1章13 『テミス』の町 1
――9時
「それじゃ、行ってくるわね」
屋敷の外まで見送りに出てきた婆やとチェルシーに声をかけた。
私の背後には馬車が待機している。ちなみに御者台に乗っているのは爺やだ。
「オフィーリア様、本当にお1人で大丈夫ですか?」
「侯爵令嬢なのに、お供をつけないなんて……」
チェルシーと婆やが心配そうな顔で尋ねてくる。
「ええ、大丈夫よ。2人とも心配性ね」
だってこの先私はずっと『ルーズ』の村で1人生きていくことになるのだから……とは、この場では言わない。
またわざわざ話を蒸し返せば、『やっぱりオフィーリア様について行きます!』と言いかねない。
すると御者台の爺やが話に加わってきた。
「大丈夫だ、2人とも。この私がオフィーリア様について行くのだから心配するな。さ、オフィーリア様。馬車へどうぞ」
「ええ」
早速馬車に乗り込むと、チェルシーが扉を閉めてくれた。
「おじいちゃん、オフィーリア様をよろしくね」
「ああ、任せておきな。それじゃ出発しますよ!」
爺やの掛け声と共に、馬車はガラガラと音を立てて走り始めた。
『テミス』の町へ向けて――
****
馬車の中で、私は『テミス』が滅びた時の状況をもう一度思い起こしてみた。
『テミス』は鉱山採掘で発展した町だった。
大量に金塊が掘れることで町は潤い、多くの人々が集まって暮らしていたのだが悲劇が起こった。
町で一番大きな井戸から毒ガスが発生したのだ。
まず最初のきっかけは井戸水を飲んだ人々が毒によって次々と亡くなり、その後すぐに大量の毒ガスが一気に井戸から溢れ出した。
一度吹き出した毒ガスはとどまることを知らずに溢れ続け……町中を汚染し、たった一日で何千人もの命を奪ってしまったのだ。
生き残った人々は、ほんの一握りだったと言われている。
「まずは……」
私は座席に置いた旅行バッグに視線を移した。この中には私のアクセサリーが大量に入っている。
「アクセサリーを売ってから、井戸のある場所まで行ってみましょう」
そう。
井戸の問題を解決するには……まず、資金力が第一だから!
『テミス』の町でも、私の悪名は有名だ。
その悪名を利用して井戸問題を解決させるのだ――
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「……様、オフィーリア様……」
う~ん……誰が私を呼んでいるのだろう……?
「起きて下さい! オフィーリア様!」
「ウキャアアアアア!」
突然大きな声で名前を呼ばれて、年甲斐もなく悲鳴を上げ……驚いた顔でこちらを見ている爺やに気付いた。
「あ……じ、爺や……? 驚いたわ……」
私はいつの間にか眠っていたようだ。
やはり荷馬車と違って、乗り心地の良い馬車は眠りを誘う。
「驚いたのはこちらですよ。先ほどから何度もお声をかけていたのですよ?」
爺やは相当驚いたのだろう。胸を押さえている。
大変だ!
「ごめんなさい、爺や。心臓は大丈夫? どこか苦しいところはないかしら?」
「ええ、大丈夫です。それより、オフィーリア様が指定されていた『モーリー・オハナ』というブティックに到着いたしましたよ」
「え? 本当?」
窓から外を眺めると、オレンジのレンガ造りの店が見えた。看板には『モーリー・オハナ』と書かれている。
うん、間違いない。ここは私が何度もオーダーしたことがあるブティックだ。
「ありがとう。それじゃ、ちょっとお店に顔を出してくるから爺やはここで待っていてくれる?」
「はい、ではおとなしく待っておりますね」
素直に頷く爺や。
私は意気揚々とバッグを持って店に入り……物の30分で交渉成立し、高値で全てのアクセサリーを買い取ってもらうことが出来たのだった――




