プロローグ 2
ここは王都から最も遠く離れた場所にある辺鄙の農村『ルーズ』。
村民の数は500人にも満たない小さな村で、特に目立った観光資源も特産品も無い実につまらない村だ。
私、フィーリア・ドヌーブは、この村に移り住んでかれこれ60年以上の長い時を過ごしてきた――
――正午過ぎ。
「ふぅ……重たいわねぇ」
大きなカゴを背負って歩いていた私はため息をついた。
背負ったカゴの中には近隣の農家から分けて貰った野菜が入っている。ここ数年ですっかり足腰が弱った老体には、カゴの中身が重すぎて堪らない。
「少し、欲張ってしまったかしらねぇ……でも、食糧を確保する為に頻繁に出歩くのも億劫だし……」
野菜を分けてくれた農家の男性は家まで運んであげようと言ってくれたが、きっぱり断っていた。
ある過去から私はすっかり人間不信に陥り、人と関わることがイヤになっていた。
人づきあいなんて、冗談じゃない。
いつか裏切られてしまうに決まっている。それなら最初から1人でいればいい。そうすれば誰かに傷つけられることも、取り残される寂しさも味合わなくて済むのだから。
気楽に生きるには誰かと関わるものでは無いと、長年の経験上分かっている。
「う~ん……」
右手に持った杖で身体を支えて、曲がった腰を伸ばす為に無理やり背中を反らしたとき――
「おーい! リアさーん!」
前方からこの村に住む赤毛の若者……確か、名前はビリーだったろうか? 彼が笑顔で駆け寄って来た。
「何だい? この私に何か用かい?」
村人達とは極力関わりたくないので、わざとつっけんどんに尋ねる。
「トムさんから野菜を分けて貰って来たんですよね? 重いだろうから俺が家まで運んであげますよ」
「別にいいよ。これくらい、1人で運べるから」
この若者はいつも冷たくあしらっても、1人暮らしの私を気にして何かと声をかけてくる。
全くもって、いい迷惑だ。
そのまま杖をついてビリーの前を通り過ぎようとしたとき。
「遠慮しなくていいですって」
突然背負っていたカゴをヒョイと肩から外されてしまった。
「あ! ちょっと何するんだい! 返しておくれ! あ、イタタタタ……」
若者からカゴを取り返そうとした時。
突然腰に激しい痛みが走る。
無理に背筋を伸ばしたものだから、腰を痛めてしまったようだ。
「え!? リアさん、大丈夫ですか!?」
「何が大丈夫なものかい! あんたのせいで腰を痛めてしまったじゃないか! イタタタタ……」
痛む腰を抑えながら、ビリーを怒鳴りつける。
彼のせいではないことくらい分かり切っていたが、つい八つ当たりをしてしまう。
するとビリーは申し訳なさげに謝ってきた。
「すみません、リアさん。でも腰が痛いなら尚更カゴを背負って歩くのは無理ですよ。ここは俺に任せて下さい。父さんから言われているんですよ。リアさんは1人暮らしで大変だから親切にするようにって。ひと足先に家に運んできますから!」
その言葉にギョッとする。
家に届ける? 冗談じゃない。私は誰の手も借りたくはないのだから。
「いいってそんなことしなくても……え? あ、ちょっとお待ちよ! こらーっ! 人の話を聞きなさい!」
私の制止を聞くことも無くビリーは駆け足になると、あっという間に見えなくなってしまった。
「全く……せっかちな若者だよ」
ため息をつくと、私は再び杖をつきながら歩き始めた――