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振られた同士で付き合ったら意外と幸せだった話  作者: 佐藤ヒロフミ


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失恋と本物のストーカー


 数日後の夜のこと。


 先日の一件で悶々としていると、一通の電話がかかってきた。


 名前を見てみると、よく見知った名前。


「もしもし?」


「ああ、ジロー。私だけど」


「私私詐欺ですか?」


「ふざけたこと言ってるなら切るわよ」


 霜崎さんだった。苛ついているのか声のトーンが普段よりも低い。


 ふざけてる場合じゃなさそうだ。


「話そうか、やめとこうか悩んだんだけどね」


「この前の、喫茶店でのやつだよな?」


 ええ、と相槌を打つ声。


 開店前の喫茶店の入口に置かれた、妙な紙袋。


 見つけたと同時に霜崎さんが回収していき、中身を尋ねても二人とも答えるつもりがないのか、別の話題にすり替えられ、誤魔化されていた。


「ジローには絶対言うなって言われてたんだけど……。一向に収まる気配がないから言うわね」


「俺には……?」


 電話口の向こうで深呼吸する声が聞こえてきたかと思うと。


 俺の呼吸が止まるかのような報告だった。


「はーちゃんね、今ストーカーされてるの」


「…………………………は?」


 ストーカー?


 付け回されてるってこと?


 ストーカーと聞いて連想すると言えば、二夕見さんだ。


 彼女は…………気がつけば俺の大学のコマを知っていたり、何故か俺の新居の住所を知ってるという不思議さをもっているが。


 不快では無かった。俺が鈍いと言われればそれまでかもしれないが。


「それって、いつから?」


「ジローが、骨を折ったあたりから」


 結構前の話じゃないか……!


 そんなにも長い間、ストーカー被害を受けてたってのか?


「警察には?」


「勿論行った。でも実害が無い以上、巡回を増やすくらいしか対策の取りようがないんだって」


 ああ、だから最近喫茶店に行くと毎回職質受けるのか。


 …………じゃなくて。


「どんなことされてるんだ? 大学の時間も知られてるとか? 住所も知られてたり? 駅前で同族を探すお披露目をされたりとか?」


「ちょっと待って、それ誰の話してるの?」


「失礼、身近なストーカーが」


 しかし、二夕見さんのようなクリーンなストーカーは珍しいだろう。


 クリーンなストーカーってなんだろう。


「はーちゃんのお店、急に繁盛し始めたでしょ? その時に目をつけられたんだと思うんだけど……」


 毎日のように満席が続く喫茶店。元々は有名な人からの口コミでやってきたミーハーな人ばかりだったらしいが。


 中にはコーヒーの味に惚れ込んだり、店の雰囲気を好きになってもらえたり――――遥目当てで来る客が増えたようだ。


 大学ではメガネ姿という少し地味な出で立ち、しかし俺が言ったら贔屓目に見られるかもしれないが彼女はかなりの美人。


 二夕見さんというマッチョ避雷針がいたからマッチョの目に留まることは無かったが、二夕見さんがいなければ遥の周囲にもマッチョがいたかもしれない。


 そして、遥目当てで来る客の中に。


「ストーカーがいる、と」


「ええ。営業時間中ずっと見られてる気がするって、相談の電話を何度か受けたことがあるの」


「でも、どうして俺には……」


「アンタは家も焼けたし、骨も折った。なんなら実家にも帰ったからね、言いたくても言えなかったんでしょ」


 電話のときでは普通に話しているように見えたし、あの誕生日の時だって普通に思えた。


 あれは、頑張ってひた隠しにしていたのだろうか。


「最初は見られてるだけだった。実害が無いからはーちゃんも気にしないようにしてたんだけどね、次の段階に来ると、メッセージカードが置かれてた」


――いつもお仕事ご苦労さまです。陰ながら応援しています。


 最初の内容はこれだけだった。


 この内容だけならばファンの応援という風に見えなくもない。


 だが、毛色が変わったのは何通も送られてきた頃だった。


――今日の髪、いつもより綺麗ですね。シャンプーを変えたのでしょうか?


――ソーサーに乗っていた毛。ありがとうございます。大切に保管させていただきます。


――爪を切ったんですね、短くて美しいです。


「……………………」


 俺の胸の内から、ざわざわとした何かが首をもたげるのがわかる。


 敢えて言葉にする必要もないが。端的に言えば怒ってる。


「そんな感じの、毎日観察されてるようなカードを残されて、はーちゃんはどんどん参っていった。この前の買い物だって気晴らしに連れ出したようなものだしね」


「……そう、だったのか」


「それでこの前の紙袋。あれね、毛糸で編んだ手作りの人形だった」


「人形?」


「ええ、はーちゃんをイメージしてるみたいな、手編みの人形。もちろん人形とメッセージカードを持って警察へ行ってみた。けれど、善意からの贈り物だと警察は取り合ってくれなかった」


 実害が無いと動かない。いや、動けない。


 後手に回るしかないこの世の中だからこそ、自衛が必要。


「一応人形をバラして調べてみたけど、発信機とか盗聴器の類は無かった」


「……そう、なのか」


「ちなみにこの前のあれ、八個目」


「そんなに!?」


 編むの早くない? そういう問題じゃないか。


「遥のご両親は?」


「知ってる。だから店に出なくていいとも言われて数日休んだことがあるんだけど、その時のメッセージカードが……」


――娘さん、体調でも悪いのでしょうか? 心配です。


――今日もお休みですか? 元気にしていますか? 会いに行ってもいいですか?


――会いたいです。顔をみたいです。会わせてください。お願いします。会わせてください。


――会わせろ会わせろ会わせろ会わせろ会わせろ会わせろ会わせろ会わせろ会わせろ会わせろ会わせろ会わせろ会わせろ会わせろ会わせろ会わせろ会わせろ。


「……そんなカードが連日届いて、おじさんおばさんに心配をかけないように……何事もない振りをしながら、はーちゃんは店に出るしかなくなった」


「………………ふざけてる……!」


 そんなことをする相手にも。


 言わない遥にも。


 憤っていた。


「ちょっと話してくる」


「ちょっ……待ちなさいジロー! はーちゃんがどうして言わなかったのか、ちゃんと考えて――」


 霜崎さんが話していたが、電話を切った。


 上着を羽織り、靴に爪先だけねじ込んで、無理やり走り出す。


 カカトを踏みながら走り、遥に電話を掛けた。


 鳴らすこと数コール。


「…………もしもし、ジローさん?」


「遥? 今大丈夫か?」


「ええ、はい……?」


 話したいことがあるから、少ししたら喫茶店の前に出てきてくれるか、という内容。


 もう夜だし、遠いところに呼び出すのは危険極まりない。


 走ること十分ほど、俺は喫茶店に到着。


 そこには既に遥はいた。


 室内着に上着を羽織り、メガネ姿でキョロキョロと。


「遥……!!」


「どうしたんですかジローさん、そんなに急いで……!」


 遥の前に立った俺は、息を切らせながら言った。


「……全部、聞いた…………っ」


 その時の遥の表情。


 まるで悪いことをしたのがバレた子どものような、バツの悪い表情。


 そしてすぐさま大きなため息を吐いた。


「………………はーちゃん」


「なんで、俺に何も言ってくれなかった?」


「ジローさんは、色々大変だったから……っ」


「関係ない! 足が折れていようと家が燃えていようと、俺は遥のために何でもしたかった!」


 怪我をした俺は足手まといか? ああ、恐らくそうだろう。


 だけど、のけ者にされるのは不本意極まりない。


「私は、ジローさんのことを思って」


「俺のことを思うなら、共感させてくれよ! 俺たち恋人じゃねえのかよ!?」


 思わず大きい声が出た。怒鳴るつもりじゃなかった。


 俺の大声に触発されたのか、遥の声も荒くなる。


「恋人だからですよ! 大変な時に心配をかけたくないっていう気持ち、汲んでも貰えないんですか!?」


「汲みたいし、汲んでほしいよ? だけど俺だけ何も知らないまんまなんて、フェアじゃないだろ!」


「教えた時点でジローさんは無茶をする、それじゃもうフェアじゃなくなっちゃうんですよ!!」


 夜の住宅街での言葉の応酬。


 他人からすれば痴話喧嘩だろう。だが俺と遥にとってはそうじゃない。


 長らく仲良く交際を重ねてきた、初めての本気のケンカ。


 お互いがお互いを思いやり、お互いのことを考えた上での言葉をぶつけ合う。


「知らない間に遥が我慢したり、無理をしていることを! 他の人から知りたくなかった!!」


「っ……それは……! で、でも! だからこそ口止めしてたんですよ!?」


「隠し事をしていたことを正当化するなよ! 俺にも相談してくれよ!!」


 周囲から人が出てくる気配を感じた。


 だけど高ぶったこの気持ちは止まらないし、止められない。


 遥も同じ気持ちのようだ。彼女のこんな表情初めて見た。


 怒ると、こんな表情をするんだな。


 しかしお互いの意見は平行線を辿り、交わることはない。


 終わらない言葉の応酬に、終止符を打つ人間が現れた。


「ストップ!!」


 霜崎さんだった。彼女も慌ててきたのだろうか、部屋着に上着を羽織っただけのような格好。


「二人とも落ち着きなさい!」


 闖入者によって俺たちの言葉のぶつけ合いは一旦止まる。


 俺も、遥も肩で息をしながら見つめ合う。


 睨んではいない。怒ってはいるが、それは彼女が心配だから。


 それは彼女も同じのようで、肩を上下しながら目尻を下げて俺を見つめていた。


「今日は一旦帰りなさい。二人とも落ち着いて、今日のことを考えてまた明日話しましょう」


「でも……」


「でもじゃない! ジロー、いいから今日は帰りなさい!」


「…………わかった」


 背を向ける。


 離れるというのに、遥の見送る言葉が無いと言うのは。


 いつもより、寂しかった。

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