失恋とストーカーをストーカー
翌日。
落ち着いた……んだと、思う。
一睡もしていないが、何故か眠気はちっとも来なかった。
もう遥も落ち着いて話が出来るだろうか? わからない。
けれど、寝ずに考えた結果、一つだけ決めたことがある。
それは。
「朝から夜まで遥を尾行してストーカーをとっ捕まえてやる……!」
最早俺の溜飲を下げるのはそれしか手がないのだ。
顔を洗い、着替えてコートを羽織る。
時計を見れば、まだ朝の七時だけれど、張り込むのならこれくらい早くてもいいだろう。
ドアを開く。すると。
「………………」
みーちゃんが俺を睨んでいた。
「え、なんで?」
なんで皆俺が教えてないのにも関わらず住所知ってんの?
「ちょっと入るわよ、寒い」
「あ、ちょっとっ!!」
俺を押しのけずかずかと押し入る霜崎さん。
「あ、ああ、あああっ!!」
中に入り込み、まだ家具も揃えていない俺の部屋をぐるりと見渡す。
俺はがっくりと膝をついた。
「何もないわね……って、なにしてんの?」
項垂れる俺を見て面倒そうに言う。
人が落ち込んでるのを見てかける言葉かね?
「初めて家に招待するのは……遥に……彼女にしようと思ってたのに……っ!!」
「…………あー……」
気まずそうな声。そして。
「ごめんって。私も彼女になってあげようか?」
「御免被る」
「私もなる気は無かったけど、そう即断されると腹立つ物があるわね」
知らんし。
「我慢しなさい、はーちゃんのことなんだから」
「ふぁい」
確かに、昨日の今日で訪ねてくる内容なんて、遥のことなのは十中八九間違いないだろう。
でも、なんで俺の家を知ってるんだろう。
「志保に聞いた」
なんであの人も知ってんだよ。
俺のプライバシーって保護されてないんだろうか。
まあいいや、俺のことよりも遥のことだ。気を取り直してテーブルに向かい合わせに座る。
「飲み物も出ないの?」
「………………いきなり訪ねてきたくせに……!!」
ため息を吐きながら立ち上がり、冷蔵庫を開ける。うーん何も無い。
「直接口をつけたペットボトルの炭酸ジュースか、ミネラルウォーターどっちがいい?」
「炭酸でお願い」
「………………」
俺はコップに水を入れて渡す。
「炭酸って言ったわよね?」
「もうちょい意識しろとは言わないけど、意識しろ」
「ねえ、炭酸飲みたい」
コップを突き返された。……まったくもう。
水は俺が飲むことにして、新しいコップに炭酸を注いで渡す。
ようやく受け取ってくれた。これでようやく話が出来そう。
「それで……昨日の夜よりは落ち着いたみたいね?」
俺の顔を覗き込む。
頷き、親指を立てて確かめるような霜崎さんに応えた。
「ああ、流石にね。遥に怒ってもしょうがないし」
「それが分かっててどうして昨日ああなったのかしらね」
「うっ……」
それを言われてしまうと、困ってしまう。
一口炭酸を飲んで、テーブルに置いた後。
「それで、今からどうするの?」
俺の格好を見て言った。
「今から…………コンビニ行って、アンパンと牛乳買ってくる」
「張り込みでもする気?」
バレた。元から隠すつもりもなかったけれども。
「ああ、遥の後ろをつけ回して、怪しいやつを捕まえてやるんだ」
「捕まるのがジローじゃなければいいけどね」
「不吉なこと言わないでくれ」
俺もそれをずっと危惧してるんだから。
思っていたよりも俺が理性的だったからか、霜崎さんは安心したように笑みを見せる。
と同時に、あくびもした。
「ふわ……二人とも心配であまり眠れてないから……眠い」
「なんかごめん」
「いいわよ、ちょっと寝ていくから」
「ああ…………って、はあ!?」
言うが早いかコートを脱いで、俺の布団へと潜っていった。
「起きるまでに帰ってきてね」
「無茶言うな!!」
俺の背中を見せて眠り始める。
この人には警戒心というものが存在しないのだろうか。
遥の彼氏ということで油断……? 安心? しているのだろうか。されても困るが。
……まあいいか、今は霜崎さんよりも遥のことだ。
家を出て鍵を閉める。
…………これで、霜崎さんが起きて勝手に出ていったら鍵開けっ放しになるな。
そうはならないように祈って、俺は喫茶店へと向かった。
――――――――――
そして喫茶店の前。
電柱の影に隠れながら、あんぱんの袋を開ける。
ちなみに牛乳はやめた、飲むヨーグルトにしておいた。どうでもいい? そうですか。
時刻は午前九時。昼から開店する時以外は、そろそろ開店。
と思っていたら、仕事着に身を包んだ遥がやってきた。
入口から出てきて、不安そうに辺りをキョロキョロと見回している。
可哀想に、俺がずっと見守っててやるからな……!
発想のそれはストーカーと一緒な気がしたが、特に気にしないことにした。
そして喫茶店は開店。だが俺は中に入るわけにはいかない。
遠巻きから眺め、怪しいやつを捕まえるのだ。
今までケンカをしたことのない俺にとって、正直知らない人を取り押さえるという行為は怖い。
だが、ずっと観察され続けていた遥の恐怖のほうがずっと勝るだろう。それを考えれば怖がってなんていられない。
さあ、張り込むぞ……!
………………
…………
……
正午。
えー、そうですね……。
人の目が痛いです。
喫茶店側から見えにくい位置に立っているだけで、逆側から見れば電柱に張り付いている怪しい男にしか見えないわけで。
俺をチラチラと見ながらヒソヒソ話をする奥様がた。
じーっと凝視していく爺様。
俺が近くにいるというのに犬におしっこをさせるおじさん。
「って兄ちゃんじゃねえか」
っていうかフジさんだった。
「何してんだこんなとこで」
犬がおしっこを掛けた場所に、ペットボトルで水をかけるフジさん。
「来世……に、電柱になれるように、祈願を……?」
「…………なんか、あったのか?」
本気で心配された。
常連組に相談するのも考えたが、このおじさんたちのことだ、変に盛り上がってストーカー以外の客も追い払ってしまう可能性がある。
故に、今回の一件は内々に処理しておいたほうが良いと思われる。それに裏で事件を解決したっていうほうがカッコいいしな。
「いや、たまには無機物になるのもいいかと思っただけだよ」
「いつも変だが…………今日はいつにも増して変だな?」
失礼な。
犬に引っ張られていったフジさんは、俺をチラチラと見送りながら立ち去っていった。
それから、一時間後。
客足が落ち着いてきたのか、遥が出てきた。
防寒着を羽織り、手にはエコバッグ。買い出しだろうか?
……よし、後をつけるか。
進もうとした、その時だった。
俺と遥の間に割り込むように現れたのは、一人の男…………男?
性別がわからない。
それというのも、その不審者の格好の所為である。
有史以来不審者の代名詞として名を馳せた服装。トレンチコートにキャスケット。
サングラスにマスクといった不審者代表の様相。
怪しすぎて逆に怪しくないまである。何を言ってるのかはわからないが。
俺と同じく電柱の影に隠れ、前を見つめる。視線の先は恐らく……遥だろう。
遥が曲がると、前の不審者は慌てて前へと進んだ。
俺も追いかける。
「………………」
間違いない、ヤツは遥を追ってる。
ということは、あいつが不審者か……!
決定的な瞬間を掴んで取り押さえてやる!
遥を追う不審者を追う俺を眺める通行人という図式が完成した。
さあ、せめて通報される前に尻尾を出してくれ……!
――――――――――
尻尾を出しません。
ひたすら追いかけているだけ、ただただ眺めているだけ。
聞けば、かのストーカーは自分からは話しかけようとせず、カードやプレゼントで交流を図っていた。
つまり、追いかけていてもアクションを起こす可能性はほぼない……?
「………………」
覚悟を決めろ俺。
飛び出して、とっ捕まえるんだ……!
「………………」
心臓がバクバクと早鐘を打つ。
緊張する、よし……行くぞ!
「う…………うおおおおおぉぉぉぉ!!」
叫び声を上げて、不審者の腰目掛けてタックル!
「ぬおおぉぉ!?」
思ったよりも年齢がいってそうな低い声だった。だが顔を確認する余裕なんてなく、俺は腰にまとわりつく。
絶対離すもんか!!
締め付けるように抱きつく俺を引き剥がしたのは、遥の声だった。
「――――お父さん!!」
「…………え?」
顔を上げてみると、喫茶店を覗き見した際に何度もカウンターで見たことがある男性。
遥のお父さんだった。
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