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きみがすき

 それは水平線に恋をしたようで。


 追いかけても追いかけても、この想いは伝わらない。


「好きだよ」


 彼女は返してこない。

 返事が返ってこなくなって、もう16年が経つ。


 心は彼女の透き通った肌の様に真っ白になった。

 熱を持った概念が、僕の胸を少しづつ焦がしていく。


 彼女は受動的で、この愛を何度も受け入れてくれた。

 蕩けるような感覚だった。


 あれは寒い冬のときだった。

 僕と彼女は偶然に出会った。

 今思えば、あれは必然だったのかもしれない。


 出会って直ぐに、僕たちは打ち解けた。

 その熱い眼差しと中身に、僕は恋してしまった。


 白いドレスを纏った彼女はいつもそばにいてくれた。

 辛い時も、悲しい時も、彼女はそこにいた。

 彼女の声が、聞こえていた。


「私のことがすき?」


「決まってるだろう?まさか、試しているのかい?」


「だって、聞きたいんだもん……」


「好きだよ」


 あの時間が愛おしかった。

 永遠だと思っていた。

 でも、彼女の気持ちは冷めていた。


 それが分かったのはしばらく経った後だった。

 彼女は急に僕に対して素っ気なくなった。


「私、もうあなたの事なんて知らないわ」


「何でだ! 何もしてないだろう!」


「何もしてないからよ! あなたはずっとそう! 私を求めるだけじゃない!」


 今になって、この言葉の意味が少しわかった気がした。

 求められるような、そんな人間になろうと、なぜ思えなかったのだろうか。

 僕が、努力を怠ったからだ。


 気づいた時には、彼女の声は聞こえなくなった。


 失ってから気づいた。

 彼女の気持ちに。

 でももう遅いのだ。

 取り返したい、正したい、もっと上手く立ち回れると、何度伝えても意味が無い。


 彼女の熱は、完全に冷めていた。


 僕は彼女無しでは生きていけない。

 他に行くことだってできる。

 制限された世界にいる訳では無い。


 彼女が、頭から離れない。

 匂いも、声も、感覚も、全部これでもかと記憶に残っている。


 一緒に過ごしたあの時間が永遠では無いのだと知っていれば、僕はもっと彼女の気持ちを聞いてあげられただろう。


 もっと、もっと、もっと……。


 部屋の隅で抜け殻になった僕は、命だけを繋ぐために彼女を裏切り続けている。


 目もぼやけ、味覚は完全に消えていた。

 味のしない何かを口に入れ、生命活動の維持のみに頭を使っている。


 彼女に対する裏切り、その罪悪感に押しつぶされながら、僕はのうのうと生き続けている。


 本能が、僕の邪魔をする。


 彼女のいない世界に、僕は全く興味が無い。

 生きていく意味、生きた理由が彼女だった。


 犯してきた罪を告白しても、彼女は受け入れてくれた。


 ずっと、味方でいたかった。


 思い出すために僕は涙を流す。

 唇を震わせ、鼻水と涙をティッシュで拭う。


 僕の中に眠る彼女を想い、胸に手を当て何度も自分に言い聞かせる。


 彼女はもう戻ってこない。

 彼女はもう戻ってこない。


 彼女は、もう戻ってこない。


 そんな時だった。

 ポストに1枚のチラシが投函された。


 ヒラヒラと舞うそのチラシが、まるで彼女の手招きに見えた。


 僕は急いで玄関まで駆け寄り、そっとチラシを手に取った。

 そこには彼女の姿があった。

 チラシの一角だが、彼女は確かにそこにいた。


 僕は急いでチラシに書いている電話番号に掛けた。


 彼女にまた会える、なぜだかそう思えた。

 確証は無い、でもこの機会を失ったら、僕は一生彼女に会えない気がした。


「もしもし……」


「あの、彼女に合わせてください!」


「えっと……」


「彼女に、グラタンに合わせてください!」


「ご注文はエビグラタンのみでよかったですか?」


「あ、あとコーラ」


 数十分後、彼女――グラタンはやってきた。


 変わらぬあの熱い眼差しで、彼女は僕を見つめていた。

 一緒になっていたあの頃のように、僕たちは初々しく言葉を交わしあった。


「ねぇ、言ってよ」


「……あぁ、でもまず、君の気持ちも聞かせてくれるかい?」


「もう、仕方ないわね。……好きよ」


 彼女はどこか嬉しそうだった。

 僕の変化に、気づいてくれたのかもしれない。


 僕は襟を正し、2回咳払いをした後、この抱えている全ての感情を、一言に纏めて放った。


「好きだよ」


 これは僕とグラタンの物語。

 2人だけの時間。

 この時間が、永遠になるように、僕はスプーンで彼女をすくい上げた。


 いただきます。

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