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10−3 お茶会

 アンリエットは集中して、女性たちの話を聞いたり、積極的に意見を口にしたりした。アンリエットに興味がある人も多かったが、そこまで深く追求されるような質問はなかった。王妃がやんわりと助け舟を出してくれるからだ。

 王妃はアンリエットが女性たちの輪に入りやすいように、この茶会を開いてくれた気がする。


「そろそろお開きにしましょう。皆さんのお話が聞けて楽しかったわ」

 王妃の号令でお茶会は終了した。特に問題なく終えて、ほっと安堵する。


「本日はご招待いただき、ありがとうございます」

「楽しんでくれたのなら良かったわ。また会いましょうね」

 気安く誘われて、アンリエットは礼をする。ヴィクトルと同じように接しやすい人だ。さすが親子というところか。


「さ、帰りはお兄様に挨拶をしてからにしましょうか」

 シメオンはどの辺りにいるだろうか。誰かに声を掛けて、場所を教えてもらった方が良いだろう。庭園から建物内に入りうろうろしていると、女性のスカートが目端を移動した。


(お茶会にいらした方かしら)

 声を掛けようと追いかければ知っている廊下に入る。書庫への廊下だ。ここまで来れば道はわかるので、書庫で聞いた方が良いだろう。令嬢も見失ってしまった。

 ついでに本を見ていこうか


(今は屋敷の書庫で本を読んでいるけれど、城にあるものは違うでしょうから)

 そう思った時、バチン、と何かを打った音が廊下に響いた。


「こんなところにまた来ているの!? だから王妃様が噂されるのよ。恥ずかしいから、城でうろつかないでちょうだい!」


 声の主はドロテーアだ。目の前にいる人を平手打ちしたようで、男の子が頬を押さえている。ドロテーアは踵を返してその場を去っていく。分岐した廊下にいたアンリエットに気付かず行ってしまった。

 一体誰が殴られたのだろう。男の子をもう一度見て、アンリエットは声を上げた。


「あなたは。だ、大丈夫ですか?」

 書庫で会った男の子、その子の頬が真っ赤になって膨れ上がっている。どれほどの力で叩いたのだろう。指の跡まで見えるようだ。


「冷やしましょう。みみず腫れになってしまっています」

「あ、ありがとうございます。あの、」

「アンリエットと申します」

「あなたがデラフォア家の? 名乗りもせず、失礼しました。フラン・ベンディクスと申します」


 ベンディクス。先ほど王妃たちが話していた、ドロテーア・ベンディクスの弟だ。

 弟にしては髪色が違う。ドロテーアはまっすぐなプラチナブロンドだが、フランはまっすぐでも栗色の髪色だ。癖のない髪は同じなので髪質は同じかもしれないが、顔もあまり似ているように思えなかった。


 アンリエットは魔法で冷たい水を出し、ハンカチを濡らすと、フランの顔にそっと触れた。フランはびくりと揺れて、避けるように顔を動かす。


「痛いですか?」

「いえ、大丈夫です。申し訳ありません。デラフォア令嬢のハンカチが」

「気にしなくて大丈夫ですよ。それより、話の内容を少し聞いてしまったのですが、先ほどのお茶会で、王妃様は褒めていらっしゃいましたよ。気を落とさないでください」


 ドロテーアの雰囲気から見るに、あまり良い関係は築けていないようだ。その理由はなんとなく察せられて、アンリエットは王妃の褒め言葉を伝えた。教授の話まで聞いているのだから、気にすることはないと。

 フランは今まで我慢していたのか、ふるりと体を震わせた。


「僕は、私生児なんです。だから姉上が僕を恥だと思っていて。城で目につくとお怒りに」

「ですが、お勉強はお好きなのでしょう? その気持ちは大切ですから、気にされない方がいいですよ。お怪我をしないように、見つからないようにされた方が良いかもしれませんが。普段から書庫を見張られたりしているんですか?」

「いえ、初めてです。前にも注意されましたが、それは誰かに聞いたみたいで」

「そうなのですね。では、書庫に来る時だけ、変装するのはいかがですか?」

「変装ですか!?」

「私も昔、こっそり動きたい時は、町娘の格好をして動いていたことがあるんですよ。色々なことを知りたくて」


 国全体のことがわからなくて、身分を隠しあちこちに顔を出していた時期がある。エダンには呆れ顔をされたが、地方の町ではそれが必要だった。何がどれほど必要なのか、身分の高い者には言えないことがあるからだ。


「好奇心を捨ててはいけませんよ。その好奇心はあなたの財産となるのですから。今日もこれから書庫ですか? よろしければご一緒しませんか? 一緒に行けば、私に付き合わされたと言えるでしょう。今は何を調べていらっしゃるのですか?」

「あ、ありがとうございます。今はまた、神話を調べていて」


 フランは神話を実話として考え、資料を探しているそうだ。

「精霊が人間を見捨て、魔物と戦う日々を迎える。その精霊が帰った場所を探しているんです」

「精霊が、帰った場所、ですか?」


 アンリエットも神話は読んだが、場所などは記されていない。そもそも物語のようなものなので、現実の場所など考えたことはなかった。フランの考えでは、そういったモデルの場所があるのではないか。とのことである。


「神話はわかりませんが、その後の伝記の場所は存じていますよ」

「伝記の場所?」

「スファルツ王が好んだ、伝記です。精霊の力を得た者が、王族の祖先であるという、伝説。精霊と出会った方は、森で迷子になってしまったのです。その森は、スファルツ王国とクライエン王国の境にあると言われています」

「ち、地図を」

「この辺りですね」


 森は山に繋がっており、スファルツ王国とクライエン王国を跨いでいる。クライエン王国の方が三割ほどで、前にヴィクトルが言っていた魔物出没の話も丁度この辺りだ。討伐は進められて、魔物は追い返したと聞いている。


 元々森が深く、人も住んでいない山に繋がっている。岩場や崖が多い場所で細い川があちこち流れており、人が近付きにくい地域になっているため、伝記のモデルとしても良い場所なのだろう。昔の人々はこの山を崇めていたため、人が入ることを許していなかった。今でも道は整備されておらず、細い道が両国を結ぶだけ。短い距離で行き来できるが、その分危険が多い。


「この場所は……」

「ご存知ですか?」

「いえ、なんでもないです」


 フランは焦ったように首を振る。なんでもないようには見えないが、深く追求してもだ。フランは神話の時期や場所がわかるような資料を探したがったので、アンリエットもそれを手伝った。

 考証の本などはないため、資料を集めてくる。神話が作られたとされる時代の歴史書や、古代の地図、残っているだけの小さな資料。あれやこれやとフランと意見を言い合い、フランの推測を現実に照らし合わせていく。


「デラフォア令嬢とお話しできて嬉しく思います。僕の話を真剣に聞いてくれて」

「とても楽しいですわ。興味深いですもの。新しいことを知るのは楽しいですものね。私も勉強になります」


 アンリエットの言葉にフランは頬を紅潮させた。少しはドロテーアのことを忘れられただろうか。私生児だからといって、学びを止めるようなことがなければ良いのだが。


「ここで、何をしているんだ?」

 声が届いて、フランが勢いよく立ち上がった。アンリエットも続いて、礼をする。

「で、殿下にご挨拶いたします」


 声を掛けてきたのはヴィクトルだ。一人で書庫に用があるのだろうか。じろりとフランを睨め付ける。ヴィクトルが私生児だからと偏見の目で見ることはないと思うのだが。機嫌でも悪いのだろうか。

 アンリエットは前に出て、にこりと微笑んだ。


「神話の話を教えていただいていたのです」

「神話? 二人は知り合いなのか?」

「前に一度お会いして、先ほども偶然。行き先が同じでしたから、ご一緒させていただきました」

「王妃との茶会は終わったようだが? 君は何の本を探しているんだ?」

「法務の本でも探そうかと」

「ならば、この書庫より専門書のある書庫の方がいい。ここは一般向けだ」


 ヴィクトルが部屋を移動しようと促す。フランも一緒にと思ったが、フランは遠慮するように、僕もそろそろ戻ります。とアンリエットを見送った。


「あのハンカチは君のではなかったのか?」

「刺繍は得意ではないのですけれど、お恥ずかしいですわ」

 フランがハンカチで頬を押さえていたので、何に使っているかはわかっただろうか。何のために渡したとは問われない。アンリエットは詳しく話さなかったが、ヴィクトルも何も言わずに前を向いて歩いていく。


「法務の本ならばここを使うといい。書庫を行き来するより、こちらの方が楽だろう」

「ここは、私のような者が使うのはよろしくないのでは?」


 資料室のような部屋だ。貴重な資料も置いてあるのではないだろうか。ヴィクトルの執務室に近い場所で、鍵がかけられていた。魔法の鍵だ。ヴィクトルは扉に手を触れるように言う。

 アンリエットが触れると、ドアノブの上に真っ赤な魔法陣が現れた。ヴィクトルが呪文を唱えると青白く光る。アンリエットの魔力に反応して、扉の鍵が開くようになった。


「君は俺の執務室に出入りする人だ。貴重な本もある。好きに使うといい」

「ありがとうございます!」

「それより、コホン、先ほどは、何を話していたんだ? 神話と言っていたが」

「スファルツ王国の神話のお話です。魔物の出現率や時期など、神話に絡ませて面白い推測をされていました。精霊の話なども」

「趣味が合うように見えた」

「努力されている人は好きですわ」

「好き!?」

「はい。とても好感が持てます。応援したくなりませんか?」

「いや、そうだな」

「あ、そろそろ戻らないと兄が心配するので。こちら、本をお借りしてもよろしいでしょうか」

「後で運ばせる」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 丁度目の前にあった分厚い法典を手にして、アンリエットはそのままヴィクトルと別れた。

 シメオンに会いに行かなくては。茶会が終わってから時間が経ってしまった。まだ終わらないのかと、心配しているに違いない。


 ヴィクトルも心配してくれたのだろうか?

 そんなわけはないと思うが、


「どうして書庫にいらしたのかしら。本を借りに行かれたわけではないわよね?」

 わざわざヴィクトルが書庫に? 誰かに頼めばいいものを。不思議に思いながらも、アンリエットはシメオンの元へ小走りで向かって、そのことはすぐに忘れてしまった。

最初の方、文が抜けていたので追加しております。

すみません。

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