失恋と実家を出る日
「ところで」
夕食の真っ最中。家族四人でテーブルを囲んでいたその時、母さんが声をあげた。
「ジローって、火事になった後何処に住んでたの?」
……俺の母って、まず聞くべきことを全部後回しにしてないか?
隣に座る父さんは黙々と食べながらも俺のことを横目で見ており。
斜め向かいに座るノボルは興味すらないのか脇目も振らず食べ続ける。
そして対面にいる母さんは答えない俺にイライラしてきたのかテーブルを指で叩いていた。
短気すぎない?
「友達の家に世話になってた」
「――――――っ!!」
三人が驚きの表情で固まる。
持ってた箸を落とし、乾いた音がリビングに広がる。
そんな反応をする場面でしたか?
「ジローに……友達……?」
「兄貴に……?」
「………………」
三者三様の反応。…………ではないな。
三人とも俺に友人がいるということに驚いている。箸を落とすほど。
それほどのことか?
……まあ、地元に住んでいた俺だけを見ていたら、この反応もしょうがないのかもしれない。
「…………ま、まあ。友達の家で厄介になってるなら……よかった、うん」
母さんの酒を持つ手が震えていた。アル中かな?
「俺は信じねえぞ……絶対弱みとか握られてるんだ……!」
それは俺がなのか、それとも相手のことか?
どちらにせよ失礼なことを言っているのを自覚しようか愛弟よ。
父さんはいつも通りである。
寡黙で感情表現に乏しい、基本的に家での出来事を決めているのは母さんだ。
なのだが。
「その友達は…………男か?」
父さんが喋ったあああああ!?
という驚きはない。当たり前だ、喋る時は喋る。
それよりも、聞かれたくないことに対して驚いてしまった。
「………………」
動揺する俺、慌てる俺、答えに窮する俺。どれもこれもが愛すべき俺。
……んなこと言ってる場合じゃなくて。
「この反応……女だね?」
母さんのセリフに、著しく反応を見せたのがノボルだった。
「え……あ、え……うぇ……っ!?」
自分のことでもないのに、とんでもなくテンパる我が弟。
「友達って、彼女のことかよ……!?」
「…………………………いや……?」
なんと言えばいいのだろうか。
包み隠さず本当に言うとすれば……。
『俺のことを好きな女の家に厄介になってて? 惚れられちゃったからちょっと実家まで避難してる? 的な?』
ぶん殴られそう。
とりあえずまるまる伝えるのは却下だ。俺の命が危うい。
「友達は、女?」
「……ヤー」
「彼女ではない?」
「ヤー」
「彼女は他にいる?」
「ヤー」
「………………」
「ぶぇっ!!」
結局引っ叩かれた。
しかしながら、今の俺の状況は普通じゃないのだろうな。やっぱり。
誓って遥に不義理なことはしていない。していないが、心中を察するに余りあるとはこのことか。
「どうして、彼女でもない女性の家に厄介になってるの?」
母さんの目がマジである。
…………これは、本気で怒ってるみたいだ。
どうするか。俺の手練手管を用いれば誤魔化すのは箸を持つより容易なことではあるが。
そこまでして隠しておかないほど俺は人に言えないことをしているのか。
答えはノーだ。
しょうがない、包み隠さずに話すしか無いか。
かくかくしかじか。
………………
…………
……
「…………つまり、こういうこと?」
俺から全てを聞いた母さんが、酒が注がれたコップを一気に呷る。
「おばさんに吹き飛ばされて折ったの?」
「そこかよ!!」
食いつく所そこじゃないだろ!!
ノボルは俺の話を聞いて口をパクパクさせてるし。
父さんに至っては話の最中にどっか行った。
「でもあんた……よくないよ、それ」
「それは……わかるけど」
母さんの言うことももっともだ。
良くないと思いつつも、甘えてきた俺がもたらした結果なのだろう。
雫さんのことも、この腕や足のことも。
「っていうか……のどか姉はどうなるんだよ!?」
「のどか? なんでのどか?」
「なんでって……なんでもだよ!!」
なんじゃそりゃ。
「うるせえ! 誰が言うかよ!」
そう言ってご飯をかきこみ始める。母さんに助けを求めたが、酒を飲むことに夢中だった。
うーん、まとまらない家族。その時だった。父さんが何処かから帰って来る。
手に持っているのは茶封筒がひとつ。
…………まさか、絶縁状!?
「これ」
短く言って渡されたそれを受け取る。
絶縁状にしては分厚く……そして少し重量感。
茶封筒の中を覗くと…………。
「父さん、これ……?」
「引越し費用に使いなさい」
使っても余るほどにはぎっしりと詰まっていた。
いやしかし、こんないきなり大金を渡されても……困る。
「あげるんじゃない。保険がおりたら返すこと」
「あ……ありがとう」
そう言われてしまうと、受け取らないわけにもいかない。
母さんも同じことを考えていたのだろう、急な大金に反応を見せることなく、空になったコップを見つめていた。
……まさか、聞いてなくて酒のことしか考えてないってこと無いだろうな?
「そういえば、いつ帰るんだっけ?」
「明日だけど……言ったよな俺?」
「そうだっけ?」
俺は家族三人を見回すが、誰一人として目を合わせることはなかった。
愛する家族を持って幸せですよ俺は!
――――――――――
翌日。駅の入口にて。
バイトも休んでるし、大学も休んでる。そろそろ戻らないとまずいだろう。
今日は休日ということもあって、父さんも見送ってくれるようだ。
家族の他にはのどかも見送ってくれるらしい。
そして更に、遥か遠くに豆粒のような大きさで見えるのはこの町の爺さんたち。
『さようなら』という横断幕を持って俺の出立を祝ってくれているようだ。
寂しいのか、全員が涙をちょちょ切らせて笑顔を見せている。…………笑顔? まあいいか。
「忘れ物ないね? 忘れてるものがあったら勝手に捨てるからね?」
「俺の家でもあるんだから取っておいてくれよ」
どうやればこんな傍若無人な母が出来上がるんだろう。
「もう二度と来んなよクソ兄貴」
「ああ、次来る時までにツンデレは卒業しとけよノボル」
「来んなっつってんだろうが!」
まったく、素直じゃないんだから。
そして最後は父さん。
「………………」
「………………」
何も言わない。
何か言うんだろうか、待ってみる。
「…………」
頷いた。それだけなんだろうか、頷き返しておいた。
「……ジローくん」
最後はのどか。
「じゃあ、帰るわ。大学もあるし」
少し離れた所に家族がいた。気を利かせたつもりか。
「…………寂しく、なるね」
ようやく解けた誤解、ようやく無くなったわだかまり。
しかし現実問題から別れはやってくる。
……とはいえ。
「もう二度と帰ってこないわけじゃないんだし」
「二度と来るなって」
俺の言葉に横槍をいれるノボル。母さんに頭を引っ叩かれていた。
「そう、だけど……」
見るからに落ち込んでいた。
うーむ……。
「そうだ、のどかメッセのID教えてくれよ」
「え……? あ、うん……っ!」
見える場所にはいないだろうが、これでいつでも会話は可能。
これなら寂しさはいくらか紛れるはず……たぶん。
その時だった。
「ジローさんっ!!」
数週間ぶりだというのに懐かしい声が聞こえる。
早く会いたい気持ちか来る幻聴だろうか、いやはやそんなまさか、ははは。
振り返ってみる。
改札を出たところに立っているのは…………遥!?
「ジローさーんっ!!」
「どわあっ!?」
飛びつく遥を抱きとめる。
片足で良く頑張った俺、偉いぞ俺!
「………………」
家族、とのどかが唖然とした表情でこちらを見ている。
さもありなん。
「な、なんでここに……?」
「我慢できなくて、会いに来ちゃいました」
喫茶店は落ち着いたのだろうか?
忙しくて全然会えない期間が長かったため、こうして顔を見るのは久しぶりな気がする。
「…………しかし遥」
「はい?」
タイミングがとても悪い。
「あちら、少し離れたところで呆けた表情を見せる三人が、俺の家族でございます」
「…………えっ、えええええ!? あ、あの、どうも……」
慌てて俺から離れる遥。ペコペコと頭を下げる。
意図しない場所で家族との顔合わせと相成りました。
「……えー、こちら……俺の彼女の、朝野 遥さんです」
「………………」
のどかも、家族も何も言わない。
「……私、なんかやっちゃいました?」
「かなりとてもすごく」
「あはは……ごめんなさい」
気まずい空気が流れる。
豆粒大のところで爺さんたちがパレードを開いている以外は、とても気まずい空気である。
「…………ジロー、くん」
「……のどか?」
気がつけば俺のすぐ隣まで来ていたのどか。
呼ばれたのでそちらに顔を向けてみると。
「…………ん」
「……んんっ!?」
突然、キスをされた。
俺の両頬を挟み、逃げられないように力を込めて。
「………………あ、あ……?」
「………………」
事態が飲み込めていない遥。
事態を飲み込んだ上で失神しそうなノボル。
同じ心境ながらも、お互い異なる反応を見せた。
やがて、熱を持った唇が俺の唇から離れていく。
前髪で隠れていてもわかる、真っ赤に染まったその顔。
「…………積極的に、なってみたよ」
照れながら言うその姿はとても可愛らしい。
だが。だが、のどかよ。
「……こういう積極性じゃないんだよ!!!!」
横にいる遥の目を恐れながら、俺は駅前で大声を張り上げた。
それを聞きつけた爺さんたちは、悲鳴を上げながら逃げ去っていったとさ。
めでたしめでたし。
……………………これからどうしよう。
読んでいただきありがとうございます。
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