6.たぶん、それだけのこと。
自分がされて嫌なことはしないようにしてた。
でも、それが見事に裏目に出てしまった。
隣の席の七瀬は午後授業の間、ずっとみんなから注目を浴びていた。
「くぅぅ、まだか? まだなのか。失敗した……やっぱ朝に何か食っとけばよかった」
「何も食べてないとか?」
「食べない派」
「……ごめん」
……うぅ、本当にごめんなさい。
「気にすんなよ。葛西のせいじゃねえし」
「あと二時間……だから」
「こんな日もあるだろ。というか、ちゃんと起こしてくれたしそんな気にしてない」
もっとわたしに怒るかと思っていたけれど、七瀬ってばめちゃめちゃいい奴だった。
「他に起こしてくれた子は?」
「いたような……いなかったような。そもそも教室にいなかったんじゃね?」
編入初日の人だかりの熱は一体何だったのかってくらい、他の女子は彼に声かけもしなかったっぽい。
「あ、そっか」
昼になると誰かに構うよりも先に、みんな一斉にカフェテラスの席を確保する。それが何よりも大事だからそのせいもあるのかもしれない。
そう考えると悪い奴はまさに自分しかいなくて。彼が寝てたのを知っていたのに放置とか、本当に自己嫌悪。
「ま、もうすぐ葛西と行けるし問題ない」
「……すんません」
「いいって」
謝りの言葉の意味にはもう一つ付け加えることがあって。
多分、七瀬はわたしと二人だけでご飯したい――とか思っていたと思う。途中で沈んだ表情になったのが何より分かりやすすぎたから。
「マジか~おごりかよ?」
「おごるのは七瀬だけ。沙奈たちには一言も言ってないし」
「案外ケチかよ!」
当初からそのつもりだったのと、お詫びのつもりで誘ったのもあっただけなのに、教室を出る時に何故か二人がついてきていた。
もちろん、悪気なんてなかっただろうし断るのも違っていたからそのままにしといたけど、七瀬の顔を見て後悔。
「……甘くなかったか」
「え? 何が」
「いや、別に」
少しムッとする七瀬に対し。
「で、やっぱ寝てたんだ? 綾希に起こされて嬉しかった?」
「寝てた。嬉しいとか違くね?」
七瀬を茶化すように聞いた沙奈に、七瀬はちょっとだけムカついてたっぽくて、それがまた何とも言えなくなった。
「その節は、本当にごめんです……」
やっぱりもっと謝ろう――そう思って頭を深々と下げた。
「うっは、悪い女子発見!」
空気を読まない沙奈と弘人。
これがまた七瀬の機嫌を損ねてしまった。
この状況ってどうすればいいのかな?
「葛西と俺、別んとこでメシ食うし。だから、二人であと頼むわ! 行くだろ?」
「うん」
「それと、葛西。切り替えピースして俺の眠りの話は終わりでいいから!」
「切り替えピース? どうだったっけ?」
「小学生の妹がたまにやるんだけど、気持ちの切り替えってやつで、切り替えって言葉を伸ばしで言いながら手を二回叩く。で、最後にピースすればいい。簡単だろ?」
妹がいるんだ……だから優しいのかな。
「き、き~り~か~え~」
手を叩いて、七瀬に向かってピースポーズを見せた。
「よし、いい子だ! んじゃ、これで解決」
さっきまでは完全に七瀬を怒らせたなって思ってた。
だから、ここは素直に七瀬の言うとおりにしてみせた。最初からそうすればよかったなと思えるくらいに。
沙奈はともかく、タイプの合わない弘人がいたのがそもそもの間違い。後で気づいたのか、二人ともバツの悪そうな顔をしてわたしに頭を下げていたけれど。
そんな彼らを見つつ、わたしは七瀬の後ろを大人しくついて歩いた。
「何食う?」
「七瀬の食べたい店で」
「じゃあ、あの辺な」
同じ教室で出会ってほんの数日。
ご飯を外で食べるだけ。
それだけが何となく、良かったのかも。