失恋とジロス
「お邪魔しまあす……」
遥を招き入れる。十畳間のワンルームである俺の城。
「ようこそ、カサ・デ・ジローへ」
「………………何にも、ありませんね?」
ええ、まあ。
白物家電だけはなんとか揃えたが、インテリアや家財道具といった類のものは不足どころか皆無である。
部屋の隅に着た服が積み上げられているのもいつもの光景。
しかし言い訳をさせてほしい。いや、俺も新しい家だしきちんとしようと思ったんだよ?
でも買いに行こうと思った時に限って色んなイベントが起こるおかげで、買い揃えるのがとても遅くなってしまい、気がつけば洗濯物の山の完成なのだ。
「いつも通りと言えば、いつも通りですけどね」
俺の汚点という汚点はいつも赤裸々に見せているため、この程度では動じない遥である。
ちなみに、霜崎さんは逃げたようだ。鍵を開けっ放しで帰るなんて、泥棒が入ったらどうする!!
『取られるものないから良いでしょ』とメッセが返ってきた。そういう問題か?
「とりあえず、家具類を買い揃えないといけませんね」
「あっ、それ言っちゃいけないんだぞ!!」
「え……えっ?」
しかし口に出したものは既に戻らない。覆水盆に返らずということわざがあるだろう?
なんかそういうアレなのだ。
俺のスマホが音を立てて震え始めた。
「ほらぁ!!」
画面を確認すると、知らない携帯番号から。
一体誰だろう? しかし一つだけ確信していることがある。
今日の家具を買いに行く時間は、もう無くなったな、と。
「もしもし?」
「もしもし? こちら昼河次郎さんの携帯でよろしかったでしょうか?」
随分と礼儀正しい電話口だった。
思わず俺もかしこまってしまう。
「そうでござる!」
間違ったかしこまり方だった。
「私、姫宮ヒメ先生の担当編集をしている鈴木と申しますが……」
「ああ、あのひとくちケーキの人」
「…………その覚え方は大変遺憾ではありますが、その通りです」
しかし、何故そんな人が俺の電話番号を?
近頃、俺の意志と関係なく個人情報が漏洩しておりませんか?
知らない人に渡ってるわけじゃないし、まあ良いか、よくはないけど。
「それで? ケーキの早食い大会でも開かれるんですか?」
「もし開くのだとしても、それ関係で貴方に連絡をしないと思うんですが」
そりゃそうだ。
一人で参加して、出てくるケーキを吸い込むように食べていくんだろう。
全部一口で。
「ふふ」
「失礼な想像してませんか?」
「滅相もない」
「…………はあ、話が進まない……っ」
申し訳ございません。
遥も退屈してそうだし、そろそろ本題に入ろうか。
「今から、先生の作業場に来ていただけませんか?」
それが本題だった。
――――――――――
「ジローロス?」
雫さんの作業場兼自宅。
ここを出たのは数週間前だが、変わりはない…………というのは嘘だ。
あれだけ片付いていた家が、とんでもなく汚部屋に変わり果てていた。
俺が寝泊まりしていた一角もそのままで、なんなら雫さんは今そこで寝ていた。
自分のベッドあるのにな。
「ええ、貴方が出ていってからというもの、全然筆が進んでいないようでして。本人曰くジローロス。略してジロスだと」
「ギリシャにでも行くつもりですか?」
「じ……ジロスさん、私片付けてもいいですか?」
遥は何やらうずうずしていた。
「いいけど俺の名前間違えてる」
「すいませんジロスさん」
また…………いやまあいいや。
俺が寝ていたベッドに歩み寄ってみる。
「雫さん」
うつ伏せでピクリとも動かない彼女をゆさゆさと揺らしてみる。
これ寝てるのか? 編集さんを見てみると、首を横に振った。ごめん、わかんない。
「雫さん、雫さん。ヤンキーメガネ、ロン毛巨乳」
揺らしながら声をかけ続ける。すると。
「ジローの幻が見える……イリュージロー」
「それは流石に無理がある。ほら、早く起きてください」
首だけ横に動かし、片目だけで俺を補足する。
寝ていたのか塞ぎ込んでいたのか判別できないが、薄ぼんやりとした表情。
「…………ジロー? 本物か?」
「偽物のサブローかもしれませんけどね」
むくりと起き上がった雫さんは、俺の肩をペタペタと触る。
肩から二の腕、腕へと移動して俺の手を握る。
両手の指と指を絡め、俺の顔をじっと見る。
「へへ」
「――――――」
ヤバい、不覚にも可愛いと思ってしまった。
後ろにはゴミを詰めている遥が、俺の彼女がいるというのに!
「自分のベッドがあるでしょうに、なんでここで」
「ここ、ジローの匂いがするから」
「臭いってことか!!」
雫さんの肩を掴んでガクガクと揺らす。
彼女のとても長い髪の毛は激しく波打ち、ベッドの白と髪の黒とのコントラストが目まぐるしく変わる。
「ちょ……っと、落ち着いてください!」
そんな俺を引き剥がす編集さん。
落ち着け俺、臭いと言われたわけじゃないぞ。落ち着くんだ。
「……………………ジロー?」
揺らしたおかげで目が覚めたのか、何度かまばたきを繰り返しながら俺を見つめる。
焦点があってきたようで、俺を見る顔がどんどんと赤くなっていった。
「なんかギリシャの街に行きたいとか聞きましたけど」
「……ギリシャ? なんでギリシャ?」
「ジロスとかなんとか」
「おま……鈴木!?」
スーツ姿の編集さんに恨みの視線を込めるが、当の本人は何処吹く風。そっぽを向いていた。
「仕事をしないのが悪いんですよ」
ベッドから起き上がる雫さん。
いつものジャージ姿で、ボサボサ頭をボリボリとかきながら部屋を見渡す。
「一体どうしたんですか」
俺の質問にも、気まずそうに顔を逸らす。
「……なんつーか、そのー」
そして黙る。
話が進まない事に業を煮やしたのか。
「言えばいいじゃないですか。彼がいなくて寂しすぎて仕事が手につかないって」
編集さんが代わりに応えた。
「お前っ!?」
「私は仕事さえしてくれれば、先生の色恋沙汰はどうでもいいので」
クール&ドライ。
雫さんの睨みも軽く受け流すかのような冷たい雰囲気。
「…………はあ」
雫さんはベッドから足を下ろす。
縁に腰掛け、俺を見上げた。
「……なんか、ダメなんだよ」
「何が?」
「どんな恋愛を書いても、お前と照らし合わしちまう。お前とこんなことをしたら……なんて考えて、でもお前には遥もいて、それで、なんか…………」
続きを書けない、と。
「なんとかしてください」
編集さんは俺にせっつくが、そもそも俺にどうしろと。
途方に暮れて立ち尽くす俺の手を、雫さんが取る。
「なんか、切っ掛けがあればな」
指を一本一本なぞるように挟んでいく。
それはとても扇状的な所作だけど…………。
「雫さん、遥います」
「へ?」
「ジロスさん! あれ、ジローさん? 見てください! 綺麗になってきましたよ!! あ、姫宮先生おはようございます!」
ちょっと雫さんを見ている間に、なるほど確かに部屋はみるみる綺麗になっていく。
さすがお掃除名人である。スーパーお掃除ウーマンという称号を授けようと思う。
「あ、ああ…………」
今の遥は部屋を掃除することしか頭にない。
例えば、ここで編集さんがホールケーキを一口で食べたとしても彼女は気付きすらしないだろう。
「例えで私を不名誉な形で参加させるのやめてもらっていいですか」
無理です。あれは今年一番衝撃的な出来事でした。
「もっとあると思うんですが」
「あ、あのさ……遥」
「はい! なんでしょう!?」
バリバリと掃除をしながらも雫さんの問いかけに返事をする遥。
しかしその視線は汚れへと向けられている。
「作品づくりのために、ジロー借りてもいいか?」
「はい、どうぞ!」
俺の意思は?
「諦めてください」
編集さんがずっと俺に厳しい件について。
それこそ諦めろって感じだって? ですよね。
「ジローと夕飯食べたりとか……」
「いいですよ?」
だから俺の意思…………言うだけ無駄か。
「ジローを貰っても――」
「それはダメです!!」
手を止めることなく、間髪入れずに却下。流石です遥さん。
っていうか今回俺の出る幕無くない?
今回雫さんを起こすことしかしていない。
後はずっと編集さんにチクチク言われながらこの場にいる。俺がいる意味とは。
「ジローと一緒に風呂――」
「ダメ!!」
二人のやり取りから離れている俺と編集さん。そんな編集さんが俺に言った。
「愛されてますね」
「ええ、嬉しい限りです」
「ここで惚気けるんですね」
惚気けられる時に惚気ないで、いつ惚気けろと言うのか。
当事者だと言うのに蚊帳の外な俺をよそに、俺の処遇がどんどんと決まっていっている。
「裸が関連するものと……粘膜接触が無ければ、大丈夫ってことか?」
「ええ、だからキスもダメですよ、アレは私のものですから」
アレって。まあいいけど。
………………まあいいけど、のスタンスで行くから、こんな風に流されてるんだろうなあ。
とは言え、遥と一緒になら作品づくりに協力するのはやぶさかではない。うむ。
そしてその後。
実演しながらシチュエーション作りに協力する俺。そして夕食を作ってくれた遥。何故かいつまでも帰ろうとしない編集さん。
心の奥底では嫉妬しているのか、家に帰った後やたらと甘えてくる遥なのであった。
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