75.あなたのその手に触れたくて
「……これで汚れ、落ちたか?」
「分からない……でも、七瀬――ん……」
七瀬と何度目かのキス。
わたしについたあいつのキスをかき消すかのように、ほんの少しだけ長くキスをしてくる。
雨で冷え切った体と唇が少しだけ温まった様なそんな気がした。それでも、涙を流していたことは隠せなくて気付かれてしまった。
「……綾希を泣かせてしまったな」
七瀬の人差し指は瞳から流れ出る涙を拭っていた。その手はそのまま頬に触れ、体温を温めるみたいに優しく撫で続けている。
「泣かせたのは輔じゃない……」
「いや、お前の傍にいなかったから起きたことだし、間接的には俺が泣かせたようなもんだ」
「……ごめんなさい」
「どした? 綾希らしくないな。俺に謝るとかマジでらしくない。本当に綾希?」
「本当」
疑われるくらい、いつもより余分に弱気になっている。でも、それくらいショックだったから。
「まぁ、アレだ。はっきり言っても言わなくても認めたくなかったんだろうな。綾希は可愛いからな。好きになったらずっとそれが消えない、消せなかったんじゃないのかなと……予想してみる」
無駄に付き合ってた期間が長すぎた分、元彼は別れたくなかったのが本音だった?
――だったら、そういうのはわたしの別れの時に言ってくれれば今とは全然違っていたかもしれないのに。
でも、もう七瀬以外に考えられない。
「七瀬は消えない?」
「人間は簡単に消えないだろ」
「違う」
「俺は綾希だけでいいんだ。だから消えないし、別れない。たまに泣かせたら死ぬほど謝る。それでも綾希が大好きだから。これからも、俺と付き合って下さい!」
……らしくない告白だけど、わたしよりもずっと真面目な七瀬だかららしいかも。
「それが七瀬なんだ?」
「ああ、それが俺」
やっぱり優しい人。そして、わたしよりも物凄く真面目な人。この人となら、この先ずっとわたしがまだ見せていない一面とか知らないこととか、全部教えてくれるのかもしれない。
「凄く、好感度上がった」
「お! 久しぶりに聞いたな。綾希的にはどれくらい上がったんだ?」
「七瀬さんって呼ぶくらい」
「へ? それって尊敬に値するレベルってやつ?」
「当たり」
寝てばかりのわたしとは比べようのないくらい、尊敬レベル。
「そっか。でも七瀬さんって呼ばれたの、確か俺が初めて話しかけた時だけなんだよな。覚えてるか?」
「……忘れた」
……嘘。本当は覚えてる。初めての人に尊敬とかじゃなくてどう言えばいいのか分からなかっただけ。
それくらい、沙奈もわたしも新しい編入生に浮かれていた時だった。
「――っていうか、お前また風邪ひくぞ? このまま学校には戻れないし、綾希の家に行くぞ?」
「あれ、カバンは?」
「泉が持ってくるから気にするな」
「雪乃ならひと安心」
「そういうことな」
元彼にされたことはわたしの油断だった。けれど、そういうのはもう本当にどうでもよくなったくらい、七瀬がわたしにしてくれたことが嬉しくて。
もう七瀬と一緒にずっと過ごしていきたい。
「わたし、輔が大好き。だから、これからも傍にいて欲しい、です」
「俺も同じ。まずは、次の期末対策な!」
「……たった今、好感度下がった。今それを言うとか、やっぱり七瀬はその辺が子供」
照れ隠しにしても笑えない。
「ええっ!? いやいや、対策ってことは俺と一緒にいられるって意味で……」
「嘘。好きだから許す」
「綾希も少しは冗談言えるようになったのか。そうなったらますます可愛くなる……いや、すでに可愛い」
優しくて従順で甘えてくる、わたし的に凄く可愛い七瀬輔。
彼と一緒ならこの先も何とかなりそうな、そんな予感を感じながら彼のその手にずっと触れながら。
「ずっと、あなたのその手に触れたかったんだよ」
「俺もだ」
手を繋ぎ、お互いの気持ちを確かめ合いながら、わたしと七瀬にとってこれまで以上の恋が始まっていく――そんな予感。




