57.好きでいてもいいよね?
七瀬の手に触れながら入口に向かって歩き出す。
わたしを誘ってくれたその人に見せてしまうのは本当に良くないことかもしれないのに、わたしの隣には七瀬がいて左手には七瀬の右手がしっかりと繋がっている。
「あやきちー! 遅いぞー」
「遅れた」
「悪気なく全くもう!」
「綾希さん、それに七瀬。今まで何やって……!」
弘人の視線はわたしと七瀬の手繋ぎに注がれている。弘人に見せつけるつもりなんてないのに。
でも、もう隠しても仕方のないことかもしれない。だって弘人の今日の誘いは、あくまで葛西綾希とふたりだけで行きたかったことだから。
「なんで――」
「ひろくん……と、とりあえずチケット買ってあるんだし昇ろうよ! ほら、エレベーターがちょうどよくきてるよ」
言葉を失いかけた弘人に対し、雪乃は咄嗟に彼の腕を引っ張ってエレベーターに飛び乗っていた。わたしにも七瀬にも手を振って苦笑しながら。
「七瀬、何でそんなことするの? どうして弘人にあんな……」
「お前も分かってんだろ? あいつの気持ちと泉さんの気持ち。俺の気持ちも……もう迷うのやめろよ! はっきりさせればこの先誰かが傷つくことはなくなるはずだろ」
「……七瀬も迷ってる?」
「いや、もう迷わない。てか、お前気付いてないのか……」
……なんだろう?
「なにが?」
「……どのみち、泉さん行っちまったし俺らも上に行くぞ」
迷わせたのはあなたの方。
わたしを離したのにそれでも離れなくて、また近づいて。こうしてまたわたしを迷わせる。こんな気持ち忘れられるわけがないよ。
だから、嫌いになんてなれるはずもなくて。
……正直言って終わったと思った。だからこそ弘人の気持ちを受け入れようとしていたのに。
どうして七瀬はまたわたしに恋をさせようとしているの?
もう一度聞かせてくれるの?
七瀬の本当の気持ちを。
「上に行ったらちゃんと話をしてくれるの?」
「する。それがお前との約束だから」
「分かった」
満員のエレベーターに乗っている時も七瀬はわたしの手をしっかりと握っていた。そして、一番上の階に着き、扉から出ると雪乃と弘人がわたしたちを出迎える。
雪乃は顔を背ける弘人の袖口を遠慮がちに掴んでいた。きっと今日の誘いに覚悟を決めてきている……雪乃の表情はそんな感じに見えた。
わたしの大事な友達も、ずっと好きな人に気持ちが届いていなかった。それでも、彼女は全力の恋をしている。
わたしも恋をしたい!
七瀬と手を繋いだままみんなと合流したまでは良かったけれど、そのせいで弘人だけが機嫌を損ねている。もちろん彼の気持ちに気付いていないわけじゃなかったし、心が傾きかけたのも事実。
でも離れたはずの七瀬がわたしを引き戻した。悩んで迷って、その言葉を放つためにここにきた。
だから、弘人にもはっきりと言わなきゃ駄目なんだ。
「えーと、あやきちたちは屋上にも行く?」
「すぐには行かないけどね。だから、泉さんと林崎とで一緒に見て回ろうかなと思ってるよ」
「おけおけ、ひろくんもいいよね?」
「……どっちでもいい」
雪乃の言葉はまだ届いてないの?
「あ、あはは……ほら、あやきちもひろくんに何か言って」
「ひろくん。ほら、一緒に回ろ?」
「――!?」
わたしの言葉に反応して弘人は顔を真っ赤にして背けている。おかしなこと言ってないよね?
「ちょっ! あやきち、上目遣い禁止!!」
「そ、そうだぞ! それは誰にでもやってはいけないんだ。それにひろくんもおかしいだろ! ――ったく、分かってんのかよ」
「なにが?」
思わず首を傾げてしまったけど、それでも七瀬はわたしにちょっと怒っている。
「お前なぁ……それ、天然じゃなかったら完全に小悪魔系じゃねえかよ!」
小悪魔?
七瀬も顔を赤くして怒ってるけど何で?
「ははっ、あははっ! いいなぁ、綾希さんは。君のそういうとこに惹かれたのかもしれない」
それまで沈黙していた弘人が無邪気に笑っている。意外だなぁ、なんて思っていたら、弘人がわたしの前に立って見つめていた。
隣に七瀬がいても関係なく、弘人はわたしを真っ直ぐに見つめて口を開く。
「綾希さん。俺、君が好きでした。だけど分かっていた。……それでも俺じゃないんだって。最初が肝心っていうけど、最初に失敗っていうか席が隣じゃなかったのが駄目だったのかもしれない」
どうだろ、席だけじゃない気もするけど。
「悩ませちゃってごめん。でもさ、これからも好きでいていいかな? もちろん、友達として……だけど」
ああ、そうか。
雪乃がいる前でも関係なく、弘人はけじめをつけたくてわたしに気持ちを伝えたかったんだ。
それに気づいているのか、七瀬も雪乃も黙っている。
きっと弘人の気持ちが本気だったってことを知っていたんだよね。そして、気持ちが届かないってことも。
「うん。弘人と友達。ずっと、友達!」
「……ありがとう、綾希さん。俺、ちょっと自販機で何か買ってくる。七瀬と綾希さんは適当に回ってていいよ」
「いってらっしゃい~」
「行ってくるね」
弘人は最後までわたしに笑顔を見せたまま、自販機コーナーのある方に行ってしまった。雪乃もすぐ後に続いてついて行ったけど。
……ごめんね、弘人。
こんなわたしに好きとか言ってくれるなんて、本当にごめんなさい。




