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11 婚約者候補

「はあ、何をしに行ったんだ、俺は」


 アンリエットが王妃の茶会に参加する。そう聞いて、ヴィクトルは終わる予定の時間を確認しておいた。そろそろ終わりだろうと様子を見に行けば、すでに終わった後。

 アンリエットは、シメオンに会いに行ったのか、帰ったのか。それともどこかに行ったのか、馬車を探せばまだ城内にいる様子。

 ならばやはりシメオンの所かと考えていると、強張った顔をして足早に歩くドロテーアを見かけた。


 来た方向は書庫だ。まさかと思い、書庫に行けば、仲睦まじそうに話している二人がいる。

(どうしてドロテーアの弟と?)

 フラン・ベンディクス。ベンディクス家の私生児。メイドだった母親と二人で暮らしていたが、頭が良いとわかってアカデミーに入れられた。


 ベンディクス家は娘のドロテーアしかおらず、ヴィクトルの婚約者候補であるため、もし結婚となればベンディクス家を継ぐ者がいない。親戚筋の子供を養子にする話があったが、その子供の成長に不安を感じたドロテーアの父親のベンディクス当主は、聡明であるという理由でフランをアカデミーに入れた。

 ベンディクス当主からすれば、打算で育てる程度だったようだが、遅くに入学したのにフランの成績は優秀。アカデミーでもトップの成績で飛び級し、今では本当に後継者になるのではと噂されている。


 しかし、ドロテーアはフランをよく思っていない。私生児が家門を継ぐことに強い拒否感があるのだ。プライドの高いドロテーアからすれば、私生児を当主とした実家を後ろ盾にしたくないのだろう。


(頬を叩いたのはドロテーアだろうな)

 ドロテーアは普段大人しい、良い子を演じているが、実際は感情の起伏が激しい女だ。周囲は演技に騙されているが、私生児の弟には本性で接しているのだろう。

 そのドロテーアがフランを叩いた時、アンリエットは側にいて、放っておけなかったのだろうか。

 ハンカチを渡していたのだから、そうに違いない。

 なのに、


「何でこんなにイラつくんだ?」

「殿下、どこに行っていたんですか。探したんですよ!」

 執務室に戻れば、書類の束を持ったトビアスが飛んでくる。書類に判を押せと言わんばかりに音を立てて机に置いた。


「もしかして、王妃様のお茶会を覗き見しに行ったのですか?」

「そんなわけないだろう」

「どうですかね。気になっていたのでしょう。王妃が彼女を呼んで、何を話すのか。婚約などの話はでないのか」


 婚約者候補を袖にしているヴィクトルにやきもきしている王妃。ヴィクトルが女性を執務に加えれば、王妃は気になるだろう。それで茶会に呼んだのではないか。それを、考えていなかったわけではないが、


「婚約と執務は別だろう。それに、デラフォア家のために彼女を呼んだ可能性が高い。デラフォア家とは懇意にしているから」

「でも心配だったんですよね。じゃあ、婚約話が出たらどうする気なのですか?」

「どうもこうも、婚約など……」

「デラフォア令嬢がお断りになると思いますけどね!」

 間髪を容れず言ってくるトビアスの言葉に、ヴィクトルは言葉を詰まらす。


「お仕事熱心な方ですから!」

「まるで俺が仕事以下のような言い方を」

「以下ではないですか」

「ぐっ」


 余計な世話だ。そもそも、婚約破棄をしたばかりの女性がヴィクトルに興味を持つと考えるほど、自分を過信していない。アンリエットも今は自分のことに集中したいだろう。デラフォア家の令嬢として立つには、障害が多い。


「それで、どちらにいらしていたのですか? デラフォア令嬢にお会いになったのですか?」

「書庫にいた」

「本当に追いかけたんですかー」

「呆れ声で言うな。たまたまだ。ドロテーアを見かけて、怒っているようだったから、デラフォア令嬢に何かしたのかと思ったんだ。代わりに弟が殴られていたが」

「私生児の?」

 トビアスがしつこく聞いてくるので、ヴィクトルは先ほどあったことを教えた。


「城の書庫を使っているくらいで、お怒りになったのでしょうかねえ? 弟は温厚だと聞いていますが。父親と娘はあれでも、良い噂しか聞きませんからね。私生児ということで、風当たりは強いようです。周囲からの理解があると言っても、少数ですから。差別する教授もいるそうですよ。彼が家を継いでくれた方が安泰な気もしますけどね。今年卒業でしたか。仕事の手伝いしてくれませんかね」


「執務に推薦すればドロテーアは黙るかもしれないが、それで噂が加速するのも困る」

「あはー。婚約間近ですかね。でも、世間は今日のデラフォア令嬢で噂いっぱいじゃないですか? 殿下だけでなく、他の令嬢たちもそう考えたと思いますよ。こんなに早く王妃様が茶会に呼んだのですから」

「そんな話は出なかっただろう。あまりに普通に接せられた」

「あはははは!」

「何がおかしい」

「いえー。本当に相手にされていないんだなって」

「喧嘩売ってるのか?」

「その方がいいじゃないですか。執務に支障がきたすより!」

「そ、れはそうだが」

「そうですよ。貴重な人材です。殿下に懸想して、仕事が疎かになったら困りますからね!」


 アンリエットがヴィクトルに懸想?

 考えて、アンリエットが熱を持った瞳で見つめる姿を妄想し、すぐに首を振る。


「妙なことを言うな」

「そんなことあり得ませんよ。きっとまだ婚約者のこと忘れられてないでしょう? いきなり追い出されたのですから。さ、仕事。仕事ですよ!」


 トビアスに急かされて、ヴィクトルは自分の席に座ると、書類を手に取る。

 アンリエットには婚約者がいた。しかし、王から追い出されて、その婚約はマルスランの娘に替わったと噂がある。

 アンリエットは長年共にいた男との婚約を、突然破棄されたのだ。

(婚約者を、忘れられない?)


「嫉妬しないでください。デラフォア令嬢が振り向いてくれないからって」

「嫉妬?」

「そうですよ。嫉妬しないでください。自分がモテなかったからって」

「おい」

「そこ、ちゃんと読んでくださいよ」

 憎らしい。トビアスは言いたいだけ言って、その話を切り上げた。








「何が嫉妬だ」

 ヴィクトルは王宮の廊下を歩きながらトビアスの言葉を反復して口にした。

 仕事中もその言葉が頭に浮かんでは、気持ちにもやをかけていた。


(嫉妬? 俺が?)

『モテなかったからって』

 トビアスの言葉が無性に腹立たしい。アンリエットが会ったばかりのヴィクトルに惚れるわけがないだろう。何を言っているのか。


「あら、ヴィクトル。不機嫌な顔をしてどうしたのかしら?」

「母上。いえ、ただ今仕事を終えてきたところです。母上は、本日は令嬢たちを集めて茶会を行ったとのことですが」

「ふふ。気になるの?」


 王妃の含んだような言い方に、問うべきではなかったと後悔する。まるでアンリエットを婚約者候補に入れたのか聞きたがっているようではないか。

 王妃はもう一度ふふ、と笑う。


「面白いお嬢さんね」

「とても真面目な方です」

「ドロテーアが気にしていたわ。あなたの執務に女性を入れたことを。今までそんなことはなかったでしょう?」

 不満でも口にしただろうか。アンリエットが優秀なだけで、勘繰ることはないと言うのに。


「立候補者がいなかっただけです。それに彼女は王太子代理を行っていた方ですから、これほどの適材適所はないでしょう。実際、とても助かっています」

「そうなのね。彼女を婚約者候補にすることについては、どう思うかしら?」

 王妃は直接そんなことを問うてくる。最近余程ヴィクトルに結婚してほしいようで、誤魔化しもしない。


「母上までそのようなことを。トビアスから仕事の邪魔になるものは避けてくれと言われたばかりですよ」

「トビアスは王太子の幸せより仕事が優先なのかしら」

「先ほども言った通り、彼女はとても仕事熱心で、私の助けになっています。私から大事な部下を取るのはおやめください」

「婚約者が働いても良いと思うのよねえ」

「母上」

 本気か? 王妃はとぼけた顔をして、困ったように唸ったが、すぐに真顔に戻る。


「ヴィクトル、経過というものがあるのよ。どこで分岐するかわからないのだから、見極めることは必要でしょう」

 誰のことを言っているのか。茶会で何かあったか、詳しくは入ってこない。アンリエットが何かをしたのか、それとも、


「忘れてはならないのは、私たちは王族で、国を、民を、守る者であるということなの」

「もちろんです」

 ヴィクトルの返事に、王妃はにこりと微笑む。


「初心は忘れてはならないわね」

 王妃はそのまま廊下をすれ違い行ってしまった。

 今の話はドロテーアの話か? ドロテーアを婚約者候補から脱落させる気か?


(だからアンリエットを呼んだのか? デラフォア家の面目のためではなかったのか?)

「茶会で何があったんだ?」


 茶会やパーティでは、時折問題が起きる。

 婚約者候補の一人が騎士と親密だとか、他の婚約者候補に無礼を働いたとか、そこに事実がなくとも噂されれば払拭するのは難しい。ゴシップはどこでもあるが、殊にヴィクトルの関係者には多くつきまとう。


(パーティでも嫌がらせはあるからな)

 わざと転ばしたり、ドレスを汚したり。

 アンリエットがそんな目に遭ったならば、会った時に気付いただろう。ドレスが汚されたようではなかったし、気落ちした雰囲気はなかった。むしろ明るく、フランと親しく話していた。


 その顔を思い出して、また胸の中にもやがかかる。なぜか気に食わない。

 ヴィクトルは大きく息を吐く。トビアスのせいでおかしなことを考えてしまうようだ。


「彼女が嫌がらせをされた雰囲気はなかったが」

 アンリエットは暗い顔をすることがないため、何とも言えないが、おかしなことはなかったと思う。

 しかし、王妃の言い方では、婚約者候補があらぬ方向に向かうのならば、切り捨てるということだった。

 ヴィクトルにとってドロテーアが婚約者候補から外れるのはありがたいが。


 ドロテーアの家門は古くから王族に忠誠を誓ってきた、密接な関係を持つ一族だが、力を持ちすぎた感がある。影響は強く、多くの家門がベンディクス家の圧力に平伏している。

 王妃はドロテーアの、何としてでも王太子の婚約者になるのだという気概を気に入っている。ドロテーアの父親については様子見というところで、まだ表立って問題は起こしていないため放置だ。しかし、ドロテーアが婚約者となり、王太子妃となれば変わるだろう。ドロテーアの父親はドロテーア以上にクセが強い。


 ドロテーアの父親に、きな臭い噂がないわけでもない。

 顔を思い出して、眉をひそめる。気に食わない。ヴィクトルのこの勘は、違えたことはなかった。

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