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振られた同士で付き合ったら意外と幸せだった話  作者: 佐藤ヒロフミ


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失恋とケークサレ


「ふ……ふふふ……」


 一人室内で怪しく笑う男が一人。俺。


「ふはは……」


 両の足で地上に立つ。その姿はまるで巨人。


 鬼と悪魔と誰が呼んだか、人外と称された俺は今、ついに杖を持たずに立ち上がる。


 右手右足に着けられた石膏の拘束具は既に封印は解かれた。


 仁王立ちをして、誰も居ない室内で高笑いをしながら俺は宣言する。


「ふははははは!! 完・全・復・活!!」


 ………………。


「ふ、虚しい」


 一人だもんね、しょうがないね。


 完治した手足、そして新居。


 以前のところより少しだけグレードアップ。オートロックは無いものの、十畳のワンルーム。


 一人だと広すぎて落ち着かないが……最近、よく人が来ることがあるので、まあいいだろう。


 新しい家も借りたことだし、今まで以上に片付けを頑張らないとな……。


 …………うん、無理はしない程度に。


「さて」


 殺風景な部屋を見渡す。


 部屋にあるのは寝具のみ、つまりベッド。


 さしあたっては白物家電。そして衣類をいれる収納棚。


 衣類を保管するのは床ではない。以前の俺がそうだったとまことしやかに囁かれてはいるが、それは真実じゃあない。


 保管していたのではない、投げ捨てていただけなのだから。


「そうじゃないだろ」


 一人で会話するのにも飽きてきたところだ、そろそろ出かけよう。


 さて、駅前の家電量販店辺りでも物色するか――



――――――――――



「どうして……」


 白い清潔な壁。


 ステンレス製のテーブルが幾つも並び、それぞれに蛇口やコンロが取り付けられている。


 テーブルの上には小麦粉や卵、牛乳といった食材が並べられていた。


「どうして…………俺はこんなところに……」


「しっ! 聞こえないでしょ!」


 隣にいる女性に叱咤された。


 俺は呆然とした視線で隣を見る。


「…………というわけで、今日はパウンドケーキをね、作っていこうかと思うんですが――」


 人の壁の向こう側でコック帽を被った女性が熱心に語っていた。


 語る内容を手に持ったノートにバリバリと書き記しているのは――


「なあ」


「ちょっと黙って!」


「なあて」


「うるっさい!! また手足折りたいの!?」


 全員の視線が女性に注目した。


「あ、あははははは……」


 気まずそうに笑って誤魔化すが、俺はそんな笑いじゃあ誤魔化せない。


「まったく、物騒だなあ志保ちゃんさんは」


「あんた、後で覚えてなさいよ……」


 ……そう。


 俺は何故か、志保ちゃんさんと二人で製菓教室に来ていた。


 製菓教室。まあ平たく言えばお菓子の作り方を教えてくれる教室だが。


 ことは少し前に遡る。


 ………………


 …………


 ……


『ジロー、ちょうどよかった。ついてきなさい』


『はい』


 ……


 …………


 ………………


 内容うっす!


 なんで連れてこられたのか、なんで彼女がここに来たかったのか。何もわからないではないか!


「では、各自調理を開始してください」


 先生と思しき女性が手を打ったことで、調理が開始されたのか。


 若い女性から年配の女性まで、幅広い年代の女性の方々がほうぼうに散った。


「じゃあ、私たちもやるわよ。話は聞いてたわよね?」


「なんにも」


 先生の話はおろか、俺がなんでここにいるのか、何故彼女はここに来たのか。何も聞いていない。


「まあいいわ、ここにメモっといたから、見ながらやりましょ」


「………………」


 そうじゃないんだけどなあ。


 説明する気がないのか、説明する必要がないと思っているのか。


 ……どちらも有り得そうだなあ。


「えーと……まずはバターを……?」


 ノートを見ながら試行錯誤する志保ちゃんさん。


 俺はそんな彼女を凝視しているだけで何もしていない。


「ちょっとジロー、やる気無いなら帰りなさい!」


「え、いいの?」


「いいわけないでしょ、ちゃんと手伝って」


 じゃあなんで言うのかね。


 というか、説明してくれないとやる気も起きない。


「はあ…………わかったわよ」


 俺の抗議の視線を受けてようやく折れたのか、バターを混ぜながら話を始める。


 カシャカシャうるせえ。


「花蓮、最近元気ないからね。なんか手作りのものでもあげて喜んでもらおうかと思って」


「元気がない? 何かあったのか?」


「あんたの所為でしょうが」


 え、俺?


 身に覚えがない。というか、俺は何もしていない。


「その何もしてないってのが問題なんだけど…………まあ、あんたは悪くないのよ」


 どういうことだろう。


 頭の上に疑問符をたくさん出していると、小さく息を吐いて俺を睨みつける。


「花蓮が、あんたを結構いい感じに思ってる風がしないでもないのは気付いてるわよね?」


 まどろっこしいな。頷いて先を促す。


「だけどジローには彼女がいる、それに彼女を大事にしてることもね。だから誰も何も悪くないんだけど、花蓮はそれで元気がないの。わかる?」


「わかる……といえば、わかるけど」


 ……俺が連れてこられた理由は!?


「そりゃもう……見つけたから、ついでに? みたいな?」


 じゃあもう帰っていいですか。


「ダメ。あと、個人的に話を聞いてみたかったしね」


「何を?」


「彼女がいるのに他の女とキスしたこと……とか。あの時はバタバタしててあまりゆっくり聞く暇無かったし」


 ざわ……! と一瞬周囲がざわめいたのがわかった。


 誰も俺たちを見ていない。


 だが耳だけは全員がこちらを向いている。そんな気配がする。


「ほら吐け、さあ吐け、今すぐ吐けー」


 なんか楽しそうな志保ちゃんさん。


 とはいえ、言えることはあまり何も無い。


 引っ込み思案の子が、勇気を振り絞っただけの話。


 あれがどういう意図を持つものなのか、直接聞いていないから断定は出来ないが。


 自惚れでなければ…………まあ、そういうことなのだろう。


 だから、遥の目の前でされたのだとしても、俺は彼女を怒る気にはなれない。


「ふーん……なんか普通でつまんないね」


「俺にエンタメを求めるのやめてもらえないか?」


 酒のつまみに話すような内容でも無いんだ。


「それはそうと、ジローはもう朝野さんとは仲直りしたの?」


「………………たぶん……?」


 表面上はいつも通り。


 だが実際の所どうなのだろう。遥は感情を隠すのが上手い。


「……そうか。なら俺もパウンドケーキ作る!」


「え、どういう繋がりで?」


「俺も手作りお菓子を作って、遥に喜んでもらう!」


 心の込めた手作りであれば、きっと喜んでくれるだろう。


 しかし問題が一つある。ごめん二つある。


 一つ、俺は料理が一切できない。出来るとしてもカップ麺くらいだ。


 二つ、これが最大の問題だが……遥は甘いものが苦手。


「甘くないパウンドケーキなんてあるのかな」


「無いでしょ」


 だよね。


 さて、どうしたものか。


「あるぞ。正確にはパウンドケーキじゃねえけどな」


 この場所に似つかわしくない野太い声。


 吸い込まれるように声の方向を見ると、そこには見慣れたおっちゃんがいた。


 白いエプロンを身に付けたガタイの良いサラリーマンというミスマッチな出で立ち。


 更にその格好に似合っていない頭髪…………いや、むしろ頭髪が無いのが特徴か。


「何処見てんだコラ」


「ジョーさんじゃないですか!!」


 大声を張り上げて誤魔化すことにした。


 そういえば、この人はお菓子作りが趣味なんだっけか。


「それで、甘くないケーキって?」


「ケークサレっていうんだがな、まー簡単に言えば塩味のケーキなんだ」


「……それって美味しいの?」


 志保ちゃんさんの疑問ももっとも、初めて聞く名前だった。


「美味しいさ、れっきとした洋菓子なんだぜ」


 そう言ってジョーさんは何処かへ行った。


 と思えばすぐに戻ってきた。手には粉の袋が二つ。


「材料貰ってきた、作ってみようぜ」


「……いいの? 勝手なことして?」


「いいのいいの、俺常連なんだから」


 そういう問題なんだろうか。


 しかし誰も咎めていないのを見る限り、問題ないのかも知れない。


 そしてジョーさんの指導の元、調理を開始する。


 怒号飛び散る些かスパルタな指導ではあったが。


 なんとか完成したのが、こちら。……と言っても見せられないのが残念である。あー残念。


 写真にとって印刷して街頭で配られた新しいケーキ屋の宣伝と見間違われるくらい会心の出来である。


「それはいいすぎだろ」


 ジョーさんの心無い指摘。


「ね、ちょっと頂戴?」


 志保ちゃんさんの手が横から伸びる。俺は慌てて阻止。


「ダメえ!! 最初に食べてもらうのは遥なんだから!!」


「呼びました?」


「なんでいるの!?」


「私が呼んだ」


 志保ちゃんさんが手を挙げていた。


「いいの!?」


 先生を見るが、俺と目を合わせようとしなかった。


 本当はダメだけど、注意するのもめんどくさい――そんな空気をまとわせて。


「遥……これ、食材が入ってない贖罪のケークサレ。甘くないから、良かったら」


 お皿に乗せた物をおずおずと差し出す。


「……もう、怒ってはいないんですけどね。でも、気持ちは嬉しいです」


 俺の小粋なジョークは無視し、フォークで切り分けて口へ運ぶ。


 自分が作ったものを食べてもらう瞬間というのは、こんなにもドキドキするものなのか。


 初めて知った。


「うん…………うん、美味しいです」


 何度か頷きながら、パクパクと食べてくれる。


 自分が作ったものを美味しそうに食べてもらう瞬間というのは以下略。


「よし、これで俺も三つ星パティシエの仲間入りだぜ!」


「それは言い過ぎ」


 三人に同時に突っ込まれ、二の句を継げない俺だった。

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