22−2 視察
「マーサ、説明をしろ。なぜあの女がここまで来たんだ」
セシーリアにマーサをつけている意味がない。エダンはマーサを呼び出し、ことの詳細を問うた。セシーリアがおかしな動きをするならば連絡くらいしろと言いたいが、早馬を出しても間に合わなかったのだと、マーサは深く頭を下げた。
「申し訳ありません。お止めしたのですが」
「言い訳はいい。何があった」
マーサの話によると、城にいたセシーリアの部屋にヤーコブ・メッツァラが訪れた。
二人で話した後、セシーリアがエダンが向かった領地へ行くと言い出したのだ。
「理由は?」
「部屋を出されていたので、話の内容まではわかりません。申し訳ありません」
「他に気になったことはないのか」
「メッツァラを追い出せとお怒りでした。その後しきりに、急いでこちらに行かなければと言っていました。その理由はわかりませんが、ベルリオーズ様に会わなければならないと」
エダンに会って何だと言うのか。セシーリアが気にしていたのは、討伐は共同で行う。挨拶をしたい。その程度しか話をしていない。エダンに会いたかったと言っていたが、エダンに会うために来たわけではないのは明白だ。
(クライエン王国の王子に会いたがった? それならばそう言うか。あの女は欲望に正直だからな)
王子に会いたいと思っていたならば、王子はどこだと聞いただろう。共同で討伐云々の前に、王子に挨拶をしなければならないと思ったと、セシーリアは言うはずだ。
「もしかしたら、アンリエット様が来ると思ったのかもしれません」
セシーリアが何を考えたのか、想像ができた。アンリエットが来ていると聞いて、急いでこちらに来たと言うならば、アンリエットを牽制するためだろう。
討伐になど興味はなく、襲われた経験から魔物に恐怖を持っているはずなのに、そんなことのためにわざわざ来たとなると、よほどメッツァラが脅したのだろうか。
(だが、なぜだ? メッツァラがあの女を城へ連れてきた。それなのに、アンリエットが来ると言う必要があるか?)
王女の後ろ盾となりたければ、セシーリアを危険にさらす必要はない。そんなことをすればむしろ王の怒りをかうだろう。今は王に恩をうった状況であるのに、わざわざ王に反する真似をする意味はない。
セシーリアを牽制させて、領地に向かわせては、王に気付かれた時叱責されるのはメッツァラだ。
(メッツァラが失言でもしたか?)
アンリエットを褒めるようなことを言った? そうだとして、その程度で怒りを持って追い出せと言うだろうか。焦ってこちらに来ることはあり得ても、追い出すほど怒るとなると、別の理由が考えられる。
だが、それが思い付かなかった。
「あの女から目を離すな。何か気付くことがあれば、些細なことでも報告を」
「承知しました」
マーサを見送って、エダンは大きく息を吐く。この場所にセシーリアが来るのは予定外にも程があった。これでセシーリアに何かあれば、エダンの命が危ない。ほんの少しの怪我でも王は大声でエダンを糾弾するだろう。その傷が、ただ転んだだけでできた傷でもだ。
(うんざりするな)
無能たちに振り回されることが、何よりもストレスだ。
「メッツァラか……」
メッツァラ家領地に済む平民の魔法使いたちに、メッツァラとセシーリアに関わりはないか調べさせているところだ。それからマルスランの遺体の捜査。セシーリアは幼い頃、一体誰と一緒にいたのか。そもそもそんな男などいなかったのか。ならばどこであのブローチを手に入れたのか。
とにかくそれがわからなければ、セシーリアの素性は明らかにできない。それだけで、セシーリアが本物か偽者かわかるのだ。
「ベルリオーズ様。散歩ですかな」
屋敷の中で声をかけて来たのは、パルシネン家当主だ。身長が低く、小太りで、人の良さそうな顔をしている。アンリエットと二人の時に、まるで雪だるまのようだな。と言ったら、アンリエットは、だから可愛らしくて素敵な人なんですね。と返してきたのを思い出す。
(アンリエットは時折ずれているからな)
雪だるまそっくりのパルシネン当主は、にこにこ笑んで、お茶の用意をさせると部屋へ呼んだ。なにか話があるようだ。それにのって、促されたままソファーに座る。
「何か不便はございませんか」
「いや。今のところは何も」
「王女様がいらっしゃるとは思わなかったので、満足のいくお部屋をご用意できず申し訳ありません。何かご不便がありましたらお知らせください。すぐに対処させていただきます」
「気にすることはない。予定はなかった」
そんな話のために呼び止めたのか。アンリエットについて何か問うてくると思ったが。マルスランのブローチを持っていた娘を見付けた。王からすれば朗報だ。だが、アンリエットにとっては。それは想像できていただろう。ここでアンリエットについて謝罪を口にする方が偽善か。臣下としては当然の行いなのだから。エダンでもそうする。それでアンリエットに謝罪などしない。ただ、その後の消息は気になるだろう。
パルシネン当主はメイドたちを外に出し、そのニコニコ顔をやめた。
「実は、お話ししたいことがございます」
アンリエットの話ではないのか。パルシネン当主は魔法使いの話をしはじめた。
メッツァラ家領地にいる平民の魔法使いたちの行方がわからない。
丁度、メッツァラ家の調査をさせている中での、その報告だった。
メッツァラ家領地で、何かを掴んだのか。それで捕えられたか。
それなりに戦えて、魔物にも臆しない。ある程度の兵士たちに囲まれても逃げ切れる力を持っている。それなのに、連絡が途絶えたとなれば、メッツァラ家の騎士や魔法使いたちに捕えられたか、もしくは、殺されたか。
メッツァラ家領地に何かがあるのは確かということだ。
「こちらで捜索させる。メッツァラ家領地で怪しい動きはないか」
「隣地の話は聞きませんが、少し前にメッツァラ家領地から逃げてきた男を保護しました。それくらいですね。魔物に襲われて気が狂ってしまって、話が聞けないのですが。メッツァラ家領地にも魔物は増えているかもしれません」
セシーリアも魔物に追われ、パルシネン家領地付近で助けられた。
パルシネン家と違い、メッツァラ家は魔物の量などを城へ報告しない。増加で騎士団が崩壊することもなく、自領の騎士団で対処できる。魔物の増加について情報はなかった。村人が魔物に襲われようと報告義務はないのだから、援助を欲しがらない限り放置だ。
パルシネン家はアンリエットの影響で、平民の魔法使いたちの働きぶりをわざわざ報告してくる。おかげで魔物の増減が確認できた。そういった領地はアンリエットはやり易かっただろう。どれくらい平民の魔法使いを郷に返すか、計算がしやすいからだ。
アンリエットの国づくりはわかりやすい。地方の協力が不可欠で、うまく運用する方法で国を回す。田舎だからと後回しにしない。答えを返してくれる、アンリエットが信頼される所以だ。
(メッツァラは違ったが)
「その、もう一つご報告が」
パルシネン当主は、若干言いにくそうにした。
「何だ?」
「アンリエット様が、国境にいらしたそうです」
「……何だと?」
「魔法使いたちと連絡を取ったらしく、国境までいらして、魔法使いたちと話を。魔法使いたちも国から出ていったアンリエット様と会ったことは報告しにくかったようです。ですが、メッツァラ家領地で行方不明になった仲間の相談をしたそうで、その時に、ベルリオーズ様に指示を仰ぐように言われ、魔法使いたちが私に話を持ってきたのです」
「アンリエットが、国境まで」
「アンリエット様は、あちらでも調べられることは調べてくださるとおっしゃったそうです」
「……そうか」
(アンリエットが作った組織だ。気にして当然だ)
アンリエットならば、魔法使いたちと連絡くらい取るだろうと想定していた。彼らに迷惑をかけない程度に、時間が経ってから様子を問うだろう。
わかっているつもりだったが、やはり魔法使いたちとだけは連絡を取り合ったと聞くと、なぜか心が重くなるような気がしてくる。
「それと、その、クライエン王国の王太子殿下も一緒だったようで」
その言葉に、エダンは顔を上げた。
「王太子殿下と共に魔物の増加の確認をなさるそうです。その一環として、こちらの情報も確認されたかったようで。国政を担うような役目をいただいているのかどうか」
パルシネン当主の言葉は耳に入っていたが、集中力を失ったように右から左へ流れていった。
アンリエットはクライエン王国の王太子の婚約者候補になるのではないか。そんな話は聞いていた。執務を手伝っていることも、情報として入っている。
それなのに、いざ事実として耳にすると、どうして妙に息苦しくなるのだろう。
エダンは無意識に拳を握った。
「――アンリエットは、王子の執務を手伝っているそうだ」
「そうでしたか。聡明な方ですから、あちらでは正しく評価されているのでしょう。安心しました。私はお会いできなかったのでどのような様子であったか存じませんが、魔法使いたちは元気にしていたと」
「まだ、いるのか?」
「はい?」
「アンリエットは、まだ国境付近にいるのか?」
「どうでしょう。魔物討伐の確認ですから、数日かけるのではないでしょうか」
共同討伐を行うかの確認であれば、もし共同討伐を行った場合、アンリエットも参加するのだろう。クライエン王国の王太子と共に。
「責任感の強い方ですから、こちらの状況も気にされているはずです。もちろん、エダン様のことも。私は昔からお二人の仲睦まじさを見てきた一人です。アンリエット様の立場ではどうにもならいことも理解しております。アンリエット様もそうでしょう。きっと、心配されていますよ」
(心配。アンリエットが私の心配)
復唱して、内心笑いそうになった。アンリエットが、心配など。
彼女は、全てを捨ててやってきたのに、理不尽にその立場を追いやられたのだ。
王女が偽者であれば、戻ってくればいい。最初は安易に考えていた。
だが、アンリエットは王女が偽者だと知っても、戻ってくるのだろうか?
否。彼女は戻ってこない。次ははっきりと断るだろう。一度追い出された身ならば、戻る程の能力は持っていなかったのだと。周囲が説得しても、そうであると理解し帰ったのだから、二度と戻ることはないと。
それを、今さら考えて、急に胸の中に重しが乗せられたような気がした。
(なんだ?)
その痛みがどういう意味を持つのか、その時のエダンにはわからなかった。




