26.優しいその手は誰のモノ?
「少し沁みるけど、我慢な?」
「……っ」
わたしの膝に触れる彼の手はとても優しくて、消毒液を湿らせた綿をポンポンと軽く押してくるその強さですらも、七瀬の優しさそのものが伝わってくる。
「よしっ、これでいい。これでばい菌とか大丈夫なはず。それにしても綾希は強いな。明らか痛そうなのに泣きも喚きもしないとか、お前って本当にすげぇのな。なのに立てなくて動けないとか……マジか?」
痛いのは痛いけど、流石に泣かないでしょ。
「泣いて治るなら泣く」
「や、そうだけど。じゃなくて……まぁ、いいや」
「七瀬のその手は神の手?」
「正真正銘、俺の手。綾希に優しくするための手な」
七瀬はいつからこんなことを平気で言うようになったのだろうか?
こんなにもわたしなんかを好きとか、本当に本気?
だとしても、出来れば保健室にはあまり長くいたくない。だって、ここには沙奈がいて、目の前の七瀬にキスを――考えたくないしとても嫌な場所って感じがする。
「そういえば保健医の人は?」
「ここの先生はサボりが多いんじゃね? 俺が寝てた時もいなかったし、いなくても綾希の膝を消毒出来たしな。え、俺って凄くね!?」
七瀬は確かに凄いけど隙はあるんだよね。
「凄い凄い……それで、ばい菌じゃない誰かを侵入させたんだ」
「お前――それ、まだ気にしてんのか? や、そうだろうけど……俺はどうすればいい?」
沙奈がここで七瀬にしたことをわたしが実行する……ううん、そんなベタな仕返しなんてやりたくない。
だけど、七瀬の言う通り彼の手がわたしのためのものだと言うならそれでいい。今はそれだけでももらっておく。
「ど、どうした?」
「七瀬の手が欲しい」
「えっ!?」
驚く彼の手を握って、わたしの口に彼の指を近付けた。
「――え」
「七瀬がわたしの唇をなぞる。それでいい……」
「ん? 雨の日にお前がやってたアレのことか。あぁ~、そうか。分かった」
「うん。それで……」
直接キスをするとかそれはまだ無理。だけど、せめて彼の優しさと温もりと気持ちを感じてみたくて、キスの代わりにしてもらうことにした。
「な、なんか、かえってやばい事してる気がするな……」
七瀬の優しい指がわたしの唇をなぞってる。
「別に手を握るとかでも良かった。けど、ここでは打ち消せないから」
「……保健室でのこと、ごめんな、綾希」
謝られながらも、キスよりも七瀬を感じられた気がした。
「その、俺はもう油断とかしないって誓う。だから、綾希はそんな心配とかするな」
「うん」
「そ、そろそろ戻るか?」
「嫌です」
何だか物足りないような、そんな気になって少しだけわがまま。
「いやっ、今はまだ体育祭だし。校内にいたら流石にまずいだろ。……や、女子たちが騒いでたけどそれが関係してるのか」
勘の鋭い七瀬に向けて軽く頷いた。
「それなら、外に出ても俺がお前のそばにいる。だから外に戻るけどいいよな?」
「ん、よろしく」
「あぁ」
キスをしたわけでもないのに、七瀬は顔を赤くしながらわたしより先に保健室を出た。
「もう一人で歩けるだろ?」
「努力する」
「是非してくれ。そうじゃないと、真面目な話、本気で俺自身が制御できなくなる」
「ん……?」
七瀬も何かを我慢していた?
彼と付き合ってまだまだほんの数十日くらい。とりあえず、七瀬の優しさは凄く理解出来た。
そして体育祭が終わったら、次はまた勉強とかでお世話になる。
「輔は優しい」
「……まぁな。でも、綾希だから」
「ありがと」
「ほら、行くぞ」
そう言うと、七瀬はわたしの唇に触れていない手を差し出した。
彼の気持ちに、そしてその手に触れるわたしは彼氏と一緒に廊下を歩き出す。




