失恋と野生のマッチョ
殺風景な俺の部屋を見渡す。
そこには未だろくな家具はなく、暇潰しするにも一苦労である。
前回はお菓子作りによって中断させられた買い物だが、今日こそは……!
身なりを確認する。うむ、服は着ている。当たり前だが。
鏡での確認も怠らない。寝癖があれば直さなくては。
ちょっとヒゲが……伸びてきてるけど、今日は誰とも会う予定も無いし、このままでいいだろう。
「よし」
いざお買い物の旅へ!
意気揚々とガチャリとドアを開く。すると。
「あ、ジローくんだ」
意気消沈してドアを閉める。
なんかいた。
実は俺の今の住まいは誰も知らない。
言いたくない訳じゃない、言う機会が無いだけであって。
遥ですら、喫茶店の仕事が忙しく誘う機会が無いのに。
今、この瞬間ドアを叩きまくっているこの人は、何故俺の住んでいるところを知っているのか。
得も言われぬ恐怖を感じながら、近所迷惑になりかねないドアの乱打を止めるべく、開いた。
「こんにちは、ジローくん」
「なんでいんの?」
二夕見さんである。
別れた……いや、振った? 俺を振った後から、何故か妙な能力を覚醒した彼女であった。
妙な能力? それは……。
「私にかかれば住所なんてお茶の子さいさいだよ」
ストーキングである。
俺に向かって公言したストーカーであり、俺も特に実害が無いので咎めはしていないものの。
こういう時は流石に恐怖を感じる次第であります、はい。
「あ、ヒゲだ」
俺の口周りを指差した。
「……ちょっとお待ちを」
ドアを閉める。
入れてよー、なんてドアを叩きながら言う声が聞こえてくるが、流石に無視。
俺の新居に初めて足を踏み入れるのは彼女だと相場が決まっている。今俺が決めた。
さっとシェーバーで顔をあてて、終了!
リズムに乗せてドアを叩くその様子は陽気そのもの。
……ああ、今日も買い物に行けない。もうネットで頼もうかな?
いや、こういった家電は実物を見に行ったほうがいいって何かで見たことあるぞ。
「はあ」
ため息を一つ、ドアを開く。
「それで、今日はどうしたの?」
「ジローくんがここに住んでるって風の噂で聞いてね、確かめに来てたんだけど……」
誰だそんな噂流したやつ。俺の個人情報はきちんと保護されているのだろうか。
俺のげんなりとした気持ちとは裏腹に、上機嫌に見える二夕見さん。
……まあ、いいか。買い物はいつでも行けるし、今すぐ必要なものなんてないし。
「まさか会えるとは思ってなかったな、ちょうどいいから、付き合ってくれないかな」
「付き合ってって……何処に?」
共用部の廊下から見える、鉄道路線を指差す二夕見さん。
「駅前」
――――――――――
「あの人と……あの街灯にもたれながらスマホをいじってる人も。あっ、あの男の人を追いかけてる男の人も…………って、そっちな感じ? うわあ……」
「あのう」
「わ、すごい。あのママ友の集団みたいな人も全員そうだよ。誰をしてるのかな?」
「あのう……」
「やっぱり、人が多い所で見ると多いものなんだねー」
聞いちゃいねえ。これ俺が来る必要あったのか。
「あのう!」
「どうしたの?」
どうしたのじゃなくて。
連れてこられた割に何の説明もないし、更に言えば駅前に来てからというもの俺たちは会話をしていない。
俺は何しに駅前へ?
「私ね、修行して、見つけたんだ」
「……何を?」
「ストーカーの見つけ方」
……………………。
なんて?
ストーカーの、見つけ方?
俺は彼女が言った意味がわからない。しかし二夕見さんは何故か物凄く得意げだった。
「結構前なんだけど、私が尾行されてる時があったよね?」
「ああ……」
確かにあった。
二夕見さんを尾行する河童と、河童をストーキングするゴスロリ。
最終的に河童はゴスロリに捕食されて消え失せたが。
「その時にね、ストーカーされてることに気がつけない自分が情けなく感じたの」
「……そう、なんだ」
なんて言えばいいんだ。武術でも習えとか言えばいいんだろうか。
「だから気付いたの。ストーカーされてることにあらかじめ気付くには、ストーカーの気配を探ればいいって」
「なんでそうなった?」
間違ってはいないんだろうけど。
いや間違ってるのか?
「ストーカーされてることに気が付かないなんて、ストーカーの風上にもおけないと思うの」
「おいてもいいんじゃないかなあ……」
あれ、じゃあさっきの人を指差して何か言い当てていたやつって、もしかして……。
「うん、全員ストーカーだよ。現ストーカーというべきかな」
「元ストーカーとか聞きたくもないしな。いや、現もそうだけど」
というか人のストーキング事情に首を突っ込みたくないんですが。
好奇心は首をもたげないに限る。ヤブは突付くべきではないのだ。
「どんな修行をして会得したか、聞きたい?」
「いや別に」
これ以上変な属性を付与しないで欲しいんだけど。
平日の昼間の駅前。人はそれなりにいるが休日に比べて人は少ない。
っていうか、駅前に来たならついでに買い物を出来るのではなかろうか。
おお、それは名案。では早速……。
「ちょっと俺行く所あるから……」
「家電量販店だよね? 私も行こうかな」
まあ、ついてくるくらいなら別に構わないか。
じゃあ一緒に行こうと思った、のだが。
「ジローくんにつける盗聴器と、発信機を見繕わなきゃ」
俺の足は止まった。
「あれ、どうしたの?」
「やっぱ行くのやめようか」
「え、どうして? 行こうよ、ほら」
俺の手を引っ張って連れて行こうとするが、不穏なアイテムを手に入れさせるわけにはいかない。
そんな呪いのアイテムはずっと宝箱の中に入れて取り忘れたままダンジョンを出ればいい。
「じゃあ、私だけでも行ってくるね」
俺から手を放し、足早に去ろうとする二夕見さんの首根っこを取り押さえる。
「うぅー!」
「また今度にしよう、な? ほら、二夕見さんの能力を見せてくれないか?」
移動しようとしたのを諦めたのを見て、俺は首根っこを放す。
二夕見さんは俺をジト目で上目遣い。
「ずっと、二夕見さんって呼ぶんだね」
「え? あ、ああ…………なんか、俺の中でピッタリとハマってる呼び方っていうか……花蓮さん、よりも二夕見さん、って呼んだ方が二夕見さんっぽいっていうか」
我ながら何を言ってるのだろうか。上手く説明はできないが、名字で呼ぶほうがしっくりときているのは事実。
出来れば納得して欲しいものだけれども。
「ん~……まあ、いいかピッタリ来てるなら。でも、私はジローくんって呼んでも?」
「ああ、それは好きにしてくれていいよ」
「じゃあ天然スケコマシくんでも?」
「是非ジローくんと呼んで欲しいと思う」
新たな能力を会得して嬉しいのか、今日の二夕見さんはテンションが高い。
まあ、低いよりは構わないのだが。
「あ、そうだ」
駅前を行き交う人を眺めていた二夕見さんが、ピタリと止まって振り向く。
「気配を感じ取れるようになってからわかったことなんだけど」
一歩、二歩と近付いて俺の傍までやってきた。
そして俺の耳元に顔を寄せる。
「遥ちゃんの周囲、気をつけたほうがいいかも」
そして離れていく。
「え、それってどういう――」
不穏な情報。
聞き返そうとしたその時だった。誰かが叫ぶ。
「大変だ!! 野生のマッチョの群れが!!」
なんだって?
「危ない! そこの人ー!!」
どこの人?
キョロキョロと視線を巡らせると、足音の轟音と共に目の前に唐突に現れたのは。
マッチョの群れだった。
「うわあああああああっ!?」
俺はマッチョの群れに吹き飛ばされる。
一体何を言ってるんだろうとお思いのことだろう。
しかしもう冬も近いというのに、半袖のピチピチシャツを身に纏った筋肉質な集団が俺を弾き飛ばしていったのは、第三者から見ても間違えようのない事実である。
っていうか二夕見さんの親衛隊じゃねえか! まだ解散してなかったのか!?
俺は空を飛びながら、俺を弾き飛ばしたマッチョの群れを見下ろす。
全員が、してやったりという笑いを俺に見せつけていた。
次会った時絶対許さないからな!!
恨みを込めて星になる俺だった。




