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9−2 思惑

 人気のない場所で、エダンは待っていたマーサを見下ろす。マーサはふっくらとした体を縮こませて、さらに丸くなった。

 アンリエットのメイドを長く勤め、アンリエットも懐いていた。今はその立場ではなくなり、メイドをクビになって家に戻っていた。そのせいで確認が遅くなってしまった。


 セシーリアが見つかったと王に知らされた時、エダンが想定したことは、アンリエットをセシーリアの側近とさせるか、もしくは国へ帰すことだった。あれだけの仕事を誠実に行っていたアンリエットを、捨てるはずがない。そんな皆が考えることを、王が考えるとは限らない。王が選ぶのは後者であることはわかっていた。


 だからすぐにマーサへ、マルスランの娘が見つかり、アンリエットが追い出される可能性があるため、出ていけと指示があり次第、身を隠すようにと伝えさせていた。マーサの家でもどこでもいい。一時隠れられる場所に留まらせておけと。


 エダンはそのままセシーリアを迎え入れなければならなかった。ここで揉めても無駄で、王の言う通り受け入れて、後でその素性を調べさせて対応するつもりだった。

 それなのに、マーサに説明を聞いていなかったアンリエットは、そのままクライエン王国に帰ってしまったのだ。


 エダンがセシーリアの相手をしている間、アンリエットに会うことはできない。王に従順であるように見せるため、放っておいたのが間違いだった。


「ベルリオーズ様からの使いから話を聞いた直後、騎士やメイドたちがやってきて、部屋にあるアンリエット様の私物を集め始めたのです」

 マーサたちメイドや、アンリエット付きの騎士たちもそれを止めたが、王の命令だと言われては対抗できない。エダンの使いの話を先に聞いていたが、先に部屋を片付けるとは考えていなかった。それを悔しい思いをして眺めていた。

 その荷物をどうするのか。部屋を片付けてどうするのか、問うても教えてくれることはなかった。


「ですが、そこで聞いたのです。これでメッツァラ様も喜ばれるだろう。と」

「メッツァラ?」


 ヤーコブ・メッツァラ。その昔、マルスランに隠れて王を操ろうと躍起になっていた男だ。マルスランはそれを阻止するために地方の領地を与え、王から離れさせた。しかし、マルスランがいなくなり、愚かな王をそそのかして都に戻ってくると、王への忠信を見せ王へ取り入った。その忠信もまやかしだが、王が気付くはずがない。アンリエットが台頭するようになって、アンリエットもメッツァラの動きに注視していた。メッツァラからすれば、姪のアンリエットも邪魔だっただろう。


 ここで名前が出てくるならば、セシーリアを王の娘として誘導したのはメッツァラではないかと疑いたくなる。セシーリアがどうして城へ来ることになったかの理由は聞いたが、メッツァラが関わっているのならば、エダンの耳に入らず城まで来られたことの理由にもなる。マルスランの娘が見つかったと聞けば、王はすぐにエダンに話すだろう。だが、それはなかった。エダンの耳に入ったのは、セシーリアが城へ到着する寸前だ。

 王に口止めしても漏らすのが王だ。ならば直前まで知らせず、事を進めていた者がいることになる。


「メッツァラが王の命令として部屋を片付けさせても、アンリエットを止めることはできただろう」

「私たちはそのまま追い出され、アンリエット様にお会いすることはできませんでした。ですから、クライエン王国へ戻るように仕向けました」

「なぜ、そのような真似をした!?」

「アンリエット様をこちらに留めても私たちは関われないと気付き、アンリエット様の身を案じたからです。私は騎士に聞きました。部屋を片付けられては、アンリエット様はどこへ行けば良いのかと。その騎士はこう言いました。一文なしで追い出されれば、どうなるかくらいわかるだろうと」

「なんだと?」

「その中で、片付けるふりをして宝石などを盗んでいた騎士に気付いたのです。私はその男に別の宝石がしまわれている場所を教え、せめてアンリエット様にカバンくらいは用意したいと願いました。男は単純で、それくらいなら許してやろうと言い」


 それでアンリエットの荷物を用意した。アンリエットがすぐにでも城を出られるようにしたのだ。その前に、マーサたちはそのまま騎士たちに城を追い出されてしまう。家に戻るまで騎士がついてきて、城に戻ることも、道で待つことも不可能だった。


(王は、部屋はもぬけの殻だったと大袈裟に言っていた)

 アンリエットは泣いて乞うような女ではないが、王はそれを想像していたのかもしれない。しかしアンリエットは荷物をまとめて出て行った。それは、王にとってプライドを傷付けられたも同然。王は綺麗になった部屋に歯噛みしただろう。役立たずが、あるだけの物を盗んで国に帰ったのだとでも言って。


 しかし、その部屋を見たアンリエットは、絶望しただろう。役立たずと罵られて部屋に戻れば、私物が片付けられている。その上、味方だったマーサたちがどこにもいない。

 そうであれば、アンリエットは潔く城を出ていく。


 部屋を片付けろという命令を、王は出していない。部屋が片付けられていたことにいきり立つくらいだ。ヤーコブ・メッツァラがアンリエットの性格を考えて行ったのかもしれない。

 想定通り、アンリエットは素直にそれに従った。マーサの用意したカバンを持って。


「余計な真似を」

 呟きに、マーサが体に力を入れた。

 そこで城から出た方が危険だろうが、アンリエットに何事もなかったのは、早く城を出たからか。予想以上に早い脱出で、追っ手を出すのが遅れたのかもしれない。城から出されたアンリエットがのんびり町を歩くとでも思っていたのかもしれないが、アンリエットは市井に詳しい。帰ると決めたからには迷いなく進んだだろう。想像がつく。


「無事に帰れただけましだが」

 デラフォア家には間違いなく着いている。アンリエットの母親から、怒りの手紙が届いたからだ。宰相が頭を悩ませていた。そのまま王に見せるか迷っていたので、エダンが捨てさせた。無駄に王を刺激する必要はない。


 ただ、アンリエットが一度クライエン王国に帰ってしまえば、連れ帰るのは容易ではない。

 王太子代理に復帰できると言っても、もう家族はアンリエットを出す気はないだろう。必ず反対されて、王はそれを説得できない。


 そうなれば、セシーリアが王女として王の跡を継ぐことになるが。

(王配になればセシーリアは扱いやすいだろうが、劣化版に教育するなど、考えるだけで頭が痛い)


「マーサ、お前をセシーリア付きのメイドに推薦する」

「私が、セシーリア様のメイドですか!? そんなこと、王が許さないと思いますが」


 マーサをクビにしたのもヤーコブ・メッツァラの仕業に違いない。ならばまずはセシーリアに人をつけた方がいいだろう。

 王太子代理の世話は慣れていて、新しい者をつけるより慣れた者をつけた方がセシーリアの力になる。そんなことを言っておけば、王は簡単に許すはずだ。

 マーサは本当にマルスランの娘かもわからないセシーリアに仕えたくはないかもしれないが、セシーリアの側にいれば何かと使いやすい。


「セシーリアを懐かせて、素性を探れ。ヤーコブ・メッツァラとの関わりでもなんでもいい。情報を得ろ。偽者だと糾弾できれば、アンリエットは戻ってこられる」

「それは、そうですが」

「アンリエットを連れ戻すには、あの女は邪魔だ。それを助ける、ヤーコブ・メッツァラもな」


 エダンの言葉に、マーサは静々頷いた。

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