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きみのその手に触れたくて 〜リメイク〜  作者: 遥風 かずら
第四章 彼の心とわたしの心

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42.はにかみと胸響き

「葛西さん。俺と泉さんのシフト上がりにご飯食べない? もちろん、七瀬も一緒に」

「……無料?」

「ごめん、それは流石に。でも割引クーポンを使って安く出来るから」

「じゃあ行く。もちろん七瀬も一緒」


 どういう状況になってしまったのかというと、雪乃は全くと言っていいほど、弘人と進展しない仲に焦りを感じ、弘人がやっているところでバイトを始めてしまった。


 同じバイトというのは、ローカルチェーンの『ジョニサン』というファミレス。といっても、雪乃と同様に弘人もホールで中々私語が出来ないらしい。


 それでも、学校にいるよりも普通に話は出来ているとか。


「お前、食細そうだしな~。食が進むように俺が思い切り口ん中に放り込んでやろう!」

「じゃあ、わたしはお水をたくさん飲ませる。十分な水分補給をさせる」

「望むところだ!」

 

 わたし、葛西綾希と彼、七瀬輔。


 彼への呼び方は以前のように"七瀬"に戻っていた。そして彼は、これまでの優しいイメージから一変してわたしの呼び方を変えた。もちろん嫌でもなくて、むしろその方が嬉しく思えた。


 ただ、その態度だけ見ていると、兄とイメージがかぶってしまっているのがわたし的には複雑すぎて。


 兄に似ている――そのせいで、以前の七瀬よりも親し気になった気がした。よく言えばイメージをくだいたキャラ。


 最悪なのは、まるで家にいる時の俊太っぽい? 


「いらっしゃいませ! 何名様で――あ」


 店内に入ると、ホールよりも奥にある厨房付近から誰よりも大きな声が聞こえてきた。その声は、普段とはまるでイメージの違う元気はつらつな弘人の声だった。


 わたしに気づいて、すぐに出迎えてくれた。


「うん、いらっしゃった」

「えっと、まだ普通にシフト中だから。えっと、とりあえず空いている席へどうぞ」

「……空いている」


 何となく七瀬の顔色を窺うと、しょうがねえなと首を振りながら空いている席へ誘導してくれる。


 ……こういう優しさはちっとも変わってない。


 適当な席に着いたところで、店員の弘人が緊張気に説明を始める。


「ご、ご注文はテーブルの上の注文コードからお願いします。お手持ちのスマートフォンをかざしてご注文を……」

「わたし、ない。だから七瀬よろしく」

「あ、俺もないわ。充電してそのまま部屋に放置してた」


 ふふっ、何だか似た者同士。


「……わ、分かりました。このまま注文用紙に書いてくれればいいですから」


 慣れてるはずの弘人も一瞬だけ戸惑ったかな?

 

 わたしと七瀬が手書きでそれぞれ注文を書いて渡すと、


「み、水……?」

「そう」

「それと、ショートケーキ……」

「あぁ。よろしく!」


 わたしはとりあえず水と書き、七瀬は意外にもショートケーキとだけ書いていた。


 もしかして甘いもの好き男子?


「み、水は注文しなくても向こうにあるドリンクディスペンサーから出せますから。ショートケーキはかしこまりました……」


 弘人は向こうを指差して水がある場所を教え、七瀬の注文だけを受けて奥へと走っていった。


「ディス……七瀬をディスる?」

「俺をディスってどうすんだよ。ドリンクバーで使ってるやつな。ったく、あいつもテンパってないで分かりやすく言えばいいのに。綾希相手に何してんだか」


 七瀬が教えてくれたとおり、水を取りに行くとそこに。


「お客様ぁ、嫌がらせですかぁ?」

「雪乃、お水は無料?」

「そりゃそうでしょーが! 別に高級水でもなんでもないんだから好きなだけ飲みなさいっての!」

「そのつもり」

「面倒な子だと思ってたけど、本っ当にこの子は~!」


 などと、お仕事中のはずなのに雪乃がエキサイトしてる。その様子が何だか不思議な感じがしてわたしは思わず首傾げ。


「ま、まぁまぁ……泉さん。うちの綾ちゃんはじっとしてられないんだ。とりま、大人しく待たせておくから。決して仕事の邪魔しないから」


 わたしの肩を抱きながら、雪乃に頭を下げる七瀬はわたしを席へと戻させた。


 七瀬のわたしへの呼び方は――『綾ちゃん』。


「へいへい、七瀬くんはあやきちに大甘すぎんぞ?」


 ホールにいる雪乃は偽者っぽい――なんて思いながらからかってみせたのに、七瀬にはお見通しだったらしく席に着いたら叱られてしまった。


「綾ちゃんさぁ、水だけは酷くね? せめてドリンクバーだろ。そうすれば親友も笑顔くらいにはなると思うぞ」

「七瀬は水が嫌い……なるほど」

「好きですけど何か?」

「……何が問題?」

「生意気になってきたもんだな。後でたっぷりとその口を塞いで黙らせてやるよ」


 お互いにふざけてるけど、七瀬はおふざけの中に少しだけ本心を見せたり見せなかったり。


「……本当に?」


 雪乃から伝授された上目遣いを使い、七瀬を斜め下から見つめる。というか、そればかりすることが増えた。


 七瀬がわざと意地悪なことを言ってきてるとすぐに分かる時には、必ずと言っていいほど上目遣いを使用。


「お前、それ反則だろ」

「何のこと?」

「と、とにかくお前をお腹いっぱいにさせて、頬をプニプニしてやる!」

「じゃあ、わたしは七瀬のお腹をタプタプと……」


 もちろん、本当に出来ないけど。


「そう言っておきながら、俺の体に触れられないだろうに。な、綾ちゃん?」

「さぁ……?」


 七瀬に敵わないのを知りつつも、わたしはWhyポーズをしてみせて抵抗。


 やはり接すれば接するほど七瀬は兄寄りの七瀬。もちろんあまりよろしくない意味で。


「……う~」

「あ、あはは。雪乃さん、メンタルは傷ついてない?」

「それを言うならヒロの方でしょ? だって、まだ好き……」

「ワーワー! 聞こえない。何にも聞こえてませーん」


 シフトを終えた雪乃と弘人は、わたしと七瀬に向き合うように座っている。それはいつものこと。


「まぁいいさ。別れたはずのコイツらの光景には確かに腹が立つし、呆れて何も言えなくなるのは事実だからね」


 そして、負けず劣らずの光景、それは七瀬とわたしの終わりのない戦い。それを無言で眺めているふたりは自然と仲が良くなっているみたいだった。


「綾ちゃん、好き嫌いは良くないぜ? ほら、あ~ん……」

「断固拒否」


 そう、七瀬は行動に移すタイプ。


「人が親切に口まで食べ物を運んであげてるのに、拒否るとか?」

「それくらい、自分で食べるし!」

「いや、遠慮すんなよ。俺は綾ちゃんに食べさせるのが好きなんだよ!」


 まるで兄――ううん、それは訂正。むしろ兄より酷いくらい甘えてくるようになった。別の意味でわたしは彼と離れたくて仕方がない。


 特にふたりで何かを食べにいく時は、周りの視線なんかをまるで遠慮しなくなったから。


「あやきち、一口くらいは許可しとけ。そうすれば子犬の様に大人しくなるから」


 そういえばそうだった。


 七瀬はわたしにとって背の高い子犬。すっかりと忘れていたけれど、雪乃の言葉で思い出した。そうすると、彼の頭を撫でてあげれば素直に言うことを聞くかも。


「七瀬」

「あん?」


 わたしに呼ばれて半開きの口になった七瀬に対し、わたしも口を半開きにして反応を待つ。


「――ったく、どっちが子犬だよ」


 予想通り、七瀬から運ばれるスィーツがわたしの口の中に運ばれる。


「んん~、甘い」

「どうよ! 美味しいだろ?」

「でも七瀬が作ったわけじゃない。美味しさは倍増したけど」


 わたしの言葉に彼はとても嬉しそうに笑う。はにかんだ笑顔がとても胸に響くような、そんな気持ち。


「あやきちと七瀬くんって、実はまだ付き合ってるよね?」

「否定」

「いや、違う」

「なんでそこだけ息が合うんだか……」


 彼もわたしも交際関係から離れた。


 ただ、雪乃や弘人から見れば、その関係の時よりも今の方がそれ以上に見えるらしい。でも、それを他の人に見せているのは七瀬とこうして一緒にいる時だけ。


 学校の教室にいる時には、今の光景が嘘のように冷え切っている。冷えているというよりは、至って普通のお友達という状態。


 教室では席が離れてしまったというのもあるけれど、七瀬の隣には沙奈がいて、おまけに世もいる。


 ……というのが、一番の理由かもしれない。


 つまり、学校にいる時のわたし達の関係は間違いなく付き合っていない。学校での七瀬はわたしを葛西と呼び捨てるし、七瀬からわたしに話しかけてくることはほぼ無くなっている。


 ところが、雪乃と弘人のいる前では真の子犬である七瀬が本気を出すようになってわたしはちょっとだけ困惑。


「七瀬、お手」

「や、それは」

「じゃあ、頭でいい」

「ん? 頭?」


 訳も分からないまま、彼はわたしに頭を下げてくる。そしてわたしは彼の頭をごしごしと撫でる。


 何だかその行為をする自分が好きで、ますます彼のことを可愛く思うようになっているわたしがいた。


「綾ちゃん」

「なに?」

「……やっぱ、俺は綾ちゃんが――だ」


 まるでわざと聞こえないように口パクしているようだけど、


「聞こえない」

「や、何でもない」


 七瀬もそれ以上は言わなくなって、うやむやに。


 離れた関係は全く別な関係性を作るかのようなそんな措置だった。まだまだ彼もわたしもお互いをよく知らない。


 だから、友達以上恋人未満以下でもいい、七瀬とバカっぽくしていきたいって思うから。


 今はそれが一番落ち着くし、安心だから――。

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