プロローグ 4
私、オフィーリア・ドヌーブは知る人ぞ知る名門侯爵貴族の令嬢として名を馳せていた。
周囲からはチヤホヤもてはやされるものだから、ついこちらも高飛車な態度を取ってはいたものの常に努力は怠らなかった。
ありとあらゆる教養を身に着け、妥協は決して許さない。何故なら私は生まれた時からこの国の王太子、アシル・バスチエと結婚することが決まっていたからだ。
そして、彼自身にも将来人々から尊敬される国王を目指して努力するように常日頃から言い聞かせていた。
……でもそれが良くなかったのだろう。彼に少々言い過ぎてしまったのだ。
アシルはいつしか私を煩わしい存在と認識する様になり、彼が18歳を迎える頃には私の目の前で堂々と複数の女性達と親し気に振舞う様子を見せるようになっていたのだが……私は左程気に留めなかった。
それはアシルが常に複数の女性達を自分の傍に侍らせていたからだ。つまり、本気になっている相手はいないということ。
然も幸いなことに、女性達は全員私よりも身分が低かった。そこで私は侯爵令嬢という立場を利用して彼女達を威嚇し、次々と追い払っていった。
その事に対し、アシルは「なんて真似をしてくれたのだ」と怒りをぶつけてきた。
けれども私はそれを軽く聞き流し、「いずれ国王になるのですから、身の程をわきまえて下さい」とやんわりと注意するだけにとどめていた。
私は将来、彼の妻になるべき存在。
未来の夫を正すのは私の役目であるのだから。
そう思っていた矢先、事態は思わぬ方向へ転がって行った。
ある日突然現れたソネットによって、私の立場が危ぶまれるようになってしまったのだ――
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ここ最近、アシルはどこからともなく一人の女性を城に連れてきて住まわせているという噂話を耳にした。しかもあれほど多くの女性達を侍らせていたのに、今では1人の女性に夢中になっているという。
そこで私は噂の真意を確かめるべく城に足を運んだ。
『アシル様は、一体どちらにいらっしゃるのかしら……?」
アシルを捜すべく、宮殿内を歩き回っていると偶然アシルが女性を連れているところに遭遇してしまったのだ。
アシルは私を見ると、露骨に嫌そうな表情を浮かべて小さく舌打ちする。
『だ、誰ですか……? アシル様。隣の女性は一体何なのですか?』
目の前に立つ女性を指さした。
『彼女を見て分からないのか? この国の聖女だ。お前はそんなことも知らないのか?』
『そんな……聖女だなんて……』
アシルの傍には、銀色の長い髪に赤い瞳。そして透けるように真っ白な肌の女性が付いていたのだ。
この女性は初めて見る。しかも今までとはどこか毛色が違う。
『それにしても、相変わらずお前は図々しいな。連絡も無しにいきなり押しかけてくるのは失礼だとは思わないのか? 身の程を知れ』
ため息をつきながら、前髪をかき上げるアシル。まさか侯爵令嬢の私に身の程を知れというなんて……!
『突然の訪問は、確かに少々礼を欠いてしまったと反省しております。申し訳ございませんでした。ですが、私はこれでもアシル様の婚約者です。それに……少々噂を耳にしたものですから……』
チラリとアシルの隣に立つ女性を見つめると、彼女は怯えた様子を見せてアシルの背後に隠れてしまった。
この私に挨拶もしないとは……! 思わず一言注意しようとした矢先。
『オフィーリア! ソネットはか弱い女性なのだ。ただでさえ、お前は目つきが悪いのに睨みつけて彼女を怯えさせるな!』
あろうことか、アシルは私の悪口を付け足しながら説教してきた。
言いたいことは山ほどあったが、彼はこの国の王太子。私よりもずっと高貴な身分なのだ。グッと怒りを堪えて、出来るだけ穏やかな口調で尋ねた。
『別に怯えさせるつもりはありませんでしたが……それよりも彼女はどなたなのですか? 今まで一度もお顔を拝見したことはありませんし……何故先程から一言も話をしないのでしょう。ひょっとして言葉が通じないのでしょうか?』
するとアシルは増々怒りだした。
『何を失礼なことを言っている! ソネットに謝れ! 彼女は俺の大切な女性なのだ! 何しろ、伴侶になる女性だからな!』
『え……!?』
アシルは耳を疑う台詞を口にしたのだった——