野生のグラタン飼ってみた
野性のグラタンが吠えた。
それは雨の日の夜のことであった。
「ぐらー」
人のエゴにより捨てられた野良グラタン。
僕は独りでに歩いていところ、偶然に見かけたのだ。
小さい体で力強く吠えるグラタンは、雨に濡れて震えていた。
「可哀想に……」
僕はグラタンに傘を掛けてあげた。
自分の肩が濡れることも厭わずに、グラタンを静かに見つめた。
目と目が合う。
グラタンは怯えていただけなのだ。
人に捨てられたのだ、無理もないだろう。
その感覚は、僕と同じだ。
僕も親に捨てられ施設で育った。
だからこのグラタンの気持ちがよくわかる。
「おいで、家に帰ろう」
僕はグラタンをそっと抱きかかえ、優しく撫でてあげた。
「Hey yo 助かるぜお前の良心。俺の両親、背信、求めるのは改心、じゃなくて聖人。意気消沈した心、感じてくれよオキシトシン。これから宜しく、センキュー、アイラブユー」
グラタンの求愛行動だ。
どうやら好かれてしまったらしい。
犬が尻尾を振るのと同じで、グラタンは心を許した存在にラップを披露するのは周知の事実だ。
「あら可愛いグラタンね」
通りすがりの高齢女性が声をかけてきた。
身綺麗で優しい顔付きの淑女だ。
「さっき、捨てられてたみたいで」
「あらまあ、こんなに可愛いのに……」
グラタンを撫でる女性であったが、グラタンは少しばかりの怯えを示す。
唸りながらも触れることを許しているのは、おそらく本来の性格の良さなのだろう。
グラタンは、性格がいい。
その心をねじ曲げているのは人間であることに、肝心の人間は気づいていない。
グラタンは賢いから、既に気づいているだ。
「名前はもう付けてあげたの?」
「それがまだ……」
「肝心なのは心よ。大切にしてあげてね」
女性が去っていったあと、僕は小脇のグラタンを見つめて考えた。
「名前かぁ」
「ぐらー」
鳴き声が可愛い。
どうせなら鳴き声をベースに考えてあげたい。
かと言って、在り来りなのはなんか嫌だ。
捻りすぎずに、でもメッセージ性のある名前を付けてあげたい。
強かで芯があり、誰に対しても優しく出来る名前、僕は閃いた。
「キミの名前は神《この世界に降臨した偉大なる雷と愛、それらは伝説の剣サウザンドカリバーンとなり世界の象徴となった》だ」
「ぐらー」
どうやら喜んでくれたようだ。
家に着いた時、グラタンは僕の腕から飛び降り部屋を駆け回り始めた。
様々な匂いや物に興味を示しているようだ。
好奇心が大勢なのは良いことである。
「おーい、神《この世界に降臨した偉大なる雷と愛、それらは伝説の剣サウザンドカリバーンとなり世界の象徴となった》ご飯だよー」
「ぐらぐらー」
僕の足元でグルグルと回るグラタンはちょっと痛い。
足の小指に絶大なダメージを負っても、この子に罪は無い。
人間が犯した罪、それに耐えてきたこの子の心情を考えたらこれくらい屁でもない。
「あれ、そう言えばグラタンって何食べるんだろう?」
適当な小皿を用意してみたはいいが、与えて良いものが何か分からない。
グラタンの生態は希少であり、グラマルールという物質とグララタンという物質が、生物学的にあーでこーでとなっている。
そしてマカロニロニとチーズプロピンがなんやかんやで、グラタンという生物が成り立っている。
言わば特殊だ。
複雑な作りであるが故に、何でもかんでも与える訳には行かない。
グラタンをネットで調べてみたところ、どうやら抹茶やショートケーキ以外は食べられるそうだ。
「トマトでも食べてみる?」
「ぐら!」
トマトを輪切りにし、皿に盛って目の前に出してみた。
一度警戒はしたものの、匂いを嗅いで少しだけ口にする。
すると、どうやら美味しかったようで、グラタンはトマトを勢いよく頬張った。
「そんなに慌てなくても、誰も取りはしないよ」
「トマト、愛と、夢と、お前のハート!」
求愛行動が止まらない。
グラタンは雌の個体が9割を占めている、極めて珍しい生物である。
もしかしたら、人間の男という僕の存在を認知しているのかもしれない。
外は雨だが、僕たち2人だけの空間は快晴のように澄んでいた。
楽しい僕たちだけのストーリー。
君のことがウォーアイニー。
これから一生離れないように、マイハニー、出会ってくれてありがとう。
ふふ、ちょっとストレート過ぎたかな。
グラタンのようには、上手くいかないな。
「明日はお散歩でも行こうか!」
「散歩、きっと、明日の予報はベリーグッド。一生、一緒、俺はお前をミラクルゲット。俺の好物チキンナゲット。ソースは一択マスタード! 間違えたらお前をフルボッコ! 用意しとけよヘルメット!」
僕は、グラタンが大好きだ。