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9 思惑

「エダン様、そろそろ休憩されませんか?」

 マルスランの娘として迎え入れられたセシーリアが、胸元に重そうな宝石を飾ってやって来た。

 アンリエットがいなくなったことにより、多くのことが行き詰まっていると宰相から相談されて、エダンはその対策を練っている時だった。


「申し訳ありませんが」

「少し休憩しないと、疲れちゃうじゃないですか。おいしいお菓子を用意したんです。最近私も気に入っていて、よく食べているんですよ。お茶も淹れますね!」


 セシーリアはメイドからポットをぶん取って、茶器にお茶を淹れる。エダンはメイドを横目で見るが、メイドは止められないのだと言わんばかりにうつむいた。

(役に立たないな)

 何が入っているか分からないものを、口にすると思っているのだろうか。


「王女様、課題は終えられたのでしょうか?」

「頭がいっぱいになってしまったから、休もうと思ったんです。ついでと言うわけではないですけれど、エダン様もお忙しそうにされていると聞いたので、一緒に休憩しようと思いまして」


 それでそんな宝石を首にかけて、やけに派手なドレスを着、わざわざここにやって来たのか?

 どこのパーティに行くつもりなのかと聞きたくなるほどだ。エダンが城に訪れたことを耳にして、急いで飾り付けたのか。普段からそのような格好で学んでいるのか問いたくなる。


「では、これをお読みになりながら、休憩されるのはいかがですか?」

「え、これって」

「これを覚えてもらう必要があるので、休憩中も読まれると良いでしょう。明日にはテストを行い、覚えているかを確認するのはいかがですか? 覚えることはまだまだたくさんありますから」


 エダンが出したのは法典の本で、読み慣れている者でも一時では読み終えられない厚さのあるものだ。

 セシーリアは青ざめた顔をするが、アンリエットはこの本をよく読んでいた。問題があればすぐに対処できるように、自主的に読み耽っていたからだ。

(愛読書にはしたくない本だがな)

 アンリエットの努力を少しでも見習ったらどうだろうか。そうであれば、ここまで迷惑をかけられることはない。


 セシーリアはブルブル震えると、急にふらりと床に崩れ落ちた。

「セシーリア様!?」

 メイドが叫んで、急いでセシーリアに駆け寄った。エダンも声をかける。セシーリアは弱々しい声で、少しめまいが、と口にした。


「部屋にお戻りになった方が良いでしょう。王女様をお部屋へお連れしろ」

 エダンが護衛騎士に命令すれば、ふらつくセシーリアを抱きかかえて連れて行く。用意されたお茶はメイドが持って帰った。喧騒がなくなって、エダンは何事もなかったように宰相に向き直す。


「それで、平民の魔法部隊が何と言っているんだ?」

「アンリエット様がお戻りにならなければ、魔物討伐には行かない。と申しているようです」

「愚かだな。彼らが行わなければ、結局村に魔物が入るだけだろう」

「抵抗できることがそれしかないのでしょう」


 アンリエットがクライエン王国に戻ったという話が地方へ届いたせいで、民はにわかに騒がしくなった。アンリエットに助けられたのに、その王太子代理を王が捨てたと噂されたからだ。

 平民の魔法部隊はアンリエットに恩がある。地方の貴族にも影響があるはずだ。何もしてくれなかった王に比べて、アンリエットの所業は彼らにとって輝かしい。


「地方に噂をまいておけ。王太子代理は戻ってくると」

「それは、……いえ、そのようにさせます」

 宰相は一度反論しそうな態度を見せたが、すぐに頷く。


 アンリエットが戻らない限り反感は買うのだから、嘘でも噂を流しておけばいい。平民の魔法部隊は独立した機関だ。領主たちとは協力し合う立場だが、身分は平民のまま。反逆とみなされれば規律通り魔法を封じることになる。問題は、領主がアンリエット派で反王派の場合、領主に大きな武器を渡すことになるが、すぐに反乱を起こすわけではないのだから目をつぶる。どうせ王は気にもしない。

 問題が起きる前に、アンリエットを連れ戻せばいい。


 エダンはいくつかの問題に指示をして、執務室を出る。アンリエットの執務室の椅子は空いたまま。あの椅子にセシーリアが座るのは、宰相も避けたいだろう。セシーリアに幾人もの家庭教師がついたが、勉強は捗らない。学ぶ姿勢はあるとのことだが、今の様に逃げてくるのを見る限り、信用性はない。

 宰相も頭を悩ませている。目元のくまが目立ってきていた。そもそも、セシーリアをアンリエットの代わりにすることなど、不可能だ。


 日に日にアンリエットを戻したいと思うようになるだろう。アンリエットの努力を側で見ていた男だ。王とアンリエットを天秤にかければ、アンリエットを選びたいと考える。

 それでも、マルスランの娘と言われれば、その天秤も揺らいだ。マルスランの娘というだけで、継承権の順番はセシーリアが一位になってしまうのだから。

 考えただけで、鼻で笑ってしまう。


「どこぞで拾った女を、娘だと?」

 エダンもマルスランの娘が現れたと知ったのは、セシーリアが城へ来る直前だった。王に呼ばれて、どうせ途方もないことに文句が言いたくて呼んだのだろうと、面倒ながら王の元へ向かった。

 王は文句を言っていないと生きていけない。目の前にある何かにケチを付けて、それについて延々と貶すのが趣味だ。

 聞いているだけでうんざりするのは、同じ言葉を羅列して、いかにマルスランが優秀だったかを唱え、その親である自分はなんと素晴らしい者であるか、賛美を待つように話すことだ。


 王は甘やかされて育ったのか、プライドだけはどんな山よりも高い。失敗があれば全て自分以外の者のせい。想像の自分と本物の自分がかけ離れていることを、潜在意識の中で恥じているのだろう。

 生まれた息子は自分の妄想する人物そのものだった。だから、マルスランは特別で、マルスラン以外いない。王はマルスランを自分自身のように思い、マルスランの成功はすべて自分のものだと思い込む。


 マルスランの妹も王に似ず聡明だった。しかし王にとって娘は特別でなく凡人で、評価に値しない。精霊の力を得られた者が男だったと言われているからだろう。そのため、その娘であるアンリエットも凡人だ。アンリエットがどれだけの成功を収めても、マルスラン以外の存在のため、価値がないのだ。


 だが、セシーリアは違う。マルスランの娘だ。なにか失敗をしても、しばらくは目をつぶるだろう。マルスランの娘だから、問題ないのだと言って。

(その娘の生い立ち。それを確実に掴まなければ)


 アンリエットの部屋は、まだ鍵が閉められている。その鍵を手に入れて中に入れば、王の言う通り、もぬけの殻だった。

 誰が指示して、あそこまで片付けたのか。マーサに言い訳を聞くことができたのは、アンリエットがいなくなって三日後のことだった。

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策士ぶってる奴の破滅が今から楽しみや〜
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