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キッチンカー物語

「よっ」


 目の前に居るのはエビだ。

 海老蔵とかではなく、エビだ。

 種類はホッコクアカエビ、別名甘エビ。


 彼は突然擬人化して、私の前に現れた。

 そして、彼はこういうのだ。


「グラタン作りや」


 ここはタコス専門店だ。

 グラタンはフランス、タコスはメキシコ、国がもう全然違う。


 彼が現れたのは3年前のことであった。

 私はキッチンカーでタコスを売っている訳だが、そのお客さんとして彼は現れた。


 180cmはあるであろう人型のエビ。

 魑魅魍魎であるが、私は別に驚きはしなかった。

 昔から、私はそういう性格なのだ。


「なんでグラタン出さへんねん」


「ここはタコス屋さんだからだよ」


「ほな何で牛丼屋さんはカレーを出すんや」


「それはカレーは美味しいからだよ」


「グラタンはまずいって言うんかいな」


「んーん、グラタンは美味しいよ」


 こんな会話を毎日のようにしている。


 グラタンを出せ、グラタンは出さない、このやりとりに何の意味も価値もない。


 キッチンカーから覗く、だだっ広い公園。

 遠くで遊ぶ子供たちを見ながら、私はタコスを無心で口に運んでいる。


 お気づきかもしれないが、大変暇である。

 時刻は12時、お昼大戦争に、私は毎日のように負けている。


 周りには他のキッチンカーが並ぶ中で、私はとうとう端っこに追いやられてしまった。

 私の夢は、全盛期を迎える前に儚く散ったのだ。


「グラタン出せば売れるって」


「どうなんだろうね」


「何や、覇気が無いな」


「いつものことでしょ」


「最初に会った時はもっと目ギンギラにしてたやん」


「夢ってね、追い始めた時が一番楽しいんだよ」


 今日もどうせ客は来ない。

 貯金も底を尽きてきている。

 ここらが、潮時なのかもしれない。


 裕福な暮らしを夢見ていた訳では無い。

 ただ楽しく人と話してタコスを売ってと、普通に生きていたかった。


 気づいた時には、この有様であった。


 どうせやることも無い。

 卒業記念だと思って、私は隣のエビに首を向ける。

 腹立つ顔だが、私は乗ってみることにした。


「グラタン、作ろうか」


「お! まじかいな! 急にどないしてん!」


「3年も念仏のように唱えられたら脳が麻痺した」


 私は早速グラタン作りの為に腰を上げた。

 実際、1度も作ったことは無いが、タコスは初めての時上手くいった。


 ネットで検索して、思うままにまずは材料を探し出す。


 チーズ、バター、牛乳、その他調味料はあった。

 しかし、マカロニやじゃがいもなど、ベースとなるものがない。


 あるのは、右手のニンジンだけ。


「しょうがない、キャロットグラタンにしよう!」


「オモロいやん! ええねん普通とかにせんでも!」


 ポテトグラタンの要領で、ニンジンを乱切りにカット。


 予めニンジンは湯掻いておき、その間にホワイトソース作りを仕上げてしまう。


 ここで私のオリジナル要素を投入。

 ペースト状にしたニンジンを入れて、オレンジ色のホワイトソースにする。


 そして湯掻いていたニンジンをグリル皿に乗せ、そこにホワイトソースとチーズを加えてオーブンで焼く。


 最後にバーナーで少しだけ炙ったら、はい完成。


 私オリジナル、キャロットグラタン。


「さて、毒味をどうぞ」


「目の前で見とったんや、毒入っとらんやないかい」


 エビはゆっくりグラタンを口に運ぶ。


 すると、無表情だったエビの顔は一変。

 花畑を見ているかのような表情になり、バカ丸出しで惚けている。


 私もとりあえず一口食べてみる。

 一度鼻の前で匂いを嗅ぎ、そのまま口に放り込む。


「わぁ……」


「わぁ……」


 私とエビは、揃ってバカ丸出しになった。


 ニンジンの甘みが、バターのコク、チーズの塩気と絶妙に合っている。


 会えて少しだけ食感を残したニンジンが、これまた良いアクセントとなって食べやすい。


 大人はもちろん、野菜嫌いの子供も大喜び間違いない代物だ。


「すみません、この匂いは何ですか?」


 私達が惚けていると、通りすがりに1人の男性が声をかけてきた。


 キッチンカーをやって3年、実は初めてのお客さんだ。


 私は、3年前に練習した接客を今、披露してみせる。


「いらっしゃい!」


 メニューには無かったが、その男性をきっかけに、キャロットグラタンを求める行列が10分程で出来上がった。


 まさか、本当にグラタンを出して成功するとは思ってもみなかった。


「エビ、ありがとう」


「なんや改まって」


「あんたは分かってたんだね」


「どうやろな、俺はきまぐれを言ってただけや」


 素直じゃない。


 でもそんなところが、意外と憎めないのだ。


 そして、私はエビにもう1つ抱いていた気持ちを吐露することにした。


 これは、ずっと隠してきた、秘密の言葉だ。


「見てないで、手伝ってもらってもいいですか?」


 エビは、3年間、ずっと横で見ていただけだった。

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