いにいらしたのですが」

 ご機嫌伺い? 監視でもしに来たの間違いでしょう?

 文句を口にしたくなるが我慢だ。セシーリアは笑顔でメッツァラを迎えた。


「王女様。お約束もなく申し訳ありません。良いワインが手に入ったので、持って参った次第です」

 うやうやしく首を垂れながら、ヤーコブ・メッツァラはワインを献上してきた。セシーリアはその演技に合わせてにこやかに微笑む。


「よく来てくださいました。マーサ、お茶の用意をしてさしあげて」

 いいから帰れよと言えたらどんなに良いか。しかしこの男がセシーリアの部屋まで来たのだから、迎え入れなければならない。何を企んでいるかわからないのだから、何をしに来たのか確認する必要がある。


「ご機嫌いかがでしたか?」

(あんたが来るまでご機嫌だったわよ)

「今、休憩をしていたところなのよ。仕事が忙しくて。王女ともなると、重い責務があるでしょう?」

「それは、それは」


 だから帰れと言っているのだが、メッツァラはにやけた面をセシーリアに向けた。その顔が気持ち悪いったらない。

 話は何なのか。メッツァラは何も言わず、出されたお茶を口にする。雑巾の搾り汁でも入れてやればいいのに。マーサは扉の前で待機して、セシーリアと目が合う位置にいる。


「王女様とお話があるのだ。お前たちは下がっていなさい」

「王女様の側を離れるなと命じられておりますので」

 マーサが言い返すと、メッツァラは細い目を吊り上げる。


「私を誰だと思ってるんだ!」

 目下の者には偉そうなメッツァラに、セシーリアも鼻で笑いそうになる。王には手もみをして媚びて、おこぼれにあずかれないかうかがうように前のめりでいるくせに。


「いいから出て行け!」

 メッツァラの命令に、本当に良いのかマーサがセシーリアを見つめる。こいつを追い返してほしい。そんな視線を送りたくなってくる。本当は追い返したいのだ。城へ送ってくれたのは良いが、それ以上に関わってほしくない。

 この男は、セシーリアを知っているのだから。


「大切なお話があるのでしょ。マーサ、みんな外に出ていて」

 マーサは一度目を細めたが、頭を下げて皆を部屋から出す。マーサが最後になり、本当に出ていいのかと言うような視線を向けてきた。それに対してセシーリアは微笑んで外へ出てもらう。

 扉が閉まり、人の気配がなくなったのを確認して、セシーリアはおもむろに足を組んだ。


「何しに来たのよ。こんな風に来られたら困るんだけど」

「偉そうに。それより、あれは見つからなかったぞ。どこへやった!」

「知らないわよ。魔物に襲われて命からがら逃げたのに。あのほったて小屋になけりゃ、男たちの誰かが持ってたんでしょ」

「あいつらは死んだ。言っただろう。魔物に殺された。お前がやったんじゃないのか?」

「なんでそうなんのよ。私はあれを持つことなんて許されなかったのよ。だいたい、あれを持ってたら魔物から逃げてないわ」


 セシーリアが言い返すと、メッツァラは目元をぴくぴく痙攣させて睨み付けてくる。そんな顔をしても、怖くもなんともない。セシーリアはぬるくなったブドウジュースを飲み込んだ。


「王女になったのだから、もう必要ないだろう! さっさと返せ!」

「知らないってば! 私のせいにしないでほしいわね。探し方が悪いんじゃないの?」

「ふざけたことを。お前が何をやってきたか言われたくなければ、どこへ隠したか言え!」

「ちょっと、脅す気?」

「お前が本当のことを言わないからだ!」


 メッツァラはセシーリアを脅す気だと、同じことをもう一度言った。あれがある場所を言わなければ、お前の正体をバラすぞと。

 甲高い声で、ひょろひょろした体で、メッツァラはセシーリアを馬鹿にしたようにふんぞり返った。その顔を見ているだけで、ひっぱたきたくなってくる。


 この男を放置しておけない。その気持ちが膨れ上がってくる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
もちろんマーサがこっそり聞いてるんでしょうね!侍女は見た(聞いた)!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ