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お言葉ですが今さらです  作者: MIRICO


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24/78

15 気持ち

「なんてことしてくれたんですか!」

 シメオンの大声に、ヴィクトルは耳を塞いだ。


「そう怒るな」

「怒りますよ! 家族全員で厳戒態勢だったのに。余計な真似を!」

「お前、妹が帰ってきてから、性格が変わっているぞ」

「話を逸らさないでください!」


 シメオンが怒っている理由はわかっている。パーティでのダンスの件だ。婚約者候補がいる目の前でアンリエットを庇い、なおかつシメオンの後にダンスを申し込んだ。婚約者候補とも踊らず、最初のダンスの相手として、アンリエットを選んだ。

 周囲がどんな噂をするのか、想像しなくてもわかる。デラフォア夫人が茶会でヴィクトルとの婚約などないと、笑い話にしていたという話も聞いた。それなのに、アンリエットだけとダンスしたのだ。


(今頃、皆が知っている話になっているのだろうな)

 アンリエットは、婚約者候補を断る理由に使われたと思っているのだろう。子供をあやすように、ヴィクトルと踊ったのだから。

 そんなに嫌なのですか? と言わんばかりだった。

 なんなら、仕方ないですね。とでも言いそうだった。


(ダンスに誘って、あそこまで意識されなかったのは初めてかもな)

「聞いていらっしゃるのですか? 殿下、妹はスファルツ王国で辛い思いをしたのです。妹に興味がないのならば、」

「興味はあるぞ?」

「は?」

「興味はあると言っている」

「ま、まさか……」


 シメオンが間抜けな顔をしたと思えば、途端顔を青ざめさせる。最近シメオンのイメージは狂いまくりだ。いつもシメオンの噂をしている女性たちに、この顔を見せてやりたくなる。

 青ざめたまま抜け殻のようになったシメオンは放っておいた。そのうちぶつぶつ言い始めたので不気味である。


(アンリエットに興味がないと思うのか?)

 興味はある。出会った当初からそうだった。どこの誰か調べたいくらいには気になっていた。

 執務を同じにするようになって、その真面目さに驚き、聡明さに感心した。

 ヴィクトルの前で、恥ずかしがることなく、視線を逸らさずに自分の意見を口にする。意思のある女性。今までに会ったことのない女性だ。


 フランと一緒にいるところを見ただけで、なぜか焦燥に駆られた。

 パーティでの美しさに目を奪われていれば、ドロテーア親子に絡まれていて、助け舟を出したつもりだったが、

「俺の出る幕ではなかったな」


 前向きな女性。嫌味を嫌味と捉えず、裏表なく返答する。

 あの性格で王太子代理としてよくやってこられたなと思う反面、それが好ましかった。王太子代理は王に認められることはなかったが、地方の貴族や民からは評価が高い。むしろあの性格だから、前に進めたのだろう。


 ダンスを誘ったのは、シメオンの後を狙う男どもが多かったからだ。

 だから割り込む形でアンリエットをダンスに誘った。シメオンはヴィクトルに気を取られ、気付いていなかったようだが。

 自分の妹がどれだけ魅力的なのかわかっているならば、ヴィクトル以外も気にしたらどうなのか。


 それにしても、と思う。

 気になるのはベンディクスだ。アンリエットを嫌な目で見ていた。婚約の噂を聞いていただけならば、あそこまであからさまな視線は向けないだろう。他の令嬢たちにあんな目を見せたことはない。

 ヴィクトルが声をかける前から、やけにアンリエットを敵視しているように感じた。


(ベンティクス家は叩いても出てくるものが少ないからな。もう少し深い場所で調査を行うしか)

 廊下を歩いていれば、後ろ姿だけでヴィクトルの心が浮き立つ。

 アンリエットだ。


「アンリエット嬢、」

 呼んで近付こうとすれば、柱の後ろに男の姿が見えた。またフランと一緒にいる。

 それだけで、胸の中に苛立ちが募った気がした。


(はは。落ち着け)

 男と一緒にいるくらいで、自分の恋人でもないのに苛立つなど、身勝手にも程がある。

 醜い嫉妬だ。


 だから気付くのだ。この苛立ちは嫉妬だ。ヴィクトルはアンリエットに興味があるだけではない。

 アンリエットが好きなのだ。

 その言葉がすんなりと胸の中で落ち着いた。苛立つ理由など、それしかなかった。


 アンリエットとフランはヴィクトルに気付いていない。

 二人の面持ちは真剣で、アンリエットがフランを気にしている。

(様子がおかしい。何かあったのか?)


「殿下?」

 アンリエットが気付くと、背筋を伸ばしながら、一歩前に出た。さりげなく、フランを背に隠したのだ。

 苛立つなと思いながら、ムカムカが胸の中に広がっていく。何を庇う理由があると言うのか。


「どうかしたのか?」

「体調が悪いそうなので、少し休まれていただけですわ」

「も、申し訳ありません」


 フランの顔色は青ざめている。だが、その理由ならばフランを背に隠す必要はない。アンリエットが隠したい理由があるのだ。そんなことで苛つくなと再度自分を抑えて、すぐに気付く。フランの体重のかけ方が普段と違った。


「足をどうした」

「あ、いえ、」

 後ろに下がろうとすると、一瞬顔をしかめる。ヴィクトルはフランの細い足に手を伸ばして、無遠慮にズボンの裾を上げた。


「いっっ!」

「これはどうした?」

 フランのふくらはぎに包帯が巻かれていたが、血が滲んでいる。

 フランは口を噤んだが、言わないでも想像がついた。ベンティクス当主か、娘のドロテーアの仕業だろう。


「はあ、治療室へ行くぞ」

「えっ。殿下!? うっ」

 フランの腕を自分の肩にかけてやったが、身長が低すぎて逆につらそうに声を上げた。


「おぶってやった方がいいか?」

「いえ、だ、大丈夫です。申し訳ありません」

「謝らなくていい。その必要はないから、そんな怪我をさせられた理由を教えるんだな」

「それは」

「殿下、まずは治療室へ参りましょう。衆目がございますので」


 アンリエットが小声でささやく。メイドが通り、何事かと近付いて来ようとしていた。フランは自分で歩けると、礼を言ってゆっくり歩き始める。

 家に帰るわけには行かず、書庫で過ごすつもりだったのだろう。そこでアンリエットに会ったのだ。方向から元々治療室へ行くつもりだったようだ。


 我慢して歩いて、休憩して、それをアンリエットが隠していたわけだ。

 私生児が父親と姉に虐待を受ける。それを表沙汰にしても、フランの立場は変わらない。むしろ噂が立てば悪くなるだけ。


(下らない嫉妬をしたな)

 自分の想いに気付いた途端、急に嫉妬深くなっている。それに羞恥して、ヴィクトルは普段通り前を歩いた。後ろからアンリエットとフランがついてくる。これで良かったのだ。


「ひどい傷だな。手当てもしなかったのか」

 ふくらはぎは傷だらけだ。みみず腫れになっていたり、皮膚が裂けていたりしている。明らかにムチで叩かれた跡だった。

「傷は拭ったのですが」


 治療室で治療をさせてから、別室で話を聞くことにしたが、最初フランは誰にやられたか口にしなかった。ならば、父親か娘に直接聞くが、と半ば脅して、口を割らせた。

 やったのは、ドロテーアだった。


「僕が悪いのです。ドロテーア様に屋敷でお会いして、ぶつかりそうになってしまい」

「それだけで、ですか?」

「機嫌が悪かったようです」

「ベンディクスは知らぬのか?」

 フランは沈黙する。知っていても、止めはしないか。


「聞いている話では、ベンディクス家を継ぐということだったが」

「そんな。今は勉強をさせていただいているだけです。僕なんかが当主なんて。おそらく補佐など、雑務をさせていただけるかどうかというだけです」

「わかった。とにかく怪我を治せ。傷の治療はここで毎日行うように」

「ありがとうございます」








「殿下、申し訳ありません。フラン様の事情でしたので、私がお話しする話ではないと判断いたしました」

 部屋を出て二人になれば、アンリエットがいきなり頭を下げてきた。その姿を見て、自分が恥ずかしくなってくる。ヴィクトルに対し、秘密にしたことを詫びたのだ。


「頭を下げるな。気にしていない」

 アンリエットはそれでも頭を下げている。黙ったまま、深く詫びるのだ。フランのために。

 アンリエットが秘密にしたのは、フランの名誉を守るためだった。わかっている。

 それでも、フランを守ろうとしたことに妬くなんて。


(まったく。そこまで彼女を気に入ったか)

 気に入ったでは済まない。もうとっくに惹かれていた。


「顔を上げてくれ。アンリエット嬢。君のことは信じているし、疑うこともない。そう簡単に首を垂れたりするな」

「殿下、」

「感謝もしなくていい」

 アンリエットが口にする前に、ヴィクトルはきっぱりと言い放つ。アンリエットが困惑するような表情を浮かべた。


「怒ったわけではない。いや、怒ったが、そのことで怒ったわけではない」

 感謝も詫びもいらないのだ。無理な願いとわかっているが、対等でいてほしい。


「はっきり伝えておく」

 ヴィクトルはアンリエットの瞳をじっと見つめた。この視線を独り占めにしたい。気持ちに気付いただけで、そこまで思うようなるとは。


「先ほどは、君がフランを守ろうとしたことに妬いただけだ」

「え……?」

「君が誰かといると、俺の心がかき乱されることを、覚えておいてほしい」


 アンリエットがシメオンのようにポカンと口を半開きにした。その顔ですら愛らしいと思ってしまうのだから、病気だ。


「無論、君には事情があって、多くの辛い思いをしてきたことは理解している。すぐに答えをくれと言っているわけではない。だが、俺が君を好ましく思っていることだけは、知っておいてほしい」

 ヴィクトルの言葉に、アンリエットの白皙の肌が、みるみるうちに赤くなっていった。


(ああ、その顔は反則だな)


 せめて意識はしてほしいと思うが、アンリエットは今後どんな態度をしてくるだろう。

 そんな意地悪なことを考えながら、その顔を眺めていた。

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