1章21 『テミス』の町 10
ガラガラガラ……
荷馬車の手綱を握りしめながら爺やが尋ねてきた。
「オフィーリア様、本当にあの少年を屋敷に連れ帰るのですか?」
爺やが荷台の上で膝を抱えて座っているビリーをチラリと見た。
「ええ、そうよ。だって両親がいないなんて可哀想じゃない」
「ですが教会に預けることも出来たのではありませんか? 何も連れ帰らなくても……」
「あら? 爺やは反対なの?」
「いえ、反対という訳ではありませんが、ただ旦那様が何と仰るか……大体、素性も分からない少年ですし」
爺やがゴニョゴニョと口ごもる。
「お父様は私が説得するわ。確かに素性は分からないかもしれないけれど、ほおっておけないわよ」
『ルーズ』の村で孤児たちが飢え死にしていく姿が今も脳裏に焼き付いている。
チェルシーを失ってしまった私は、自分のことだけで精一杯で何も出来なかった。
もう、あんな思いはこりごりだった。
「オフィーリア様は、本当にすっかり変わられましたね。外見はそのままなのに、中身はすっかり別人のようです」
その言葉にドキリとする。
「いやぁね~。爺やったら、何言ってるのよ。あ! ほら、料理店が見えてきたわよ!」
指さした先には、料理と水を用意してくれた料理店があった――
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少年を荷馬車の前で待たせ、私は爺やと一緒に鍋を帰しに行った。
「料理長。鍋を貸してくれてどうもありがとう。スープも皆美味しいと言って、喜んでいたわ」
「そうですか。それは何よりです」
けれど、料理長は面白くなさそうに返事をする。
プライドが高い彼は、自分の作った料理を特例第一区の人々にあげたことがイヤなのだろう。
すると、料理長は窓の外を見て眉を顰めた。
「何だ? あの見すぼらしい子供は。あんなのが店の前に居たら、品位が下がるな。ちょっと追い払ってきます」
料理長が外へ出て行こうとしたので、私は慌てて止めた。
「駄目よ! 待って頂戴!」
「お待ちください!」
爺やも私に倣って料理長を引き留める。
「何故止めるのです? あんな汚らしい子供がいたら、お客が来ませんよ」
「あの子はビリーという名前で私が屋敷に連れて帰るのよ。屋敷の小間使いに雇うことにしたの」
「え!? そうなのですか!?」
何故か爺やが驚く。
「え? あの子供をですか? 役に立てそうなのですか?」
何処までも少年を軽蔑する素振りを崩さない料理長。その態度がどうにも気に入らない。早々に、ここを出た方が良さそうだ。
「役に立つかどうかは、仕事をさせてみないと分からないわ。それじゃ料理長。お邪魔したわね、行きましょう。爺や」
「は、はい! オフィーリア様」
店を出る際。
料理長が「又のお越しをお待ちしております」と、背後から声をかけてきたけれども、私は返事をしなかった。
「お待たせ、ビリー」
「大丈夫です」
店を出て荷馬車の前で待っていた声をかけると、ビリーは首を振った。
「これから屋敷に行くから、別の馬車に乗り換えるわよ。今、爺やが馬車を取に行ってるから……あ、噂をすればよ。ほら、あれに乗るの」
爺やを乗せた馬車がこちらへ近づいてくる。
その馬車を見てビリーが驚いたのは……言うまでも無い――




