19−2 招待
「みなさん、おやめになって」
ドロテーアが口を挟むと、令嬢たちはぴたりと会話を止めた。
「昔のお話なのだから、デラフォア令嬢様がおかわいそうだわ。婚約破棄をされて苦しんでいるのは、デラフォア令嬢なのですから」
「お優しいですわ。ドロテーア様」
「さすがですわね」
「デラフォア令嬢、皆様をお許しになってください。悪気があったわけではありませんわ」
ドロテーアはお怒りにならないで、とアンリエットに懇願する。
「そのように言われては、皆様怯えてしまいます。どうか、お怒りを鎮めていただいて、皆様をお許しになって」
その言葉に、アンリエットは首を傾げてしまった。
「許してほしい、ですか」
「そうですわ。元婚約者ですもの、お怒りでしょう。王女様とご一緒されていると聞いて、苛立つ気持ちもわかりますわ」
「何の話をしているのでしょう?」
「え? ですから、元婚約者様が、王女様と旅行に行かれるのを、妬かれても」
「おわかりになっていないようですが、私が話しているのは、討伐を旅行と言ったことです。彼らがどれほど危険な目に遭うか、あなた方には想像力が足りないようですね」
「な、何ですって!?」
「それと、許すも何も、私は婚約者ではありませんから、彼を侮辱したことを私に謝られても困りますわ。それから、スファルツ王国の王女様とその婚約者が物見遊山で討伐に出かけるとおっしゃるならば、ヴィクトル王太子殿下にも同じように言えるということですよね?」
「そ、そういうわけでは」
令嬢たちが顔色を青くさせた。ドロテーアも言い返せないと口を閉じる。
想像力が乏しすぎる。ヴィクトルも赴くことになっているのを知らないのか。知っていてそんな話をするならば、不敬にも程がある。
「旅行で討伐に行くのは楽しそうだと令嬢方が話していたと、ご本人にお伝えしておきましょう」
「デラフォア令嬢! も、申し訳ありません! そのような意味で言ったのでは!」
「あら、ではどんな意味でおっしゃったのですか?」
「そ、それは」
令嬢たちは視線を左右に振ってお互いを確認するが、明確な答えは出てこないようだ。答えられないのだろう。下に視線を逸らし、口を閉じて黙り込んでしまった。
アンリエットは微笑んで、紅茶を口にする。
(いけない、いけない。エダンのことで怒りを覚えるのだから、自分でも笑ってしまうわ)
「とてもおいしいお茶ですわね」
「ええ、」
ドロテーアはそれ以上話をしようとしない。他の令嬢のように青ざめているわけではなく、顔を真っ赤にさせていた。口元を歪ませて、言葉を探しているようにも見える。
「お手洗いをお借りしてよろしいかしら」
「ええ、どうぞ」
アンリエットが立ち上がると、令嬢たちは安堵したようだ。強張っていた体の力を抜く。
力を抜くのが早いように思うが、これ以上突っ込むまいと、アンリエットはメイドの後をついた。メイドはアンリエットを見ることなく、廊下を進んでいく。
(ベンディクス家は名家だということだけれど)
手洗いは一体どこにあるのか、メイドは歩き続けた。途中庭が見えて、ついそちらを見遣る。屋敷を一周する気だろうか。小さめな中庭の向こうも建物が繋がっているようで、そちらは男性が歩いていた。
(他にもお客様がいらっしゃるのね)
あれはベンディクス家当主の客だろう。もう帰るようで、アンリエットが来た方向へ歩いて行った。
「どうぞ、お入りください」
メイドが扉を開いてアンリエットを促すが、扉は半開きで、入るのに扉を避けなければならない。その中途半端な開け方は一体どういう了見だろうか。疑問に思うのはそれだけではないが、アンリエットはそのまま扉を避けて中に入る。
入った途端、後ろでがちゃりと扉が閉められた。
「令嬢?」
「あら、フラン様ではないですか」
お手洗いと言われて案内されたのは、狭い部屋だ。薄暗く、日の差していない、物置のような部屋。小さな窓の近くで、フランが椅子に座らず、窓際で佇んでいた。
「デラフォア令嬢が、どうしてこちらに??」
「どうしてでしょう。ところで、フラン様はこちらで何をなさっているのですか?」
「あ、いえ、ドロテーア様に、この部屋を使えと言われて」
「そうでしたか。そういえば、最近はドロテーア様と呼ばれるのですね。前はお姉様と呼ばれていた気がしたのですが」
「え、あ……」
フランは口ごもると俯いてしまう。
「ところでフラン様。どうやら扉に鍵がかかったようですわね」
「え? ちょっと待ってください」
フランはすぐに扉に手を伸ばす。しかしやはり鍵がかかっているようで、ドアノブを回しても扉が開かない。
「閉じ込められたようですわねえ」
「どうして、そんな。開けてください! 誰か!」
「お手洗いを案内してもらったのですけれど。どうやらお部屋を間違えたようですわ」
「え、そ、それは」
メイドが手洗いと間違えて、フランのいる部屋に案内する。しかもドロテーアに命じられてこの部屋にいたフランがいる場所に。
アンリエットは、なるほど、なるほど、と呟いて、一人頷いた。
「まあ、何かの手違いでしょう。そこ、おどきになってくださいます?」
そう言ってアンリエットは片手に魔力を込めた。フランが急いでその場から離れると、アンリエットから魔力が光と共に放たれた。バアアン、と勢いよく扉が開かれる。辛うじて蝶つがいはくっ付いたまま、キイキイと虚しい音を立てて揺れた。
「それで、お手洗いはどこでしょうか?」
「こ、こちらです!」
アンリエットの微笑みに、フランが唖然としながらも、急いで手洗いの場所を案内してくれた。
部屋では令嬢たちがさえずるように話している。ドロテーアが何かを言うと、合図のように令嬢たちが笑った。先ほどの青ざめた顔は戻っているようだ。
「デラフォア令嬢!?」
一人の令嬢がアンリエットに気付き、なぜか驚いた顔を見せる。手洗いに行って戻ってきただけなのに、そこまで驚くことはない。アンリエットは優雅に微笑んだ。
「ごめんなさいね。お手洗いに案内をしてくれたメイドが、なぜかフラン様のいらっしゃるお部屋に案内をしたのです。新人のメイドだったのかしら? お屋敷で迷子になるんですもの」
令嬢たちが一斉にドロテーアを横目で見遣る。アンリエットもそれにならうようにドロテーアを見つめた。今度はドロテーアが血の気の引いた顔になる。アンリエットはそれを気にせず言葉を続けた。
「それで、扉が壊れていたようで、開けることができなくなってしまったものですから、魔法で壊して開けた次第ですわ。ベンディクス令嬢、後ほど、修理代を請求していただきたいわ」
令嬢たちはポカンと口を開けて唖然としながら、ドロテーアを横目で確認する。彼女たちはドロテーアを直接見ることを許されていないようだ。ドロテーアが返事をしないところを見て、視線を泳がせた。
(震えている姿を見るなとでも言われているのかしらね?)
ドロテーアの返事はない。ならばこれ以上話す必要はないと、アンリエットはゆるりと微笑む。
「私はそろそろお暇しますわね。楽しい時間をありがとうございます」
「アンリエット! 無事に帰ってきたね! 何かなかったかい!」
部屋に戻った途端、兄のシメオンがやってきた。アンリエットが帰ってくるのをずっと待っていたようだ。
「まあお兄様。お茶会ですもの。何もありませんわ」
「嫌がらせとかされなかったかい?」
「嫌がらせなんて。ふふ。問題ありませんわ」
「それなら良かったよ。心配したんだよ。一応あれでも殿下の婚約者候補だからね」
「そうなんですよねえ。婚約者候補なのですよねえ。それより、お兄様、ベンディクス令嬢の弟の、フラン様ですけれど」
「ああ、優秀だという? 彼がどうかしたのかい?」
「将来は、殿下の下で働く予定はないのかと」
「どうだろう。殿下はともかく、ベンディクス当主が何と言うか」
「殿下は問題ないとお思いですか?」
「うん。殿下は身分など気にされないし、優秀であれば、性格に難があろうと、気にせず使われると思うよ。偏見などもない方だしね」
「なるほど、そうですわよね。私もそう思いますわ」
気になるのは、ベンディクス当主だけだ。ドロテーアは問題ない。そう思いながら、アンリエットはキロリとシメオンの後ろ手を横目に入れる。この部屋に入ってきて、なぜか腕がずっと後ろで組まれていた。
「お兄様、何を手になさっているのですか?」
「え、あ。いやー、手紙、手紙が来ていたよ!」
「なぜ私の手紙を、お兄様が持っていらっしゃるのかしら」
「たまたま、たまたまだよ! 執事が持ってきたところ、僕が受け取ったんだ。アンリエットに僕から渡そうと思ってね」
シメオンは何でもないとアンリエットに手紙をよこす。封はされたままだが、執事がシメオンに渡すはずないだろうに。誰から届いたのか気になったのか。きっと執事から奪い取ったのだろう。
記されているのはスファルツ王国からで、魔法使いからの手紙だ。急いで開いて読むと、気になったかシメオンが覗き込もうとする。
「お兄様」
「いや、なんて書いてあるのかなと」
「そうですわね。では、お兄様。お読みになる代わりに、お願いがあるのですけれど」
「お、お願い?」
「ええ、お願いです。殿下を説得してくださいませ」
アンリエットお願いに、シメオンは首が転がりそうなほど、大きく首を傾げた。




