プロローグ 3
ビリーの祖父とは若い頃、少しだけ交流があった。
あの当時、まだ村に来たばかりで慣れない私に色々親切にしてくれたが、人間不信だった私は彼が鬱陶しくてたまらなかった。
今にして思えば随分酷い態度を彼にとってしまっていた。だがその彼も今から5年程前に亡くなり、もうこの世にはいない。
「おせっかいなところは彼にそっくりだよ」
歩きながら、ポツリと呟く。
私の住む家は村の中心部から一番外れにあるので買い物には不便な場所にある。
人づきあいが苦手な為に、敢えて私は村はずれの空き家を購入して住むことにしたのだ。
「それにしても遠いねぇ……」
ここ最近腰だけでなく膝の痛みも出てきた。若いときは片道30分の道のりも、今では1時間かかるようになっている。
こんなに長い間この村に住むことが分かっていたなら、もっと便利な場所に住めばよかった。
唯一便利な事と言えば、お墓が近い事だろう。
「そうだ。今日は荷物も無いことだし、出て来たついでにお墓参りでもして帰ることにしようかね」
お供え用に、道端に咲いている野花を摘むと私は墓地へ足を向けた――
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「来たわよ。爺や、婆や。それにチェルシー」
私は3人が眠る墓の前にやってきた。
それぞれの墓に、先程摘んできた花を手向けると話しかけた。
「私の為に苦労掛けさせてしまってごめんね爺や、婆や。それにチェルシー。まさか私よりもずっと先に死んでしまうとは思わなかったわよ」
爺やに婆やが先に死ぬのは分かり切っていた。けれどチェルシーが若くして死んでしまったのは確実に私のせいだ。
「……皆、早く私を迎えに来てちょうだい……」
私は墓の前で祈りを捧げた――
****
少し太陽が傾きかけた頃、ようやく我が家が見えてきた。
「ふぅ、やっと辿り着いた……えっ!?」
次の瞬間、思わず目を見開いてしまった。驚いたことにビリーが家の前で座っているではないか。そして私を見ると笑顔で手を振ってきた。
「あ! お帰りなさい、リアさん!」
「ちょ、ちょっと一体何をしているんだい!? 帰ったんじゃなかったのかい!」
声をかけながら近づくと、立ち上がるビリー。
「そうですよ。だって野菜だけ置いて帰るわけにいかないじゃありませんか。こんなところに置いておいたら、野鳥に食べられてしまうかもしれないですよ」
「大袈裟だねぇ。この辺には野鳥の餌になる木の実が沢山あるから、そんな心配は無用だよ」
ポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込んで回しながら返事をする。
「そうですか? でも、この荷物を家に運ぶのも大変でしょう? 手伝いますよ」
「何? 家に運ぶだって?」
まさか、この若者は家に上がり込むつもりなのだろうか?
けれど……。
お人よしの彼は、ニコニコしながら私を見おろしている。
「……お入り。お茶でも淹れてあげよう」
幾ら人づきあいが苦手な私でも、荷物を運んでもらったあげくに2時間近くも待たせた相手を無下に追い返すなど出来ない。
「え!? ほ、本気ですか!?」
余程私の誘いに驚いたのかビリーが目を見開く。
「何だい、嫌なら荷物だけ置いて帰りな」
「い、いえ。そんな! 嫌なんてとんでもないですよ。お邪魔します」
「そうかい? ならお入り」
家の中に入ると、カゴを持ってビリーがついてきた。
「カゴは、そこの床に置いておいてくれ」
「はい」
私の指示した場所に荷物を置いたビリー。
「それじゃ、そこの椅子に掛けて待ってな。今、お茶を煎れてくるから」
「ありがとうございます!」
元気に返事をするビリーを残し、お茶の用意をするために台所へ向かった――
「お待たせ。お茶を煎れてきたよ……って、一体何を見ているんだい!」
部屋に戻った私は思わず声を荒げてしまった。
何故ならビリーが棚の前に立って、じっと見つめていたからだ。
「何の写真か気になってしまったのでつい……本当にすみませんでした!」
申し訳なさげにビリーが頭を下げてきた。
「え? 写真?」
棚の前に行ってみると、そこには私がまだ若い時の写真が飾られていた。
まだ侯爵家の令嬢として何不自由なく暮らしていたあの時の……。
「この真ん中に映っているドレスを着た女性は誰ですか? とても綺麗ですねぇ」
「この写真は私だよ。今から何十年も昔のね。そして一緒に映っているのは、私の爺やと婆や。それに2人の孫娘で私の専属メイドだったチェルシーだよ」
「え!? それじゃ……やっぱり、リアさんてお嬢様だったのですね!? 村でそう
いう噂話を何度か耳にしたことがあったのですが、本当だったなんて!」
大袈裟な程に驚くビリー。
「全く煩いねぇ。それ位の事でガタガタ大きな声で騒いだりして。お茶を煎れたから、さっさと飲んで、とっととお帰り!」
「わ、分かりました! いただきます!」
ビリーは慌てて返事をすると、テーブルに着いた。
私も席に座ると早速2人でお茶を飲むことにした。
「……美味しい! リアさん、このお茶すごく美味しいですよ!」
「そうかい。だけど、褒められてもお茶しか出せないよ」
「いえ、お茶を頂けるだけで充分ですよ。それで……あの、リアさん」
「何だい?」
お茶を飲みながら返事をする。
「どうして、お嬢様だったリアさんがこの村に来たのか……教えて頂けませんか?」
「は? 何であんたにそんなこと話さないといけないんだい?」
「そうですよね……変なこと聞いてしまいました。ただ、リアさんがすごく寂しそうに見えたので‥‥…すみません。今の話、忘れて下さい!」
「いいよ、別に」
何となくビリーには話してもいいような気がする。
「え、本当ですか!?」
ビリーの言葉に頷くと、昔の出来事をポツリポツリと語り始めた――