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振られた同士で付き合ったら意外と幸せだった話  作者: 佐藤ヒロフミ


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失恋と田舎の夜道は鬼が現れる


 のどかは小さい頃から友達がいなかった。


 生まれついての引っ込み思案と口下手。


 話しかけてくれたクラスメイトたちも、そのとっつきにくさから離れていく。気が付けばのどかの周囲には誰もいなくなっていた。


 彼女もまた、孤独だった。


 そんな時だった、同じく孤独な俺を見つけたのは。


 逃げられ、避けられ、ぽつんと佇む俺にシンパシーを感じたそうだ。


 しかしそこは口下手なのどか、何を言うでもなく近くにいるだけ。そんな彼女を見て俺は言った。


『おまえ! オレを監視してるんだな、スパイだろ!』


 頭の上に疑問符をたくさん浮かべるのどか。何も言わない彼女を見て、幼少の俺は確信に至ったのだ。


 何も言わないのは、図星だからだ! と。


 以前話した通り、スパイ映画を見た影響である。


 そうして、歩く俺を尾行するという図式が完成した。いや、してしまった、というべきか。


 その所為で、俺たちは十年以上も続く関係をまったく交流することなく構築してきたのだから。



――――――――――



「………………」


 青天の霹靂。今までの俺の認識は間違っていたのだと呆然とする。


 しかしそんな俺の様子を余所に、マイ家族たちは実にマイペースに夜の時間を過ごす。


 心配しているのは唯一この家で血の繋がっていないのどかだけである。


 この差よ。


「そもそも、この法治国家に小さな女の子スパイがいるわけないと思わないのかね」


 思いませんでした。


 思い込んだら正しく思えてしまう。確証バイアスと言われるそれは、俺も多分に漏れることなく当てはまっていたわけで。


 つまり、その。


「すいませんでしたあ!!」


 ソファーに座ったまま、のどかに向かって土下座するのであった。


 唐突に下げられた俺の頭頂部を見て、わたわたしているであろう。


 そんな頭上から女性の声が聞こえてくる。


「ソファーの上に乗って謝罪なんて、本当に謝る気があるのかしら?」


 のどかの声とは全く違うはずなのに、その時の俺はのどかの声だと思い込んでいた。これもまた確証バイアス。


「確かに! 申し訳ございませんでした痛ぁ!!」


 頭を上げることなく土下座の体勢のままソファーから降りようとしたことで、俺の体はソファーから落ちる。


 ソファーの傍にあるテーブルの角で体をしこたま打ち付け、俺は悶絶。


「だ、大丈夫……っ!?」


 慌てて俺の頭元にしゃがみ込むのどか。


 その後ろに見えたのは、ニヤニヤと笑う悪魔だった。


「さっきのは……貴様か……!!」


「当たり前。のどかちゃんがあんなこと言うわけないでしょうが」


 くそ……この女、母親と名乗るだけあって俺の嫌がることを熟知している。


 せめて起き上がろうとするが、怪我をしている手と足に力を入れられず、上手く起き上がることが出来ない。


 のどかに手を貸してもらい、なんとかソファーに座ることが出来た。


「ダッサ」


 ポツリと呟くノボル。お前も怪我してみろ!


 いや嘘、怪我をしないに越したことはないから気をつけろよ!


 野球頑張れ!! 面と向かって言ったところで一蹴されて終わりだろう。


 だから頭の中で念を送る。


「…………もう、寝る。おやすみのどか姉」


「うん、おやすみノボルくん」


 ノボルは身震いした後、スマホをポケットに仕舞い退室。


 俺の念はしっかりと届いたようだ。


「……じゃあ、私もそろそろ」


「そうだね、ジロー、ちゃんと送ってやんなよ」


「え? 俺?」


 私怪我人なんですけど?


「え、えと……大丈夫、ですから」


「そういうわけにもいかないよ。いいから早く行きな」


「へいへい」


 まあ、意固地になって断り続ける理由もない。


 片手と片足で起き上がり、足を引きずりながら松葉杖のところまで。


 ……行こうとしたところで、パタパタと走っていったのどかが松葉杖を持ってきてくれた。


「……ありがとう」


「……えへへ」


 照れ臭そうに笑う。


 目が隠れるほどの長い前髪を少し掻き分けた時、奥にある目が垣間見える。


 その目は嬉しそうに細められていた。


「じゃあ、行こうか」


「…………うん、おじさんおばさん、お邪魔しました」


「またおいで!」


 そうして、俺は彼女を送るべく夜の地元へと繰り出した。



――――――――――



 冬も近い、軽く吹く風は冷たく、俺は少し身震いする。


「っていうか、そんなに後ろにいたら送っていく意味ないだろ」


 未だに後ろを歩いているのどかに振り返り、隣を歩くように促す。


「で、でも……なんか落ち着くから……」


 長年そこが定位置だった影響だろうか。


 しかし危険が無いために送っていくのに、後ろにいられると危険を感知出来ない。


「いいから、隣」


「う、うん……」


 おずおず。


 隣に来たのを確認して、また歩き出す。


「…………しっかし、のどかが監視じゃなかったなんてな」


「……今でも、言ってた……なんてね」


「しょうがないだろ、信じ切ってたんだから」


 ぶっちゃけ今でも半信半疑だ。いや、間違いなく監視ではないんだろうけど。


 なんというか……信じてきた自分がバカに思えてくるというか。


 信じてきた自分がバカになってしまうからこそ信じたくないというか。


「…………監視役のほうがよかった?」


「いや、それはないな」


 即答する。


「……そうなんだ?」


「監視役だったら、今こうして話すことも無かっただろうしな」


 仲良く出来るに越したことはない。


 それは、孤独だった俺たちだからこそ、大切さがわかるはず。


「………………うん、私も……話せて、嬉しい」


 か細い声だが、感情は小さな声に凝縮されている。


 その小さな声には、今嬉しさがたくさん詰まっているのだ。


 大学のある上京先とは違い、ここは街灯がまばらだ。


 街灯と街灯の間に暗闇になる空間がある。


 その隙間を通る度、地元に帰ってきたのを痛感する。


「こ、この暗い所……少し怖い、よね」


「子どもの頃は怖かった気がするけど……今は流石にそうでもないな」


 前を向けば、次の街灯が俺たちを出迎えている。


 下を向いて歩いていれば暗闇だが、前を向いて歩けば規則的に光が俺たちを照らしてくれる。


 それがわかっていれば、もう怖くはない。


「わ、私はいつもジローくんの背中を見てたし……それに、一人の時は誰にも話しかけられないように」


「下を向いてた、だろ。俺もそうだったからよくわかる。でも、今前を見たらどうだ?」


「…………明るいね。確かに、前を見てると……怖くないかも」


「ではここで怪談を一つ」


「え……えっ?」


 俺は咳払いを一つして、低い声を出した。


「これは私の友人の話なんですが、とある夜の日です。その日は仕事でいつもより帰りが遅くなってしまったそうで」


「…………」


「友人の帰り道もこんな風に、暗闇になる街灯の隙間があったそうです。いつもは人通りもチラホラいるのに、その日に限って無人だったみたいです」


 のどかから生唾を飲み込む音が聞こえた。


 ……途中で遮られると思ったんだけどな。続きどうしよ。


「……友人は、そんな時にお婆ちゃんが昔言っていたことを思い出しました『街の灯りと灯りの隙間、その何処かは、黄泉への道が開くことがある。だから気をつけるんだよ』と。どうして今そんなことを思い出してしまったんだろう? 友人は後悔します。意識すればするほど夜道が怖くなってきました」


 のどかは暗闇に差し掛かると胸のあたりに両手を握って、辺りを注意深く見渡す。


 ……ちょっと面白い。


「そんなときでした、ブロック塀の傍で、誰かが立っているのがわかりました。男、女? シルエットだけで性別は判断できません」


 ブロック塀を注意深く調べていた。


「その時、首がバッ! と勢いよく友人の方へと振り向きます。ジーーっと見つめた後、パカと口を開く。その口の中は夜だと言うのにとても赤く見えたそうです。そして次の瞬間…………!!」


 クライマックスで驚かせよう! と思ったその時だった。


 俺のポケットにいれたスマホがけたたましく鳴り響く。


「いやああああああああああああぁぁぁぁ!!」


 普段の小声に似つかわしくない大声量。そんな大声出たんだ。


 のどかは悲鳴を上げながら街灯の下へと走って行く。


「あははははは…………もしもし?」


 のどかを見て笑っていて、誰からか確認せずに電話に出た。


『もしもし? ジローさん…………って、なんで笑ってるんですか? ……悲鳴?』


 遥だった。


 電話に出た瞬間の俺の笑い声、そして背後から聞こえるのどかの悲鳴。


『……何してるんですか?』


 訝しげな声。確かにそういう反応になってもおかしくはないな。


「端的に言うと、女の子を怖がらせて面白がってる」


『……ちゃんと詳しく言ってください』


 かくかくしかじか。


『……なるほど。ジローさんらしいといえば、らしいですけど……』


 なんだか呆れたような口ぶりだった。


「それで? 遥こそどうしたんだ?」


『いえ、いつ頃帰ってくるのかな……って……思っただけで』


 何やら恥ずかしそうな様子。


『……ちょっと、寂しかっただけです』


「そっか……ええと、そうだなあ……来週には帰ると思う」


 本当なら完治するまではいようと思っていたんだが。


 遥の声を聞いてると、俺も会いたくなってきた。


『そ、そうですか! じゃあ来週……ですね!』


 それからは、のどかの震えが治まるまで街灯の下で電話をする。


 驚いたことが、通話が終わるまでの時間、人が全然通らないこと。


 そこそこ栄えていたと思っていた自分の認識がとんでもなくズレていることを再認識させられた。


『あ、じゃあ私そろそろ……』


「うん、おやすみ」


『おやすみなさい』


 通話を切る。しゃがみ込んだのどかを見ると、もう震えてはいなかった。


 しゃがみ込んだ体勢のまま、俺を見上げている。


「どうした? もういけるか?」


「う、うん…………ねえジローくん、今の電話って――」


 のどかが何かを問いかけようとしたその時だった。


「ひえええええぇぇぇぇ!! 鬼がおなごを食おうとしておるっ!?」


「食うかあ!!」


「ひぃええぇぇぇ!!」


 夜道に広がる爺様の悲鳴。


 悲鳴を上げながら逃げていく爺様の背中を見送りながら、俺は深々とため息を吐いた。


 ……まあ、のどかが味方だとわかっただけ、まだマシか。


「……あ、それで?」


 そういえば何か言おうとしてたよな。


「う……ううん、なんでもない。じゃあ……私の家、ここだから」


 と、目の前の家を指した。


 あれ、もう着いてたのか。怖かったなら早く入ればよかったのに。


「ああ、じゃあおやすみ」


 手を振ると、手を胸辺りで小さく振り返しながら家の中へと入っていった。


「………………」


 さて、帰るか。


 踵を返すと、街灯の奥から複数人が走ってくる様子が見えた。


「鬼は何処じゃああああああぁ」


 爺さんたちが傘やら何やら道具を持って駆け寄ってきている。


 そして、立ち尽くす俺の様子を見て。


「鬼がおったああああああぁぁぁ」


 逃げ去っていった。


「なにがしたいんだ!!」


 俺の怒鳴り声は、爺様たちの悲鳴にかき消されていった。

読んでいただきありがとうございます。


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