14 パーティ
「いいかい、アンリエット。ヴィクトル殿下との婚約など、一切出ていない。婚約などしない。まったくの誤解だ。そう言うんだよ」
「お兄様……」
「シメオン、やめなさい。そういうことは私がはっきりきっぱり断言しておくから」
「お母様……」
「うんうん。そんなことは間違ってもないと言っておくよ」
「お父様……」
家族みんな、なぜかヴィクトルを敵視しているがごとく、眉を吊り上げながらそんなことを言ってくる。父親は便乗しているようにも思えるが、冗談抜きでその質問が来たら、まったく知らぬことだと言うつもりだ。
事の発端は王妃との茶会。他にも令嬢がいたというのに、なぜかアンリエットがヴィクトルとの婚約間近だと噂された。家族はいち早くそれに反応。そんな噂を一掃すべきだと、母親が色々な茶会に参加して、端からその噂を否定していた。
そんな中、王族主催のパーティが行われることになったのだ。
三人とも神経を尖らせている理由である。
「殿下と婚約なんて、アンリエットが不幸になるだけだからね。爽やかに、断っておこう」
「お兄様、そんな話など出ていないのですから、殿下に失礼な真似はしないようになさって」
「アンリエット。これは戦いだよ。母上があれだけ茶会で否定してきたのに、未だ噂が消えないのだから」
「そうよ。アンリエット。今は婚約なんて考えられないわ。あなたがそのつもりでないのならば、はっきり言っておくのも手なのよ」
「そのつもりでもダメです!」
シメオンが噛み付くように反論する。家族はせっかく帰ってきたアンリエットの婚約を望んでいない。おそらく殿下云々ではなく、まだ婚約しないでいいという気持ちのようだ。アンリエットもその気はないので、それについては拒否してくれればありがたいと思っている。
しかし、ヴィクトルとの婚約話など出ていないのに、婚約などしないと言うのは、さすがに不敬な気がする。ヴィクトルの機嫌を損ねるだろう。
(殿下だって驚いてしまうと思うのよね)
婚約なんて考えたことはない。ヴィクトルも同じだろう。王太子殿下ということで、良い相手がいればそんな話もすぐに出るのかもしれないが、アンリエットは良い相手にはならない。
婚約破棄をされ、王太子代理の任を解かれて追い出された者など、ヴィクトルの相手にはならないだろうに。
「とにかく、アンリエット。僕の側を離れないように。ほら、行こう」
シメオンの伸ばされた手にアンリエットは自分のそれを乗せる。
家族なりにアンリエットを守りたいと思ってくれているのだろう。アンリエットは微笑んで、パーティ会場へ入った。
「デラフォア家の方々よ。あの女性が王太子代理の?」
「ヴィクトル様と婚約って本当なのかしら」
デラフォア家が呼ばれた途端、そんなざわめきが聞こえてきた。
城に通っているのに、ここまで噂されているとは知らなかった。アンリエットはヴィクトルの執務室と家を行き来するか、時折書庫に行くくらいなので、誰かと話すわけではない。それでも、そんな噂など聞いたことすらなかった。
(前のように情報を得ていた頃に比べれば、この国の情報なんて私の耳に入らないものね)
「お兄様、今日は色々な方とお話をしたいわ」
「そうだな。できるだけお前を紹介しよう。男はダメだ。近付けさせない。って言ってる側から」
「シメオン、そちらの女性は」
「妹は紹介しないぞ」
男性が声をかけてくればすぐそれである。シメオンは過保護だ。令嬢たちが羨ましげにこちらを見ているのも気になってくる。兄のシメオンの方が、女性と話した方がいいような気もしてくる。
シメオンは男性が近寄ってくると、すぐにアンリエットを背後に隠した。
それでもなんとかシメオンのお眼鏡に適った人々と話すことはできた。主にシメオンの上司や両親くらいの年の人ばかりだったが。
両親はすでに離れて、大勢の人と話している。シメオンも声をかけられて話がこむと、アンリエットは手持ち無沙汰になった。
「お兄様、私はあちらでお待ちしていますね」
「すまない。すぐに行くから」
王宮騎士団の副団長だ。当たり前に色々な人が話しかけてくる。アンリエットだけが一人で壁際に寄って、ぽつりと立ち尽くした。
(十年は長いわよね)
ほとんどの人が昔のアンリエットを知っていても、今のアンリエットを知らない。スファルツ王国に行っている間、ぽっかりと空白がある。
仕方のないことだが、寂しくも思う。
この国に残っていたら、どんな生活を行なっていたのだろう。両親や兄に守られて、自由に過ごしていたのだろうか。今では想像できない。何かしていなければ息ができない生き物になったみたいだ。こうしてのんびりパーティに参加していることも不思議でならなかった。いつもならば、あちこちに挨拶をして、様子をうかがって、誰が誰と繋がり何をしているのか、情報を得て吟味していたというのに。
エダンとは、婚約者といいながら、いつも政務の話をしていた。
この国にいれば、別の誰かと婚約していたのだろうか。それこそ、ヴィクトルとか。
そう考えて、急に恥ずかしくなってきた。
(今のはうそ。嘘よ。何を言っているの、アンリエット。婚約者候補になんて、私がなるわけないでしょう)
頭の中でぶんぶん首を振っていると、見覚えのある人が近付いてきた。
「あら、デラフォア令嬢。こちらにいらしたのですね」
声をかけてきたのはドロテーアだ。後ろには年上の男性がいる。ドロテーアの父親だ。アンリエットはすぐに礼をした。
「アンリエット・デラフォア令嬢ですわ。お父様」
ドロテーアの父親はワシの目のような鋭い瞳をアンリエットに向けた。固められたプラチナブロンドがドロテーアの色と同じだ。がっしりとした体格で、軍人のような人である。その人のグラスを持っていた手に大きな宝石のついた指輪が見えた。魔法のかけられた指輪だ。
(何の魔法かしら。防御の魔法には見えないけれど。王族のいるパーティで攻撃性のあるものはつけてこないはずだから、治療系の魔法?)
「何か気になることでも?」
「いえ、申し訳ありません。素敵な指輪をされていたので、目が離せませんでした」
「ただの指輪だ。気にするようなものではない。スファルツ王国では王太子代理をしていたようだが、宝石くらい見慣れているだろう。ずいぶん羽振りが良かったようだからな」
周囲がざわりと騒がしくなった。何のざわめきかわからないが、それよりも羽振りが良いという言葉が気になった。
(羽振りが良い? お金を稼いでいたことを言っているのかしら?)
実際アンリエットはかなりの額を稼いでいた。その金のほとんどをスファルツ王国の借金返済に充てることになったが。
伯父のマルスランがいなくなり、王だけになってから、多くの貴族が王を出し抜こうとしていた。王の知らないところで金品や権利が消えていく。監視が緩み、嘘をついても気付かれることがなくなっていったからだ。少しずつ蝕むように、国が傾きはじめていく。
それから立て直すのには、金が必要だった。考え得る、大きな儲けが出る方法を、エダンや宰相たちと考えた。アンリエット個人で正体を隠し、金を稼ぐこともした。
羽振りが良いと言われるのは心外だが、高価な宝石を手に入れることもしばしばあった。見慣れているといえば、見慣れている。
「価値のある宝石を目利きするのは得意ですわ。鉱山の売買で騙されることはありませんもの。損のない商売は必須でしたから」
「スファルツ王国の鉱山を王太子代理が直々に売買とは。良い身分だったようだ。個人的に金を稼いで、利益を得ていたとは」
再び周囲がざわめく。王太子代理ごときが鉱山を売買など、と言われては面目ない。一般人を装って購入することもあったので、問題になるかもしれないが、こちらは死活問題だった。利益は出ていたので、問題にはならなかっただけなのは確かだが、アンリエットだけで決めたわけではない。
「浮いたお金で平民の魔法使いを育成しました。地方に戻すことで還元もできましたし、その育成分の利益も得られましたから。地方創生のために必要な金銭ですわ」
アンリエットが答えると、ドロテーアの父親が一瞬眉を寄せた。気に食わない答えだっただろうか。隣でドロテーアも同じような顔をする。
(なにか失礼な答え方でもしたかしら?)
金は稼いだが、国の金だ。自分が使うわけではない。機嫌を損ねられる理由などないのだが。
「面白そうな話をしているな」
はて? と首を傾げそうになっていると、聞き覚えのある声が届いた。ヴィクトルだ。




