50.すれ違う日々の始まり
「あ、綾……葛西? 俺をなんて? それに今までありがとう? ど、どういう意味なんだ?」
七瀬のこれは動揺?
ううん、違うよね。今までの呼び方から変わったから戸惑っているだけだよね。
「……課題ノート。もう借りられないというか、頼るのをやめるから。だから今までありがとうって言った。それとも、何かおかしい?」
「そうか、そうだよな。先生にバレたんなら仕方ないよな。いや、葛西が俺を七瀬くんなんて言うもんだから、何か新鮮っていうか素直に驚いた」
確かに新鮮な気分になるかな?
でも、どことなく七瀬の目が泳いでいる感じがした。
「あ、あやきち……、あんた成長したねぇ。うんうん、あたしゃ嬉しいぜ!」
七瀬の反応とは真逆で、雪乃だけが嬉しそうにしている。
「……もうすぐHR始まるけど、お前、自分の席に戻らないの?」
「知ってる。言われなくても戻るから安心しろよ」
雪乃はまるでわたしの親のような反応を見せていたけど、七瀬はまだ現実を受け止められていない感じだった。
課題ノートが不要になったことよりも、多分自分に対して『くん』付けで呼ばれたことに違和感を覚えたんだと思う。
そんな七瀬に席に戻るように促してくれた弘人も、もしかしたらわたしと七瀬の微妙な空気に気付いたのかも。
休み時間。弘人とわたし、それと雪乃の三人だけで話すことが増えた。その中には唯一席が離れた七瀬は含まれていない。
席替えをしてからそうなったのであって、特別七瀬と話さなくなったわけじゃないのに、あざとさを残す他の女子たちはここぞとばかりにチャンスをうかがっているみたいだった。
窓側の席に座っていると、どんなに目が悪くても意識して見る人はたった一人に限られる。関係を自分から変えて他は全く気にしない――なんて聞こえはいいけど、そんなのは自分でついた嘘に過ぎない。
以前ほどじゃなくなったにしても、それでも七瀬の周りには沙奈とあいつの姿があって、さらに周りはあざとい女子たちが群がっている。
「輔、綾希と本気で別れてたんやな。てっきり、お芝居の一環かと思ってたわ。でも、これでようやくあたしも本気で挑める」
「ん? そうなのか? おい、七瀬! 沙奈の言ってることはマジか? 本当に別れたんだな? もしそうならお前に気を遣うのやめるぞ」
「お前が俺に気を遣ってた? どうでもいいけど、芝居でもないし別れてもないからな? それと、沙奈に言っておく。俺に何度挑んできても無駄だ。俺に無駄な時間使う暇があるなら、手っ取り早くそこの宇月をゲットしとけばいいんじゃないか?」
七瀬がそう言うと一瞬だけ沙奈が唖然とするも。
「そら残念やわ! 世はうちのタイプ違うし無理やねんな。それに七瀬、あんた綾希と別れてないんなら何であんなに余所余所しくなってん? 何か誤解でもさせたんやないの? 言っとくけどあの子ああ見えて、頑固な子なんよね。今のままやと、あんたが気にする弘人と付き合うかもよ?」
「…………」
まくしたてるように言い放つ沙奈に対し、七瀬はただただ黙っていた。
いつもは七瀬と雪乃の三人で食べていたけれど、今日のわたしは珍しく屋上に行って弘人と一緒に食べた。
わたしと弘人が一緒にいるところを見ていた七瀬と雪乃は、少しだけ顔を引きつらせながらカフェの方に行ったみたいだった。
「ちょっと、七瀬くん! あやきちってばどうしたの? もしかしなくても弘人くんと仲良しになった? それともまさかだけど、あやきち裏切り行為? もしそうなら私はどうすればいいのかな……」
「俺も泉さんに相談というか、話がある。とりあえず席に座ってもらっていいかな?」
わたしと弘人、七瀬と雪乃。
それぞれの想いと気持ちが、お互いに知らないところで動き出した――そんな予感がした。




