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振られた同士で付き合ったら意外と幸せだった話  作者: 佐藤ヒロフミ


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失恋と運動不足の翌日はヤバい


 それからというもの、嫌がらせは激化した。


 まずは夜に出したゴミが翌朝には荒らされていたこと。何か盗まれたのかどうかは判らない、何を捨てたかまでは覚えてないしな。


 更に玄関のドアの前に障害物を置いてドアを開けられないようにされた。


 これは通りかかった同じ階の住人の人に助けてもらった。お礼を言うために顔だけ出したら悲鳴を上げて逃げられたのは良い思い出だ。


 このままでは遥を一人にすると問題があると判断した俺は、店長に事情を話して俺が勤務中休憩室に居ても良いという許可を取った。


 しかし、これには誤算があった。スキンシップが過剰なひなたにヤキモチを妬く遥がいた。そして何が楽しいのかよりヤキモチを妬かせようと更に密着するひなた。その日の夜はとても怖かったです。


 もちろんのことだが、連日のようにポケットに紙は仕込まれていた。


『別れろ』『彼女から離れろ』『お前に幸せには出来ない』などなど。


 恨みつらみと嫉妬が燃え上がった呪いの手紙を最低でも一日一通は頂戴している。


 それら全ての内容は遥と共有している。


 そんな毎日のように続く嫌がらせをなんやかんやと受け流しながら日数を経て暮らしていたが。


「………………ふぅ」


 家で過ごしていて、遥がため息を吐く回数が増えてきた。


 流石に心労が溜まってきてるか……。


 そんな時だった。風呂が沸いたアナウンスが部屋に響く。


 その音にビクリと肩を跳ねさせる遥。しかしそれも束の間、笑顔で俺の方へと振り返る。


「お風呂沸きましたね、一緒に入りますかっ?」


 振り絞った空元気なのだろうか。


 しかし、俺はその提案に。


「絶対に入らない」


 断固として拒否する。


「えぇー、どうしてですか? 恋人同士なのに」


「お父さんとの約束を破るかもしれないからだよ!!」


 一応は俺を信頼して…………たぶん、信頼して送り出してくれたんだ。その信頼を無碍にすることは出来ない。


「私はウェルカムなんですけどね」


「………………」


 やめろ、俺の鉄の誓いをそんな簡単に崩すのは。


 夜、二人で同じベッドで寝るのさえギリギリなんだぞ!


 しかしそれ以上追求するつもりはなかったのか、タオルと着替え一式を持って脱衣所へと向かう……が。


「入りません?」


「入る……………………らないっ!!」


「残念」


 くすくす笑って風呂場へと消えていった。


 俺の理性はよく頑張ってる。誰にも評価されていないが、せめて俺だけは俺の理性を褒め称えよう。



――――――――――



 翌日。


 俺は遥を誘って外に出た。


 何処か? 正直、彼女の気が晴れるならそれはどこでも良かった。


 家にずっと居ても塞ぎ込んでしまうだろう、気分転換に出掛けるのが良いと思ったのだ。


「霜崎さんも時間が合えば良かったんだけどな」


「いいんですよ。それにみーちゃんまでいたら、デートじゃ無くなっちゃいますから」


 そう、恋人同士で出掛ける。それは紛うこと無きデートである。


 なんだろう、今まで何度も二人で出掛けることは何度もあったのに、でででででデートだと自覚すると無性に緊張してしまうのは。


 遥が嬉しそうに俺の腕に抱きついてくる。


「それで、何処に行くんですか?」


「んー、最初は猫カフェとか考えたんだけどさ」


「良いですねっ!! でも…………」


 そうなんだよな。


 飲食店を営んでいるからこそ、動物の毛などが衣服に付着するのはよろしくない。


 というわけでやってきたのが。


「動物の形をした陶器を売ってる小物屋です、どうぞ生き物と思って見て触れて感じてください!!」


「………………」


 笑顔から一転、真顔である。


「……というのは冗談で」


「ですよね」


 無表情がちょっと怖い。


「正直、動物とは無関係で俺が好きなことではあるんだけどさ。こういう陰々滅々としたときって、体をスカッと動かすのが良いと思うんだよな。というわけで」


「スカッシュ……ですか」


「知ってる?」


 名前だけは、と頷く遥。


 色々と細かいルールはあるものの、要するに交互に打ち合う壁打ちテニスである。


「本来は勝負で勝ち負けがあるんだけど……今回は気にせずに体を動かすことだけを考えよう。……ってことを考えたんだけども……」


 嫌じゃなかっただろうか。それだけが不安である。


 しかし俺の不安をよそに、遥は笑顔を見せた。俺の手を握って、かすかに上下に振る。


「前に言ったじゃないですか、ジローさんがやりたいことに付き合いたいって。だから、やってみましょうよ。そのために今日はスカートじゃないんですよね?」


 スカートを履いていこうとした遥にNGを出したのは確かに俺だけど。


 …………いやいや、いざ着いてからあーだこーだと悩むのは男らしくないぞジロー!


「よしっ! 遊ぶぞう!」


「はいっ!」


 そして意気揚々と入店、道具をレンタルして、体を動かすこと五分。


「………………」


「……はぁ……ぜぇ……ひぃ……!」


 息も絶え絶えの遥がいた。


 普段はあまり動かすタイプでは無いため、こういった全身を使うスポーツだと沈没するのも早い。


 俺はようやく温まってきたところだが……。


「……休憩する?」


「い、いえ……まだです……! 次いきますよ……っ、へぁっ……っ!」


 気の抜ける掛け声と共に打ち出されたのは、へろへろの球。


 本来一番下のラインより下だとアウトなんだけど……まあ、今回はね?


 ぽてんぽてんと転がる球を掬い上げるように打ち返す。軽く。


 とっても軽く。それもなるべく遥の前に返ってくるように。


「へぃっ……!!」


 ぶんと大振りで振ったラケットは、テニスボールを捉えること無く宙を打ち返した。


「…………」


 膝から崩れ落ちる遥を前から抱き留め、壁際まで連れて行く。


 長椅子に座らせて、持ってきていた水を手渡す。


「あ、ありがとうございます……」


 汗だくである。


 タオルで額の汗を拭っていく。額から頬へ、頬から顎先へ。


 顎から首筋…………。


「そ、そこは自分でやりますから!」


「あ、そう……?」


「なんで残念そうなんですか……」


 普段はお世話されまくっている俺が、今日に限ってはお世話してるみたいで嬉しかったからかな!!


 汗を拭う遥をぼうっと眺める。


 後ろで束ねた髪を持ち上げて、首を拭う姿はとても艶めかしく。


 不謹慎にも生唾を飲み込む俺である。


「……なんか、目線がいやらしいです」


「そ、そそそそそそそんなことがあろうはずもございません!?」


 ジト目で睨む遥は、俺の心中など既に察しているのだろう。


 どんどんと悪戯っぽく笑うように変化していく。


「夜になら、いいですよ?」


 そう言いながら俺にしなだれかかろうとしていた遥は。


「あふん」


 膝に力が入らないのか、そのまま倒れそうになった。


「あっぶな……っ!!」


「う、運動不足の自分が憎い……!」


 気付けば俺の肩を掴む両手もプルプルと震えていた。


「定期的に運動しに来れば、誘惑も出来ないだろうな」


「く、くぅ……っ!!」


 悔しそうにする遥は、とてもレアものである。


 その表情を見れただけでも今日は来てよかった。そう思える一日だった。


 ………………


 …………


 ……


 そして帰りにショッピングモールへ寄ったのだが。


「ちょ……ちょっとお手洗いに行ってきてもいいですか?」


 生まれたての子鹿のようにプルプルと体を震わせる遥は、俺にもたれかかるように歩いていた。


「大丈夫か? 一人で行けるか? 手伝おうか?」


「け、結構です!!」


 流石にそれは恥ずかしいらしい。なら同棲を始めてからの誘惑も恥ずかしがって欲しいものだが。


 トイレの前で待とうかとも思ったが、それは流石に不審者が過ぎる。


 少し離れたベンチで座って待つことにした。


 ボーっと待つ。


 出掛けてからというもの、遥がため息を吐くことはなく、塞ぎ込んで落ち込むことは無かった。


 ……まあ、肉体が限界まで悲鳴を上げていてそこまでの余裕はないのかもしれないが。


 とは言え、気分転換にはなったはずだ、たぶん。


 後は、当の問題をどうにかしなければならないのだが。


 これまでずっと直接的な接触は無く、間接的な嫌がらせばかりだった。


 だからこそ決め手はなく、嫌がらせをされたところで……ぶっちゃけた話、効いてないアピールをするしか手は無い。


 向こうが諦めるまで、これを繰り返すのか……?


「途方もねえなあ……」


 ポツリと呟く。思わず出た声に、俺自身も驚いた。


 周囲の行き交う人々には聞こえていなかったようで、それだけが幸いだ。


「…………っ…………てくだ…………っ!!」


「……ん?」


 トイレの方から何やら言い争う声。


「…………ジロー、さん、助けて……ジローさんっ……!!」


「遥!?」


 弾かれたように立ち上がって向かう。


 トイレの入口傍で遥の手を掴んで引く男。


 その手を引き剥がそうとしているが、体に力が入らないらしくろくな抵抗も出来ないようだ。


「何してんだお前!!」


 あらん限りの大声を張り上げて走る。


 その声に驚いたのか、男は顔を上げて俺を見た。


 目深に被ったフードに黒のマスク。目だけしか見えない。しかし、その目は怯えているようにも見えた。


 俺の大声を聞きつけてきたのか、通行人が覗き込むように俺たちの様子を見に来る。


 複数人の視線に晒され諦めたのか、遥の手を放して俺の横を通り抜けようとする。だが通すわけがない。


 ……と思っていたのだけれど、崩れ落ちる遥を目の当たりにしたら、彼女を抱き留める方を優先しなければならない。


 素通りしていく男を横目で見ながら、俺は倒れる遥を抱き留めた。


「大丈夫か!?」


「は、はい…………」


 落ち着いた遥から話を聞く限りでは、トイレから出るなり腕を掴まれたそうだ。


 そして蚊の泣くような声で一言。


『僕たちは一緒になるべきなんだ』


 だそうだ。


 その出来事は霜崎さんへも共有しておいた。


 今日はこのまま帰ろう。だがその前に――俺は小物屋へと向かう。


 このまま、許すわけがないだろう。そのために俺はとある道具を手に持つ。


 それは薄手のショルダーバッグ。俺は必殺の武器を手に、復讐心をメラメラと燃え上がらせるのであった。

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