失恋と帰りの旅路
「………………」
「………………」
電車が揺れる音だけが響く車内。
この車両には俺と遥だけ、他には誰もいない。
「………………」
「………………」
故に無言、ずっと無言。
対面式の座席に、俺の斜め向かいに座る遥は明後日の方向を見て俺と目を合わせようとしない。
不可抗力とはいえ、彼女の目の前でキスを見られてしまった。
だから遥がこうなるのも仕方ない。全面的に俺に非がある。
「………………」
「………………」
気まずい。
声をかける切っ掛けがないまま、列車はどんどんと進んで行く。
「あの……遥」
「………………」
無言。取り付く島すらない。
「遥さん?」
ダメそうだ。
聞こえない程度に小さく息を吐き、景色を眺めることに。
流れていく速度がとても早い。しかし景色に反して俺の一分一秒はとても長く感じる。
気まずい空間って時間が経つのは遅いと聞いたが、嘘ではないようだ。
「…………はあ」
遥がため息を吐いた。
俺は慌てて彼女を見る。遥は足を組み、俺を睨みつけていた。
見たこともない表情に少しゾクゾクする。してる場合か。
「今回の帰省は随分と楽しんだみたいですね?」
「チガウンデス」
弁明するが彼女の睨む目が緩む気配はなく、それどころかより鋭くなっていく。
電車が一際大きく揺れる。しかしその揺れに動じることなく遥は俺を睨み続ける。
「家族に会えて、可愛い女の子にキスまでされて、休暇を堪能されたようで何よりです」
「ゴカイナンデス」
俺の言い訳にいつものキレはなく、定型文のように繰り返すのみ。
何故かというと……彼女に対しての罪悪感で胸がいっぱいだったから。
どれだけ取り繕おうと、他の女性とキスをしたのは事実。しかも目の前で。
罵られてもしょうがない状況だった。
「……それで? 彼女は誰なんですか?」
「俺の監視役…………だと思ってた、幼馴染です」
「え、監視役?」
俺の身の上を詳しく話すことにした。
最初こそ同情的な姿勢を見せていた遥だったが、中二病のくだり辺りからどうも俺を見る目が怪しいものに変わってきていた。
最後まで話し終わる頃には、既に最初の睨む視線に逆戻りだった。
どうしてこんなことに。
「……つまり映画の影響で、ずっと後ろをついてきてる女の子をスパイと勘違いしていたまま……成人したと。してしまった、と」
「はい、その通りです」
一切合切の間違いのない状況、それでいて俺の情けなさが引き立つ言葉。
「ところが、その女の子は引っ込み思案のせいで友達がおらず、ジローさんが唯一の友達と思っていたと」
「そうみたいです」
遥は大きくため息を吐いた。
「ホント……天然の人たらしですよね。小さい頃から慕ってくれている子がいたんじゃないですか」
「いやでも知らなかったし――」
睨まれて口を噤んだ。
どうしてだろう、怒られていて、居心地はとても悪いはずなのに。
遥に睨まれるのが、中々どうして悪くない。さっきも言ったが、ゾクゾクする。
新しい扉が開きそうだ。
「…………はあ」
遥はもう一度ため息。
その後車両を見渡す、人ひとり通っていない状況で、乗客が増えているわけもなく。
この車両は無人だった。
遥は自分のカバンを漁り、取り出したのはウェットティッシュ。
それを一枚出したかと思うと……俺の口に押し当てた。そしてゴシゴシ。
突然の出来事に、俺はされるがまま。
吹き終わったのか、ウェットティッシュが口から離れ、カバンに無造作に入れた。
「上書きしますね」
「え……? んっ!?」
何のことかと思うが早いか、俺の唇に遥の唇が押し当てられる。
温かく柔らかい感触。俺の頭の中はその感触だけでいっぱいになっていた。
「ホントに、避けられなかったんですね。今のも避けられないなんて……」
俺の耳元で囁くように言う。
そして、またキスをした。
許されたのかわからない。ただの嫉妬から来る行為かもしれない。
だけど、彼女の行為を避ける必要なんて無かった俺は、されるがままになり。
遥のS心の扉を開いてしまったのかもしれない、なんてぼんやりと考えていた。
――――――――――
「ご、ごめんなさい……! なんか、暴走しちゃってたみたいで……っ!」
見慣れた駅前。ようやく帰ってきた俺たちは、電車から降りるや否や遥の謝罪を受けていた。
あの後、車掌が見回りに来るまでキスをし続けていた俺たち。
俺は座席に押し倒され、行為に耽っていたと思われても否定できない姿勢だった。
「い、いや……俺も気持ちよかったし」
「えっ」
そして俺もまだ熱に浮かされてるのか、変なことを言ってしまった。
どう考えても人の往来でど真ん中で言うセリフではない。
「そ……それで、これからどうしようかっ!?」
空気を変えるため、わざと大きな声を出した。
人の注目を少し浴びたが、このピンクな雰囲気を振り払えるのなら安い代償だろう。
「え……えっとですね、来て欲しいところがあるんです!」
遥も少し大声だった。
「どんと来いだ!」
カツンと松葉杖をついて前へ行く。
そのまま大股で進んでいくが、ふと思ったことがある。
「……どっち行けばいいの?」
「あ、こっちです」
逆方向だった。
導かれて赴いた先は……。
「ここって……」
「姫宮先生の家です。ついこの間まで住んでたから覚えてますよね?」
勿論覚えている。忘れるわけがない。
だけど、気まずさから逃げ出した俺が、どんな顔をして会えばいいというのだろうか。
実家にいた時も何度か着信があったが、出ずにいた俺だ。
とても会う空気では……。
「行きますよ?」
「ってちょっと!」
俺の腕を引っ張る。バランスを崩しかけた俺は片足でぴょんぴょんと飛びながらあとに続く他無かった。
部屋番号をプッシュすると、オートロックが解除される。
エレベーターに乗り、上へとあがる。
近付いてくるにつれて心拍数が上がるのがわかった。
「………………」
一歩進む度、心臓が早鐘を打つ。
緊張から心臓が口から飛び出してしまいそうだ。
遥が扉を開けて、俺を招き入れる。
そこは真っ暗だった。
何処の電気も点いておらず、暗闇。
カーテンすら閉めているようで、陽の光はまったく入っていない。
そこで俺は一つの仮説に辿り着いた。
「俺、リンチされるの?」
「なんでですか」
少し呆れたような声。
暗闇、意志薄弱な俺。そして暗闇。
これは拷問の末に俺の性格を矯正するつもりなのでは?
「いいから早く入ってください……ほら!」
扉を開けて、俺の背中を突き飛ばすように押す。
転びそうになりながら入室する――すると、入ると同時に電気が点いた。
そして破裂音。
「きゃああああああああああああああっ!?」
更に悲鳴。ちなみに悲鳴は俺のもの。
「お誕生日、おめで…………と?」
全員が物陰から現れ、手にはクラッカーを持っているということを、うずくまっている俺は知らない。
それを知るのは数秒後である。
………………
…………
……
「誕生日かあ、すっかり忘れてた」
「実際の誕生日はそれどころじゃなかったですしね」
確かに。って、あれ?
俺、実家で誕生日祝われていないぞ……?
実は愛されていない子という可能性が浮上したが、頭を振り払って気にしないことにした。
…………うん、気にしないぞ。
参加してくれている人はいつものメンツ。それに加えて。
「まったく……どうして私がこんなことを……」
メガネ姿でブツブツ言っているのは、何処かで見た顔。
「なんですか、私のことは気にしないでください」
「…………ああ、ケーキを一口で食べた人!」
「どういう覚え方なんですか。姫宮先生の担当編集です。以後お見知りおきはしなくていいです」
そして俺を睨む。彼女からすれば、俺は原稿を遅らせた大罪人なのだろう。
……否定は出来ないな、うん。
ソファーに座り、俺を見つめる面々をぐるりと見回す。
「…………久しぶり?」
呆れ顔の霜崎さん、そして志保ちゃんさん。
「まったく、勝手に焼かれるわ勝手にいなくなるわ。フラフラと安定しないわね」
「焼かれたのは俺の所為じゃねえし!」
いなくなったのは、まあ……うん。
「ほら」
そう言って、志保ちゃんさんが紙袋を一つ手渡してくる。
「私と水香からよ」
「水香……?」
ああ、みーちゃんか。霜崎みーちゃんと記憶していたから名前が出てくると誰かわからない。
紙袋は胸元に収まるほどの少し大きめの袋。中を開くと。
「なんじゃこりゃ」
中にはぎっしりと駄菓子が詰まっていた。
子どもに送るものかな?
「ジローが何が好きかわからないから、アホだし喜ぶかなって」
「失礼な!! ありがとうございます!!」
アホ以外は喜んで受け取るとしよう。
残りの人も目を輝かせながら俺を見る。
俺と交流できるのが嬉しくてたまらないという表情をしている。ハハハ、可愛い奴らよのう。
……と、慢心するから遥に怒られるんだよな。猛省しろ俺!
ジローのお誕生日会は次回へ続く!!




